第819話 大幹部暗殺未遂事件ですが何か?
隣国のアハネス帝国内に裏稼業組織を使って勢力を伸ばそうとしている頃、クレストリア王国王都では、復興の最中である。
裏社会でも一丸となって王都の復興に尽力するという風潮になっていた。
「ボス、『竜星組』、『黒炎の羊』との三者会合お疲れ様です!」
王都の『月下狼』の本部事務所の前に横付けされた馬車から、ボスのスクラが降りてくる。
「出迎えご苦労さん」
スクラは不機嫌な様子で、事務所の自室に向かう。
自室の椅子にドカリッと座ると、留守を守っていた幹部達が席に座るのを待つ。
幹部達はボスであるスクラの機嫌の悪さに、困惑しながら急いで席につく。
大抵『竜星組』絡みの会合には進んで参加する程、スクラは『竜星組』に対して誠意を見せ、大体いつもその後は機嫌がいい。
それが、不機嫌なのは余程の事があったのかもしれない、と幹部達は察した。
「ボス、どうしたんです?」
「警備が比較的に少ない会合の席で『竜星組』のマルコが刺客に狙われてね、それで会合は途中で流れちまったのさ」
「「「!?」」」
「安心しな。マルコ本人が、その刺客にいち早く気づいて返り討ちにして無事だよ」
スクラは幹部達の心配を先回りして問題なかった事を告げる。
「それで不機嫌なんですね?」
「馬鹿、そのくらいで不機嫌になるかい。──考えてみな。今回の会合はうちが音頭を取ったものだったんだよ? その会合で客人であるマルコを狙われるとあってはうちの顔に泥を塗られたようなもんだろう! それに侵入を許した事もだが、この会合が行われる情報がどこから漏れたのかが問題さ!」
「「「確かに……」」」
幹部達はその考えに至らなかった事を、恥じて言葉が小さくなる。
「それで刺客は!?」
幹部の一人が責任を感じて、その後の処理を気にした。
「マルコが、うちで引き取ると言って、死体は回収していったよ。──あんた達、これはマルコが狙われたとはいえ、うちの責任でもある。『竜星組』からの情報提供次第だが、うちでも調べるよ!」
「「「へい!」」」
幹部達は、ボスの顔に泥を塗る刺客を送り込んだ何者かを探す為、部下を動かす事にするのだった。
王都裏社会三者会合において、泣く子も黙る『竜星組』の会長代理を務めるマルコの暗殺未遂は、同席した『黒炎の羊』にも同様の衝撃を与えていた。
女ボスのメリノは、自分のところから情報が漏れたのかもしれないと考え、部下に情報漏洩が無かったか徹底して調べるように命令する。
メリノとしては、『竜星組』との今の関係を潰すわけにはいかないからだ。
万が一自分のところが原因だった場合、『竜星組』の幹部暗殺未遂は大問題である。
ただでさえ、『黒炎の羊』はエラインダー公爵との関係を断っていたから、ここで『竜星組』との関係がこじれると、組織自体が路頭に迷う可能性が高い。
それだけに、メリノも『月下狼』のスクラ同様、自分の事として調査の為に組織を動かす事にしたのだった。
そして、狙われた当人である『竜星組』はと言うと。
「俺も狙われるだろうとは思っていたが、あのタイミングとはな」
と意外に冷静な反応でマルコは王都事務所に避難していた。
「さすがに俺は驚きましたよ……」
マルコの直属の部下で『屍黒』の大幹部筆頭まで務めていたクーロンが、安堵した様子で応じた。
「お前には助けられたよ。よくあの時、従業員の様子に気づいたな」
「いえ、『屍』時代の大幹部の一人、まあ、現在の『亡屍会』の会長ですが……、その会長の側近に、あの従業員の顔を見た覚えがあったんですよ。確か当時は護衛という話でしたが、まさか暗殺者だったとは……」
クーロンは『屍』の大幹部達の顔を知る数少ない人物だ。
『屍』とは、バンスカーがボスだった一大組織である。
バンスカーの死後、『屍人会』、『亡屍会』、『屍黒』、『骸』に分裂し、今は亡きブラックが治めていた『屍黒』はリューによって滅ばされていた。
クーロンはブラックの死後、裏ボスだったリリス・ムーマと一緒にリューの配下に納まっている。
「『亡屍会』……か。確かボスの名は、『テッド』だったか?」
「はい、ブラックの護衛として自分は会合に同行していたので、顔と名前だけは憶えています。詳しいところはほとんど知りませんが……。上司だったブラックも他の大幹部については詳しく話す事もなかったです」
「そうか……。それにしても、お前の大鉈はああいう使い方もあるんだな」
マルコはこの頼もしい部下のとっさの判断に感心した。
というのも、刺客がマルコを狙った時、その顔を知っていたクーロンが得物である幅広の大鉈を盾代わりにしてマルコに迫る毒針を防いだのだ。
そのお陰で、マルコは得意の幻術を使用して続く第二波の攻撃を躱し、刺客を仕留めたのである。
「考えるよりも先に体が動いただけなんで……」
「最近起きていたうちの幹部構成員襲撃の最終標的は、俺だったという事か」
『亡屍会』会長の直属の部下を使って狙ってきたという事は、そういう事だろう、とマルコは憶測した。
「……」
だが、クーロンはそれには答えず、沈黙する。
「どうした?」
不審に思ったマルコが問う。
「『亡屍会』会長のテッドは、人を操るのが上手い切れ者という印象があるので、一連の事件の影に奴がいるのなら納得はするんですが……。どうにも何か引っかかるというか……」
クーロン自身もわからないモヤモヤがある様子で疑問を口にする。
「……とりあえず、若には報告しないといけない。──そうだ、『月下狼』と『黒炎の羊』にも気を遣わせただろうから、後日、再会合の段取りをしておいてくれ」
予想通り、両組織は今回の暗殺未遂を問題視して動いているのだが、マルコはそれも見透かしたようにクーロンに手続きを命じるのだった。
「マルコが刺客に襲われた!?」
リューは帝国から戻ったばかりのところに、マルコの部下から報告を受けた。
「……無事なんだね、よかった……。──それにしても、クーロンがそう言ったんだね?」
「へい!」
「わかった、こちらでも分析してみるから、もし、また、何か思いだしたら報告するように言っておいて」
「へい!」
部下は、リューに頭を下げるとすぐに立ち去った。
「クーロンの言う通りなら、『亡屍会』のテッドは厄介な相手かもしれないなぁ」
リューが嫌な顔をする。
「どういう事?」
「今は、クーロンの証言だけだから何とも言えないけど、ここまでの事件の数々が伏線の可能性があるかなって」
「マルコ暗殺が敵の最終目標ではなく!?」
「うん……。ちょっと僕もこれからは慎重に動く事にするよ」
リューは何か危険を感じたのか、真面目な表情になるのだった。




