第822話 ある組織の接触ですが何か?
サン・ダーロが代表を務める『サンドラ商会』は、裏社会と関係が深い商会として急速に有名になりつつあった。
その実態はただの幽霊商会である。
このやり方は、元々、バンスカーの組織だった『屍』が管理していたと思われる幽霊商会『ツヨーダー商会』、『ソーウ商会』の手口の一つをリューが部下にやらさせていただけである。
扱う商品は見本品のみで、いわゆるおとり商品というやつを使って相手を信用させ取引を行う。
その直後に、相手を破産、もしくは問題を起こさせて取引の一方的な破棄を行わせる。
そして、契約不履行を盾に相手の資産を全て回収してしまうというやり方だった。
まあ、相手の商会もかなり汚い手口で商売をしてきていた同じ穴の狢だから、誰も同情はしない。
する者がいるとしたら、それはそこから毎月上納金を回収していた裏社会の組織くらいだろう。
その組織も、商会同士の契約に基づいた取引の結果であるから、表だっていちゃもんを付けるわけにはいかない。
ただ、収入源が減った事は事実なので、組織はこのあくどいやり方をする『サンドラ商会』に接触し、新たな収入源にならないか探りを入れるのだった。
「会長、ある組織が、うちに接触してきました」
サン・ダーロの右腕で、『サンドラ商会』の会長代理であるユキタが、部下の報告を伝えた。
「ようやく来たか。うちの周辺を探って他の組織の影がないか窺っていたんだろうが、うちが派手に動き出して結構経つから、反応としては遅かったな。──それでどこだ? 『屍人会』か『亡屍会』か? それとも、地方の組織か?」
「それが……、『骸』です」
ユキタはサン・ダーロの問いに、少し戸惑った様子で答えた。
「『骸』だと!? ……今のところうちは『骸』関係の商会には手を出していないと思っていたんだが……。どこかで関係商会を潰していたのか?」
サン・ダーロの仕事の基本は情報収集である。
だから、潰す商会の裏は取っているつもりだが、時にはあくどい商会というだけで罠に嵌めて潰した商会もいくつかあった。
その中に、もしかしたら『骸』関係の商会があったのかもしれない。
だが、こちらで調べても出てこなかったという事はよっぽどうまく、名前が出ないように立ち回っていた事になる。
『骸』は『屍』の解体以後、関連組織としては最後に出来たが、エラインダー公爵絡みの気配がない不気味なところだ。
「わかりませんが、こちらを気に入ったようで、会談要請が来ています」
「……何か嫌な気がするな。──俺が直接出る。あとは逃げ足の速い護衛を三人用意してくれ」
「会長がいきなり出るのは、マズいですよ。自分が様子を探ります」
「馬鹿野郎。お前はうちの頭脳だぞ。その面を相手に教えてどうする。この会談、本当は断りたいところだが、『骸』の貴重な情報が得られる機会だ。万が一の事を考え、生存確率の高い俺が直接行った方がいいだろう」
サン・ダーロは大事な情報が得られる機会を逃す気はなかった。
危険は承知だが、リューが欲しがる情報だろうとも思えたから、ユキタの反対を押し切って会う事にするのだった。
会談は意外にも王都内で行われる事になった。
それも、リューが企画し、ランドマーク家が運営している天ぷら屋の個室である。
『骸』が大胆不敵なだけなのか、知らずにこのお店の予約を取ったのかは謎だった。
この天ぷら屋は戦後、一部が焼けてリニューアルオープンしていたが、その際に個室予約のお客は裏からも出入りできるようにしてある。
これにより、人の目を避けたいお客に好まれていた。
サン・ダーロにとっては、知っているお店、それもボスであるリューの主家が管理しているところだから、内心安堵する。
ここなら、従業員もこちら側だから、表立った問題が起きたら安全に回避できるからだ。
サン・ダーロはお店に到着すると、すぐに個室に通された。
『骸』側はすでに到着していた。
「お宅が『サンドラ商会』の会長さんですか? 儂は『骸』の幹部を務めているダガンですわ。まずは、食事にしましょうか。こっちはお腹を空かせて来てますもんで」
ダガンと名乗った幹部は、部下と思われるフード姿の三人に視線を一度向けてから、サン・ダーロに視線を戻す。
「ええ、こちらもこのお店は初めてで、楽しみにしていましたから助かりますよ」
サン・ダーロは嘘をサラッと混ぜながら笑顔で応じた。
軽く乾杯をして、食べながらの会談になった。
ほとんどはダガンがしゃべっていた。
『サンドラ商会』の急速な成長を褒めたり、その手腕に感心するような内容である。
お酌をして酒を勧めたりもする。
(やけに腰が低いな……)
一介の商会が、裏社会と繋がりがある商会を取引上のトラブルとはいえ、ガンガン潰して回っているうちに、苦言を呈すどころか、直接的ではないが賞賛を匂わせていた。
「──いやー、お宅のやり方は素晴らしいですな。契約に不備のない正当な取引のうえで相手商会を飲み込んでいくというのは、うちのボスも感心しているんですよ」
お互いお酒が入ってきたところで、ダガンは目の奥が笑っていない作り笑顔で、本題にいきなり入ってきた。
「うちは、やりたいようにやっているだけですよ。利益が出ているうちは、このやり方でやっていくつもりです」
サン・ダーロは本題に入ったので、ここから因縁を付けられると思い、先制攻撃を仕掛けた。
「はははっ、警戒されていますかな? ご安心を。うちは、本当に感心しているんですよ。お宅の潰した商会には巷で有名になっている『亡屍会』の資金を洗浄していた商会も結構ありますからな」
ダガンのこの言葉に、サン・ダーロは内心ギョッとしていた。
こちらでも掴んでいない情報が混ざっていたからだ。
薄々はそうだろうなと思っていたが、確信はなかったのだ。
だが、このダガンは貴重な情報をサラッと話してみせた。
「あ、もしかして知らなかったんで? 知らずにあんな事をやっていたのなら、怖いもの知らずですな。わははっ!」
ダガンはサン・ダーロの微細な反応も感じ取っていた。
「手口の汚い商会くらいにしか考えていなかったもので……」
サン・ダーロも間者として演技は得意だから、相手の観察眼に合わせる事にした。
「ほう。やはり、その関係で狙って潰していたわけですな? それはいい。うちのボスも感心していましたからな。まあ、うちがやられたら、早々に関係者を調べ上げて一族郎党皆殺しだ、とも言っていましたが。わははっ!」
ダガンはここで冗談に紛らせて明らかな脅しをかける。
これにサン・ダーロのスイッチが入った。
昔から脅しには反感を感じる質なのだ。
「それは物騒ですね。もしかしたらこれから、気に入らない商会の一つにお宅の関係商会があったら潰す事になるかもしれませんが、その時はご容赦ください」
「……言いますな。──その肝っ玉の太さが、気に入った。……どうです? うちと手を組む気はないですかな? 大きな取引にはうちから人手を出しますよ。もちろん、利益のいくらかはうちに入れてもらいますがね?」
ダガンはサン・ダーロの不敵な態度に怒る様子もなく、交渉に入った。
「うちはしがらみなくやっているので。それに『骸』さんでしたか? あなたの組織のボスの顔どころか名前も知らないですからね。知らない相手とは手の組みようがないですよ」
サン・ダーロは、しれっと誰もが知りたい核心部分に迫った。
『屍人会』『亡屍会』のいずれもボスの名前は発覚している。
人相についても『屍黒』の元大幹部クーロンが知っていたが、『骸』だけは顔どころか名前さえも知られていない。
ただし、この目の前のダガンについてはサン・ダーロも予備知識として知っていた。
『屍』の元大幹部の一人で、当初は『骸』のボスではないか? と予想されていた人物だったからだ。
「そこに触れるとは増々いい度胸ですな。儂が同じ立場なら踏み込めない情報ですよ」
ダガンの面から先程までの作り笑顔もなくなっていた。
その時である。
「……顔を見たいか?」
ダガンの両脇に座っていたうちのフードの人物の一人から声があがった。
そして、フードが外され、その人物の顔が表に出る。
そこには、包帯だらけの顔が現れた。
サン・ダーロは相手の鋭い眼光に思わず、内心身構えるのだった。