第811話 任務遂行ですが何か?
リューは帝国本土にも情報網を広げる傍ら、人脈を作る為、表と裏の社会に進出しておく計画を頭の中で練っていた。
リーンでさえ聞いた事が無い話に、イバルやスード、ノーマンも驚く。
「リュー、どういう事なの? 私、聞いてないわよ?」
「うん。今、初めて言ったからね。頭にはあったのだけど、今回の仕事を達成した後に帝国の様子を見て考えがまとまったら、話そうと思っていたんだよ」
リューは初出しである事をリーンに伝える。
「それってやっぱり、帝国が今後も敵になる可能性を考えての事か?」
イバルが、リューの考えを読んで見せた。
「うん。これまでは東部貴族のシバイン元侯爵派閥が、帝国の情報を一手に引き受けていたでしょ? 同じ東部貴族であるサクソン侯爵派閥は日が浅いから、帝国の情報には疎い。だからこの際、ランドマーク家にも被害が及ぶ事態がまた来ると考えて、自前の情報網を作っておく必要性があるかなって」
「それはまた難しい計画ですね……。帝国本土内への情報網は戦前、シバイン元侯爵でも作れなかったとか。だから、国境沿いでの商人や帝国貴族との個人的な交流を基に、情報を集めていたそうですよ」
ノーマンは、リューの計画案が難題である事を指摘した。
「その点は、僕にも当てができたから、そこから崩していこうかなと」
「「「当て?」」」
リーン達は、リューの思わせぶりな言葉に首を傾げるのだった。
帝国領進出計画案は、現在の依頼達成後に詳しく話し合う事で一致した。
そして、リューはアーサと部下、そして、『暗殺ギルド』で組織した暗殺部隊を『次元回廊』で旧シバインの帝国領に送り込む。
各自、『赤竜会』の情報を基に標的となる貴族領に向かうと、すぐに仕込みを終えて様子を窺う事になる。
仕込みとは、当然暗殺の為のものだ。
別に、刃物を使って標的の裏切り貴族を襲撃するだけが暗殺ではない。
それこそ、事故に見せかけたり、偶然毒物を口にするように仕向ける事もある。
さらには不審死に見せるなどやりようはいくらでもあった。
特に『暗殺ギルド』は、そういった類の《《事故死》》を得意としていた。
殺されたと思わせない事で、組織の関与と気づかせない為だ。
アーサも直接手を下すものから、自然死に見えるものまで手練手管があり、部下にもその一部を教え込んでいる。
特に今回はクレストリア王国からの報復とわかる形で依頼されていたので、やり方は一任されていた。
そこで、標的となる貴族は七人。
ついに暗殺が開始される。
初日。
シバイン元侯爵の元与力の一人であるシヌネン子爵が、趣味である狩りの最中、狩猟用の罠に誤って引っ掛かり、死亡した。
その罠の矢には猛毒が塗られており、それが事故と呼んでいいのかわからないものであった事から、すぐにこの《《不審死》》は、同僚である裏切り貴族達のもとにも知らされた。
その翌日。
シヌネン子爵の死に動揺していた一人のティータム子爵は、趣味であるお茶で落ち着こうと、お気に入りであるとっておきのお茶を飲む事にした。
「あの用心深いシヌネン子爵が、狩猟用の罠にかかるなど、信じられんな……」
ズズッ
侍従に入れてもらったお茶を飲む、ティータム子爵。
「うっ!?」
ティータム子爵は、その場で苦しみだすと、机の上のお茶をひっくり返して絶命した。
同日、別の場所でナレーシ男爵が、同じくお茶を嗜んでいる最中に亡くなる。
シヌネン子爵の死は、事故だと思う者が、ほとんどであった。
しかし、その死を疑ったティータム子爵と、同じお茶が趣味のナレーシ男爵が立て続けに亡くなった事で、残された裏切り貴族達はそこでようやく自分達が狙われている事に気づいた。
「次は、自分達なのではないか!?」
と。
裏切り貴族達は暗殺を恐れ、外出を控えると、自室に立て籠もる。
口にするものは、全て侍従に毒見をさせた。
その中、さらに二人の貴族が自室のベッドで、遺体となって発見された。
一人は、天井裏に仕込んであった毒ガスを吸引して死亡。
二人目は、掛布団の端に染み込ませてあった毒を舐めての、中毒死だった。
あっという間に、シヌネン子爵を含めて三人死亡後、警戒している最中に、二人がまた死亡。
こうなると残された貴族達は、どこから迫ってくるかわからない死の恐怖に怯えた。
相手は誰なのか?
アハネス帝国側が用済みと考えたのか?
それとも、クレストリア王国側の報復か?
疑心暗鬼になる裏切り貴族達。
そんな中、シバイン元侯爵の右腕だったヤバンシー伯爵が、殺されるの待つのではなく、こちらから反撃すべきと立ち上がった。
ヤバンシー伯爵は、元派閥貴族達にも注意喚起して領地内の警備を増やし、取り締まりを強化させた。
余所者は問答無用で捕縛し、手荷物や身元の調査を徹底する。
これが功を奏したのか、暗殺がピタリと止まった。
仲間の貴族達の死から、一週間程が経った頃。
きっと、刺客も身動きが取れなくなったか、発覚を恐れて逃げ出したのではと思われはじめた。
裏切り貴族達は、まだ、死の恐怖に怯えていたが、一週間何も起きないので安堵する者もいる。
「みんなにはまだ、安心しないように、呼びかけよ。気が緩む今が一番危険だからな」
シバイン元侯爵の元与力で武芸で名を馳せているヨシヌン子爵が、仲間の裏切り貴族達に警戒の続行を訴える手紙をだした。
これには、裏切り貴族達も、「もっともだ」と意識を改め、さらに警戒を強める。
実際、刺客は誰一人として捕まっていないからだ。
その翌日であった。
一番警戒していたヨシヌン子爵が、自宅の寝室で剣を抜き、抵抗したと思われる状態で何者かに斬られ死亡していた。
部屋は完全な密室であり、壁をすり抜けるか、煙でもない限り侵入が不可能な状態だった。
「若様の相談役に納まって何もする事が無かったが、役に立てて良かったわい」
一人の好々爺がリューに笑顔を浮かべる。
「ミザール、お疲れ様。見事だね」
リューは厄介な相手の一人だったヨシヌン子爵を無傷で暗殺したミザールに感心するしかない。
「いやいや、儂はスキルに恵まれておりましたからな。それよりも、『闇組織』の伝説の殺し屋は、千差万別の殺し方をするから、『異名無し』と言われておりましたが、あれはアーサ殿の事だったのですな。ヤバンシー伯爵の暗殺、見事と言わざるを得ませんぞ」
暗殺ギルドの長であったミザールが、リューのメイド兼殺し屋であるアーサ・ヒッターをべた褒めした。
アーサは、警戒が一番厳重であったヤバンシー伯爵を白昼堂々、彼の自宅の庭で腕利きの警備五名と共に始末してみせたのだ。
それも全て違う手口で行い、ヤバンシー伯爵にいたっては背後から喉を一閃し、返り血を浴びる事なく倒していた。
残りの裏切り貴族達は、シバイン元侯爵の両腕とも言うべき二人が厳重な警戒の中殺された事から、「自分達がどう警戒してもいつか殺される」という恐怖を植え付けられる事になった。
「みんな、お疲れ様。これで依頼主の名誉と、うちの有能さも示されたよ。じゃあ、帰ろうか!」
リューは、合計七人の暗殺を成功させたので、王家の依頼は達成したと判断、全員を『次元回廊』で撤収させるのだった。