第815話 帝国に潜入ですが何か?
国境にあるレドライの街にまだ残っていた『吠え猛る金獣』は、リュー達の活躍もあって、帝国本領に追い返す事に成功した。
そして、レドライの街は、『レドライ防衛戦線』というポンチョ率いる組織によって、守られる事になった。
この組織が占領された東部でのパルチザンとなり、『赤竜会』と力を合わせ、帝国の裏社会のみならず、帝国軍と戦う勢力へとなっていく。
そのきっかけを作ったリューはと言うと……。
「国境に隠された道があるんだね」
リューは、『吠え猛る金獣』が使っていたと思われる、国が知らないであろう独自の道を馬車で進んでいた。
街道と違って小石も多くガタガタと揺れるが、ランドマーク製の馬車ではさほど問題にならない。
きっとこの独自に整備された道が、裏社会の者達が利用する密輸路なのだろう。
実際、森深い国境を越える事はできるが、しばらく進むと途中から整備された道が途絶えた。
そして、何もない荒野を数キロ進むとようやく街道に出る事ができた。
「目印も無しに道なき荒野を越えて隠れた道を見つけるのは、一般人どころか警備隊でも難しいだろうね」
リューは、馬車の中で組織が作ったのだろう密輸路に感心する。
「それにしても、帝国本土に侵入するのって呆気なかったわね」
帝国式の整備された街道を馬車が進む中、リーンが拍子抜けした様子を見せた。
「占領された東部地方もそうだったけど、境界に設置された検問所なんかは厳重だったじゃない。でも、一旦内部に入ると警備は甘いのかもね」
リューは気楽な様子だった。
と言うのも、リューは『吠え猛る金獣』のボスを捕らえて尋問した事で、帝国国境地帯の情報は結構聞き出せていたからだ。
リューはその情報を基に、国境沿いの大きな街の郊外の家に立ち寄った。
「ここは何ですか?」
「ここは、身分証を偽造してくれる職人の家らしいよ」
スードの疑問にリューはニヤリと笑みを浮かべた。
これも、尋問で聞き出したものだ。
帝国から、クレストリア王国、その逆もだが、当然、身分証が必要になる。
帝国が発行する正式なものは、リューも入手できないので、偽造したものを用意してくれる職人というのが、国境沿いにはちらほらいるものなのだ。
情報では、ここの職人は本物と見分けがつかないものを用意してくれるらしい。
リューは御者に林の傍に停めさせると、そこから徒歩で職人の家まで歩いていく。
目立たないに越した事はないからだ。
リューは職人の家の前まで来ると、扉を三回、一回、二回とノックする。
すると扉の真ん中の小窓が開き、そこから中年の男が目元だけ出して、リュー達をじっと凝視し、
「……家の右から、裏に回ってくれ」
と告げる。
リューは黙ってその言葉に従う。
ちなみに、これにはもう一つ返事があり、「家の左側から裏に回ってくれ」というものがあるらしい。
この場合、左側の路地から裏に回ろうとすると、厳ついお兄さん達に囲まれて、袋叩きに合うそうだ。
つまり、ノックの仕方が違う時点で、お客かそうでないかがわかり、小窓で確認して厄介な連中だとわかったら、左側。
ただの訪問者なら、そのまま扉を開けて対応という事になる。
リュー達は、身分証をお願いするお客だから、右側に案内されたというわけだ。
右側から敷地に入ると、複雑な増築がなされている家の軒下を通り抜けていく。
突き当りに扉があり、そこへリュー達が到着すると、扉の小窓がシャッと開く。
そこから差し出された分厚い手に、リューが金貨を一枚手渡すと、すぐに、小窓が閉じられた。
そして、数秒後、扉が開いて中に案内された。
そこは作業場になっており、五人のドワーフ達が仕事を行っていた。
一見すると鍛冶仕事をしているだけに見えるが、これは、ダミーだろう。
室内の温度が、あまり高くないからだ。
リューが内心で見破っていると、その中のドワーフの案内で奥に通される。
奥は鍛冶仕事の音が聞こえなくなる程、防音が効いた部屋になっており、身分証の偽造作業を行っているドワーフが三人いた。
「……で、どっちのが欲しいんだい?」
挨拶はなくドワーフは早速、仕事の話に入る。
「帝国の身分証を四名分」
「……ふむ。身分証のランクは、ミスリル、ゴールド、カッパーにわかれる。ちなみに、エルフの分はそれに加えて別料金が発生するから高くつくぞ」
ドワーフはエルフであるリーンを見て、ぶっきら棒に答えた。
「相場は?」
「ミスリルは、金貨五十枚(約五十万円)、ゴールドは、金貨十枚(約十万円)、カッパーは金貨一枚(約一万円)で作る。エルフはそれに加えて、金貨十枚だな」
ドワーフは淡々と説明する。
「それじゃあ、ミスリルで四人分。追加と合わせて金貨は二百十枚だね」
リューは躊躇する事無く、一番高い身分証を注文すると、マジック収納から金貨の入った革袋をドワーフに渡す。
「……意外だな。一見の客は、様子見でカッパーを注文するものだが」
ドワーフは、羽振りよくポンとお金を出すリューに軽く驚く。
「ドワーフの職人は手を抜く事を知らない人が多いでしょ。それにもし、僕達を騙そうものなら、この家が吹き飛ぶ事になるだけだしね?」
リューがニッコリと笑みを浮かべるが、その目は笑っていない。
ドワーフは、思わずギョッとする。
単なる脅しとも思えなかったらだ。
「……安心しろ。うちの技術はその辺の職人とは比べ物にならないぞ。本物よりも本物と言っても申し分ないくらいにな」
ドワーフは、内心冷や汗をかきながら、保証する。
「どのくらいで出来るの?」
「すぐだ。名前を入れていない状態のをすでに用意してある。あとはあんたらの名乗りたい名前を言いな。それで、完璧になる」
「それじゃあ──」
リュー達は、自分とリーン、スード、御者の分の名前を告げると、室内にいたドワーフ職人達は無言で作業を始めた。
数分後、リュー達の相手をしていたドワーフが、職人達から完成した身分証を四枚を受け取り、それをリューに渡す。
「……素晴らしい出来だね。確かにこれは、本物以上、というか数年使用した感がある汚れまで再現しているのはこだわりかい?」
リューは造ったばかりとは思えない偽造身分証の完成度に感心した。
「カッパー品は、新品だと丸わかりだし、移動制限のある平民用だからな。それだと、検問所で優秀な警備兵に見抜かれる事がある。自分で汚してそれっぽく見せる奴もいるが、それも見抜く奴はいるから、その辺りの汚しは長年の技術が必要になるのさ」
褒められたドワーフは、自慢げに説明する。
「近いうちに、大口で注文するから、負けてくれるかい?」
「……大口? 何人分だ? 十人くらいか? それなら、一人分くらいは──」
「はじめは五十人かな?」
「ご、五十人!?」
ドワーフは想像を超える数に驚いて思わず声を上げた。
「あ、でも、今回のような急ぎではないし、ランクはゴールドで、という事になるけど」
リューはドワーフの職人達の驚く様子に、何食わぬ顔でマジック収納から金貨の大量に入った革袋を、前金とばかりに出してみせた。
「こいつはまた、想像を超える大口だな……。あんたら、見てくれの割に裏社会の関係者か何か、か? 最近だと『吠え猛る金獣』が大口注文してくれたが、あいつらカッパーしか注文しないんだよ……。おっと、今のは口外無用だぞ? ──わかった、ゴールドを五十、用意しておこう。そのうち八名分は負けとくよ。さらに追加ならもっと負けるぞ?」
ドワーフはこの日、初めて笑顔を見せると、金貨の入った革袋を受け取るのだった。
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