第821話 優秀な部下ですが何か?
サン・ダーロは、ノーエランド王国出身で裏社会二大組織の一つ『風神一家』で有名な殺し屋だった人物である。
過去には大きな仕事をこなした事もあったが、『風神一家』内での問題もあり、組抜けした。
その後は対立する『豪鬼会』からも恨みを買っており、国内にいる場所がなくなったところ、来訪中だったリューに手を出した。
当然返り討ちに合うが、気に入られ部下に納まっている。
元々逃げ足が速い人物だった事から、リューは殺し屋業よりも間者の方が向いていると判断して現在に至っていた。
そのサン・ダーロは、大幹部ランスキー直属の部下として働いていた。
だが、最近、その働きからリューの信用を得て『サンドラ商会』会長の肩書と裁量権を与えられてかなり自由に動けるようになっている。
これは、もちろん、間者として動きやすいようにリューが配慮した結果だった。
サン・ダーロ本人は、『サンドラ商会』の一切は、部下に任せている。
その部下はランスキー直属だった者達で、そのまま、サン・ダーロの部下に配置転換されており、かなりの精鋭だ。
その中でも、ユキタ(二十二歳)という名の部下はサン・ダーロの右腕として働いている。
「サン・ダーロ会長、今週の収支報告書です」
ユキタはサンドラ商会の会長代理という肩書に納まっているので、商会の一切を取り仕切っている。
「ご苦労様。──先日からまた一桁利益が増えていないか……?」
サン・ダーロは商売業は苦手だったので、ユキタに任せっきりだったのだが、利益が増えている事はすぐにわかった。
「はい。蒔いていた種を回収できたので、利益が増加しました」
「……ユキタ。俺達は若の間者として、情報収集が仕事だろう? お前、こっちが主な生業になっていないか?」
サン・ダーロは、元商売人の孫という事で知識も経験もあるユキタに全てを任せていたが、思わぬ才能に呆れた様子だ。
「会長、若の命令をお忘れですか? 裏稼業で儲けた資金を洗浄してミナトミュラー家が使用できるお金にしなくてはいけない事を」
「それはわかっているが、これはどうやって得た利益なんだ?」
サン・ダーロは、設立からどんどん増えていく収益がどこからやってきているのか把握していなかったので、初めてその事を問うた。
「裏稼業と関係性がありそうな怪しい商会に狙いを付け、その商会の商売相手を片っ端から買収、それを跡形もなく解体、売却して、怪しい商会の取引相手をうちに絞らせました。その後は、その怪しい商会のあくどいやり口を調べ上げ、地元警備隊にたれ込んで、そいつらの資産を売掛金の代わりとして全て回収して終わりです」
ユキタはスラスラとこちらの手口を説明する。
「おいおい……、ヤバい事やってるな。それで資金洗浄した事になるのか?」
「はい。こちらの資金元は黒いお金ですが、買収、解体、売却、商売上の取引とその回収という段階を踏んだ時点で綺麗なお金になっています。それを若の傘下でアントニオさんが代表を務める『ダミスター商会』やシーツさんが代表を務める『白山羊総合商会』との架空取引で商品を買った事にしてお金を渡し、終了です」
「それってうちが赤字になるんじゃないのか?」
「それは大丈夫です。その架空の商品を怪しい商会に売掛で販売した事になっています。怪しい商会はその売掛回収で潰れているので、その取引の細かい内容は闇の中となり、表には出てきませんから問題ありません」
「……その怪しい商会は、どういう基準で選んでいるんだ?」
「今のところは、『屍人会』『亡屍会』『骸』を中心とした地方裏社会関係やエラインダー公爵家と関りがあると思われる商会ばかり狙い撃ちにしています。当然、潰れても騒ぐ者はいないです」
「そ、そうか……。よくやった。それなら、若も喜ぶだろう(こいつ、しっかり仕事してるな……。それもかなり、敵に大ダメージを与えるやり方で)」
サン・ダーロは、影が薄いから間者として優秀でありしっかり仕事をこなすから、ユキタを右腕として使っていたのだが、「こいつ、俺以上に優秀なのでは?」と思わずにいられない。
「いえ、これはまだ、序の口です。『竜星組』関連団体から生まれる資金は膨大なので洗浄しようと思ったら、これからはさらに、数と規模を増やしていこうかと思っています」
ユキタは目標を高く設定していた。
「わかった、サンドラ商会についてはお前に任せておく。その働きについては若に報告しておくから、すぐ出世すると思うぞ」
「その必要はありません。すでに、会長の手柄として報告書は提出しておきました」
ユキタは、淡々と他人事のように告げる。
「いやいや……、どう見てもお前の手柄だろう。俺の手柄にしてどうするんだよ」
「会長は自分の上司ですので。部下を代理に任命した時点でその代理の手柄は会長のものになります。組織とはそういうものかと」
ユキタは、組織構造に忠実なようだ。
「……わかった。ならば、俺からお前に報酬をやらないといけないな。何か望むものはあるか?」
「報酬……ですか? すでに十分な給金は頂いておりますが?」
ユキタは不思議そうな表情を浮かべる。
「そうじゃなくてだな……。そうだ、特別手当だ! 今回のお前の働きに対して特別手当をやるから、望みを言ってみろ」
「特別手当……ですか……。──それならば、他の仲間達と一緒に若が企画した天ぷら屋で食事をしたいですね。みんな頑張ってくれましたから」
「(こいつ、知っている以上に仲間想いでいい奴だった!)……わかった! 個室を貸し切りにしてもらえるよう手配しておく。楽しんで来い!」
サン・ダーロは、部下に恵まれたと内心で感動の涙を流す。
「何を言っているんですか。士気を高める為、会長主催でやるのですから、会長がいないでどうするのですか」
「(こいつ、上司に気遣いできる奴だった!)それじゃあ、お前の為の特別手当にならんだろう……」
「いえ、これは、サン・ダーロ会長以下、全員が勝ち取った特別手当です。それならば、仲間の士気を上げる為にもこの形が最善かと思います」
サン・ダーロは、このユキタの効率とリューをはじめとした組織の事を考えた提案に改めて感動した。
「わかった、お前の判断だ。そうしよう」
サン・ダーロ自身もこの時は知らない。
ユキタの考えたシステム化された洗浄方法で、敵組織の経済面にダメージを与え、さらには大きな獲物が釣れる事を。
戦争で大きな損失を出したミナトミュラー家だったが、『サンドラ商会』のお陰で赤字も穴埋めされていく事になるのだった。