第817話 潰れましたが何か?
リュー達の夜討ちと言ってよい『吠え猛る金獣』の事務所への襲撃は、丁度、残された幹部達が決起集会で二階に集まっている最中だった。
リューが表の扉を蹴破ると、マスク姿のリーンとスードが中に飛び込む。
「誰だ、てめぇら!? うちが『吠え猛る金獣』だとわかっているのか!」
下っ端の構成員が状況を理解せず、リュー達に脅しをかけた。
だが、リーンとスードはそんな事を無視して、構成員達に襲い掛かる。
「ぎゃっ!」
「ぐはっ!」
「お頭! 他所の組の襲撃──」
一階で待機していた構成員達はバタバタと倒されていった。
「おいらが相手だ!」
その中に大柄の獣人族が立ちはだかった。
種族は、狼人族のようだ。
その狼人は、巨体とは思えない敏捷さで、手に装着した爪剣を武器にリーンに襲い掛かった。
だが、リーンは慌てる事無く手にした『風鳴異太刀』で爪剣を弾き上げる。
「なんて力!?」
冷静なリーンが狼人の力に驚く。
そこに、あとから飛び込んで来たリューが、狼人の傍にいつの間にか立っていた。
次の瞬間、リューの右の拳が狼人の脇腹にめり込んでいた。
「ギャウン!」
狼人は、強力な攻撃に机を吹き飛ばしながら、壁に叩きつけられる。
「二人は二階を制圧して。こっちは僕がやるよ」
「「了解!」」
二人はリューに異議を挟むことなく階段に向かう。
「──さて、僕の手応えでは(あばら骨を)数本くらい折ったと思ったのだけど……。君、タフだね」
リューが二人を見送ると、背後に立つ狼人に感心した。
「貴様は上にはいかせない……!」
狼人は満身創痍であったが、リューに襲い掛かった。
リューは、狼人の爪剣を自慢のドス『異世雷光』で受け止めると、今度は、『対撃万雷』を発動する。
狼人は、強力な雷撃が全身を貫き、丸焦げになった。
「……驚いた。これでも意識を保っていられるのか」
リューは呆れるしかなかった。
狼人は、黒焦げになりながらも、再度、リューに襲い掛かったからだ。
リューは、狼人の爪剣をまたも、ドスで受け止めようとする。
だが、狼人はまた、『対撃万雷』を使用されると思ったのだろう。
攻撃途中に軌道を変え、爪剣の先をリューの首もとから、胴体へと向けた。
この器用な変化に、リューも驚いて体をねじりながら躱す。
「やるね! 体力はうちのランスキー並みで、器用さはシシドーレベルか。──君、結構強いね。僕の部下にならない?」
リューは、狼人の能力の高さに感心した。
これ程の人材が『吠え猛る金獣』の平構成員である事が勿体ないと思ったのだ。
「黙れ、チビ! おいらを倒してから、御託は並べな!」
「言うね!」
リューは狼人の挫けない心の強さに感心すると、容赦なく今度は、狼人の右足にローキックを入れる。
鈍い音と共に、骨にひびが入りそうな衝撃が狼人の膝に伝わった。
あまりの痛打に狼人も顔をしかめたが、それでもリューに対する攻撃を止めない。
リューはそれを躱しながら、距離を取った。
狼人もそこでようやく、一息吐く。
両者の視線が合い、リューがニッコリと笑顔を見せ、狼人がそれに反応した瞬間だった。
リューの姿が消えた。
いや、狼人がリューの笑顔に反応した事で一瞬反応に遅れ、その間に懐へ飛び込まれたのだ。
リューはドスを握ったままの拳に火魔法と雷魔法を纏わせ、赤雷の正拳突きを鳩尾に叩き込む。
狼人は一瞬で体中に大きな衝撃を受けると、その赤雷に体が包まれ、「ガッ!」という短い声を上げ白目になり、気を失うのだった。
リューが平構成員と激闘を繰り広げている間に、リーンとスードは、二階にいた『吠え猛る金獣』の幹部達を制圧していた。
「情報通り、少しはやれる男だったけど、下の連中程ではなかったわね」
リーンが幹部達を縛り上げながらも、リューが相手した平構成員の狼人達の強さの方を評価した。
「帝国では、人族以外の亜人種の地位はそんなに高くないそうですよ?」
スードがリーンにその疑問に答える。
「それで強い狼人族の構成員が、平扱いなのね。社会では強さだけが全てはないけど、こっちの裏社会でもそうなのかしら?」
リーンは呆れ気味に嘆息する。
裏社会は良くも悪くも弱い者は強い者に従うしかない。
だが、リューの相手をした狼人族は、大幹部クラスの強さだったから、平構成員として扱われている現実に、帝国の特権階級の根深さを感じるのだった。
そこへ、リューが二階に上がってきた。
「二人共ご苦労様。彼らはマルコに任せて、今日は帰ってゆっくり休もうか」
リューは二人を労うと、幹部連中を『次元回廊』でマイスタの街の『竜星組』本部事務所に送り届け、リーンとスードと共に、自宅に帰るのだった。
アハネス帝国とクレストリア王国の国境にある大きな街。
そこにある地元裏社会のドン、『吠え猛る金獣』の事務所が襲撃された。
そこは大幹部が構える事務所という事になっていた。
しかし、『赤竜会』を潰す事を失敗し、ボスが行方不明になった事で、本部とする事が決定したばかりだったのである。
そこに何者かが夜討ちを行い、決起集会を行っていた幹部達を拉致。
そして、事務所の命である看板も奪われた。
精鋭ばかりが集まっていた構成員達も重軽傷を負い、生死の境をさまよう事となった。
つまり、『吠え猛る金獣』は、残存勢力の主力も、この日やられてしまった事で、組織が事実上消滅したのだった。
これには、地元のチンピラ達も震え上がるしかない。
そんな予兆は全くなかったからだ。
寝ている間に、組織が消滅していました、で納得する者はいない。
しかし、事務所は悉く破壊されている様子を目の当たりにすると、納得するしかなかった。
「何があったんだ……」
「わかんねぇ……。帝国警備隊は『手間が省けた』で終わりらしいし、『金獣』はもうダメみたいだ……」
「他所の組織の襲撃なら、それらしい証拠は残っていないのかよ?」
「さあな……。近所の住民の話だと、騒がしかったのは十分程だったらしい。だから、いつものどんちゃん騒ぎだと思って通報しなかったんだとよ……」
「危なかった……。俺、『金獣』に入るつもりでいたからさ……」
チンピラ達は、情報を持ち寄って、何が起きたのか判明させようとするが、知れば知る程ヤバい相手を敵に回したとしか思えず、追及するのを止めるのだった。
そのヤバい相手であるリュー達はと言うと……。
一晩ぐっすり眠ると、王立学園に登校していた。
「みんな、おはよう!」
「「「おはよう、リュー、リーン!」」」
「今回も仕事か? 大変だな」
友人達がリューの朝の挨拶に反応する。
「ちょっとね? はははっ」
組織を一つ潰したとは思えない笑顔でリューは応じると、この日も学生らしく勉強に励む一日が始まるのだった。