第826話 部下に任せますが何か?
リューはノーエランド王国に足を運んでいた。
いつも通り、リーンとスードも一緒だが、そこにノーマンとその部下達も同行している。
現地の部下から既に報告を受けていた通り、こちらの王都裏社会の二大巨頭『豪鬼会』と『風神一家』に挟まれた形で、リューのおにぎり屋が縄張り争いに巻き込まれていた。
この二大組織は、リューのおにぎり屋の利権を傘下の組織を使って、手に入れようとしていた。
だが、リューが策を弄した事で、お互いの組織同士を衝突させ、現在、それが代理抗争に発展している。
その代理抗争が呆気なく終結した為、勝者である風神一家傘下の組織が、改めておにぎり屋に多額のみかじめ料を迫ってきていたのだった。
「若様、こちらの様子に精通している者達を雇いたいのですがよろしいですか?」
ノーエランド王国出身のノーマンが、リューに願い出た。
「それはいいけど、何か良い案でもあるのかい?」
リューにも策があったが、それを口にする事なく、この頼もしい部下に問うた。
「多分、若様の作戦と同じ類のものだと思いますが、それを行うには、地元の者を使うのが、最適かと」
普段無口なノーマンだが、こういう時は饒舌になる。
「現状、うちは王都の『亡屍会』の炙り出しや、東部方面の『骸』の存在、帝国内への勢力拡大など、問題を多く抱えているから、人を多くは割けない。だから、こっちは策を弄する必要があるわけだけど……、その感じだと何をするのが最適かわかっているみたいだね。──それじゃあ、ノーマン君に任せるよ」
リューはこの無口な天才少年をかなり評価している。
だから、普段、ルチーナの下につけて、色々な経験をさせていた。
リューとしては、この頭脳明晰なノーマンにあと必要なものは、経験だろうと考えたからである。
そのノーマンもこの一年近く、ルチーナ率いる総務隊で色々な経験を積んできていたから、大きな仕事を任せてもいい頃だった。
「わかりました。期待に応えられるように頑張ります」
ノーマンはリューが詳しく問いたださずに任せてくれたので、責任重大と感じたのか真剣な表情で頷く。
そして、リューにお辞儀をすると、部下十名を連れて通りに消えていく。
「ノーマン君は、頼りになるね。彼の提案の一つだった孤児院での育成と人材発掘で、その出身の子達も順調に育ってきているなぁ。早い子はすでに、商会や『竜星組』関係の仕事についているから人手不足も少しは解消できそうだよ」
「でも、大丈夫かしら? リューの考えた作戦は、代理抗争をしていた『豪鬼会』と『風神一家』を今度は直接ぶつけて大抗争にするというものよね?」
リーンがリューの作戦をノーマンが本当に理解しているのか、少し心配した。
「大丈夫じゃないかな? それに地元出身のノーマン君なら、僕より、効率の良い作戦を練られるかもしれない。こう言っちゃなんだけど、僕の作戦、地元に配慮していないからね」
リューは苦笑する。
「でも、これがこの国の好機になると考えての事でしょ? 改革の前に混乱は付きものよ」
リーンがリューの作戦を支持した。
「それじゃあ、僕達は王都に戻ろうか。あっちはあっちで『亡屍会』関連でリリス達が頑張ってくれているみたいだし」
リューは、ノーマンに問題を一つ任せる事で、他に集中する事にした。
リーンとスードの手を取ると、リューは『次元回廊』でクレストリアの王都に戻るのだった。
あとを任されたノーマンは、孤児院時代の平民仲間や知り合いの伝手を使って、人を集め始めた。
中には裏社会の組織に所属している者もいたが、ノーマンの為ならと、集まって来た。
「元気だったか、ノーマン! お前、外国に勉強しに行っているって聞いたぞ?」
「俺達を集めて何をするんだ?」
「このメンツ、何か悪だくみだな?」
集まった者達は、元気そうなノーマンと拳を合わせて再会の挨拶をする。
「……みんなには、ある情報の入手をお願いしたいんだけど」
ノーマンが、挨拶もそこそこに、話に入った。
「相変わらず、せっかちだな。まあいい。ある情報って?」
平民仲間で体格の良い青年が問う。
「『豪鬼会』直属の幹部の一人の居場所がわかるかい? かなり、難しいとは思うのだけど」
「それはまた、物騒な情報を知りたがるな。──ホイ! お前、知っているんじゃないか?」
「俺か? 知っているぜ。今、俺は『豪鬼会』と関係のある組織にいるからな」
ホイと呼ばれたノーマンより少し年上と思われる少年が応じた。
「じゃあ、それを教えてやってくれ。ノーマンの頼みなんだから断らないよな?」
平民仲間達は年齢こそバラバラだが、ノーマンと何かしら接点があるようだ。
「ああ、世話になったから、問題ないさ。ただ、その結果、何が起こるのかだけ教えておいてくれよ? こっちも危険が起きるなら避ける準備だけはしておきたいからさ」
ホイは、組織を裏切る事については、全く心配していない様子である。
どうやら、組織よりもノーマンや平民仲間との信頼関係の方が大事らしい。
「ありがとう。それじゃあ、順を追って作戦の説明をするよ」
ノーマンは頼もしい旧友たちに感謝すると、ノーエランド王国を揺るがすような作戦を口にするのだった。
「……マジかよ。そいつは大ごとだ……」
「ノーマン、お前の事は天才だと思っていたけど、そんな大それた事を考えていたのか……」
「ノーマンもだけど、お前の上司もぶっ飛んでいるな。普通、そんな事考えねぇぞ?」
平民仲間達はノーマンの作戦に驚愕し、呆れるしかない。
それ程の作戦だからである。
ノーマンの作戦とは、『豪鬼会』幹部の居場所を突き止め、暗殺(不審死)する事から始まる。
手口は『風神一家』の有名だった元殺し屋サン・ダーロのものに似せるという。
これにより、『風神一家』が背後にいるのではないかと疑わせる事が大事らしい。
『豪鬼会』は当然犯人捜しをするだろうが、その間に『風神一家』には、死んだ『豪鬼会』幹部が代理抗争に負けた責任を取って自死したと伝える。
さらには、『豪鬼会』がその死を『風神一家』の責任にして、代理抗争で負けた仕返しに、今度は直接抗争を仕掛けるつもりのようだと情報を流す。
『豪鬼会』は『風神一家』を疑って動いている最中だから、その動きが『風神一家』には、抗争の準備の為の情報集めと誤解させれば問題ない。
『豪鬼会』も、代理抗争に勝利して勢いに乗っているはずの『風神一家』が、慌ただしい動きをしているのに気づけば、自分のところの幹部暗殺と共に抗争の準備を始めていると勘繰るだろう。
それに追い打ちをかけて、こちらからも抗争の準備をしているという嘘情報を流す。
ここまで成功すれば、あとは犬猿の仲の両者である。
どこかで喧嘩の一つも始まれば、あとは引火する油のように瞬く間に炎上する事だろう。
そうなったら、王都は大混乱に陥る。
だが、それがきっかけで、国は両組織の討伐に軍を動かす理由ができるから、こちらはその討伐に両組織の情報を流して効率よく潰してもらうというのが、作戦だった。
その際に、ミナトミュラー家も協力する予定だとか。
ノーエランド王国の者なら誰しも、この両組織が直接ぶつかれば、戦争と変わらない状況になるだろう事は予想が付く。
しかし、だからこそ今のタイミングで潰しておく必要があると考えられた。
それは、ノーエランド王国内の内乱が数年前に治まり、情勢もかなり落ち着いてきたからである。
クレストリア王国や諸外国との外交も上手くいっているし、国内の問題も解決できるうちにやっておいた方がいいという考えだ。
「国を動かす抗争を引き起こし、今や国の癌になっている両組織を正当な理由で潰すというのは賛成だ。だが、肝心の引き金になる幹部暗殺はできるのか?」
平民仲間が一番の肝を指摘した。
「大丈夫。専門家を連れて来ているから」
ノーマンはこの日初めて笑みを浮かべると、仲間達と細かい打ち合わせを始めるのだった。




