第806話 会長との会談ですが何か?
リューは、東部の旧シバイン侯爵領である現帝国領に訪れていた。
シバイン領都にある大きな屋敷で『赤竜会』会長レッドラとの会談が行われる予定だからだ。
リューはクレストリア王国貴族の代表として、密かに訪れている、という事になっていた。
『赤竜会』ナンバー2であり、レッドラの次女であるカイアも、そのように承知している。
そのリューは、『次元回廊』で王都との間を行き来していた。
『赤竜会』側はリューが、この帝国領で、数週間は滞在していると思っている。
密かにリューの行動を監視しようと間者を放ってどういう人物なのか探りを入れていた。
しかし、消息を掴めず全く情報が得られないので、レッドラがリューの存在を警戒し、面会の日取りも決まらずにいた。
だがようやく、ナンバー2のカイアの説得の甲斐もあって、この日を迎えられたのである。
「対象となるシバイン派閥貴族数名の行動範囲が把握できましたが、どうしますか?」
リューの馬車に一緒に乗り込んでいる部下が、伺いを立てた。
「シバインの情報はまだなんだよね? 僕としては彼を一番に考えているから、その情報が欲しいのだけど?」
「すみません……。この領都にも二組態勢で調べているのですが、シバインの姿すら確認できていません。最近見かけないので、噂ではどこかに出かけているようだ、との事ですが……」
情報収集を行っている部下は、リューの要求に応えられず、申し訳なさに言葉が小さくなった。
「やっぱり、現地の人間の情報が必要みたいだね。──わかった。じゃあ、引き続きお願い」
「へい」
部下は頷くと停車した馬車から降りて人混みに消えていく。
馬車を発進させたリューはそのまま、レッドラが指定した大きな屋敷に向かうのだった。
屋敷に到着したリューは、リーン、スード、イバル、ノーマンという子供ばかりの集団である。
ナンバー2のカイアから訪問しているのは子供ばかりである事は、レッドラの耳に入っている。
だから、これ以上の警戒心を持たれないように、入れ替えはしない事にしたのだ。
屋敷は物々しい警戒態勢である。
カイアもリューと会う時は、五十名もの護衛を用意していたが、こっちは屋敷だけで百名は超えそうだった。
「……」
リューは、この厳戒態勢振りを見て、さすがに少し、閉口した。
余計な警戒心を解こうと子供だけで来たのに、駄目だったようだ。
噂で、レッドラは「不死身の男」と呼ばれる程、丈夫で不屈の男らしい。
だが今は、刺客を恐れるあまり、体面を気にする余裕も無いようだ。
玄関ではカイアと仲介人役である『赤竜会』幹部組織『赤蜥蜴組』の組長リザッドが、数名の部下と共に出迎えると、挨拶も早々に室内に通された。
「やけに警戒されていますね」
リューは廊下を歩きながら、カイアに理由を問う。
「実は昨晩、会長が刺客に襲われたのですよ」
リザッドがカイアに代わって説明する。
「お怪我は……?」
「会長を守ろうとした護衛の一人が、毒が仕込まれたナイフで刺されて今朝亡くなったよ……」
今度はリザッドに代わってカイアが答えた。
「誰の差し金ですか?」
「さあね。多分、『吠え猛る金獣』だろうが、刺した奴は素性を吐く前に死んだから、わからずじまいさ」
カイアは眉をひそめる。
そして、護衛二人が守る頑丈そうな扉の前に到着すると、
「会長、使者を連れてきました」
とカイアが大きな声で室内に伝えた。
数秒の間をおいて、扉が開く。
室内はかなり広く、四方に護衛がいた。
さらに、大きなテーブルを挟んでリューのように赤いが白髪交じりの大柄な初老の男が立っている。
頬や額、首もとにも傷がある事から、死線を幾度となく潜り抜けてきた人物とわかった。
「クレストリア王国からよく来たものだ。まあ、座れ」
レッドラは、相手が貴族とはいえまだ、子供なので高圧的に対応した。
リューは黙って用意された椅子に座る。
「それでは早速、用件を聞こうか。こちらも暇ではないからな」
レッドラは、次女のカイアを自分の横の席に座らせ、高圧的な態度は変わらない。
「その前に、レッドラ殿の立場を聞いておきたいのですが?」
リューは、レッドラに威圧される事なく、涼しい顔で聞く。
「……何?」
レッドラは、不敵な態度のリューにドスを効かせて応じる。
「こちらは見ての通り、子供だけの集団です。それに対し、昨晩、刺客に狙われたからとはいえ、この警備体制にこの高圧的な態度です。あまりにも余裕がなさそうなので、当てにしていいものなのか心配になりました。ですから、そちらがどうしたいのか確認したいのですよ」
期待していたレッドラとの会合であったが、リューは内心、これは、駄目かもしれないと考えていた。
「ガキだからといって、許されると思うなよ! 俺は『赤竜会』会長『不死身のレッドラ』だ。 ガキの一人や二人、殺す事に躊躇はしないぞ?」
レッドラはリューを殺気のこもった目で睨む。
「そんな脅しはどうでもいいです。お答えください。あなたは、このまま帝国の下僕として生きたいのか、それとも、『赤竜会』の気概を見せたいのか?」
リューはレッドラの鋭い眼光を真正面から見つめ返した。
「うちの事をとやかく問われる謂れはない。こっちは、そっちの要件を聞く為に時間を作ってやっているんだぞ?」
レッドラは、語気を抑えてだが、リューを睨むのは変わらない。
「レッドラ殿。それはうちも同じです。どうやらあなたは、娘さんから聞いてた印象とは異なるようだ。この、物々しい護衛の数、子供相手に余裕の無さ。そして、何より、その目です。──あなたは心が折れかけているように見える。僕は、帝国相手にも退かない自尊心を持った侠気の男と期待して会談を申し込みましたが、違ったようです」
リューは残念な様子を視線に浮かべた。
「なんだと!?」
レッドラは図星だったのか、怒って立ち上がる。
「どうしたんだ親父!? 少し、落ち着いてくれ! 『赤竜会』の為にも、この会談が大事なのはわかるでしょ!」
これまでは帝国側につく事を模索していたカイアだった。
しかし、それとは逆の立場で、王国の使者であるリューに味方しそうな勢いである。
レッドラはどちらかというと、失礼な対応を取ってくる帝国に怒っている側のはずだったから、王国に協力する気になったカイアとは立場が逆転したようだ。
「レッドラ会長、言い過ぎました、すみません。ですが、今のあなたはどうやら、帝国側に傾いているようだ。そんな相手に、こちらも救済の手を差し伸べようとは思わない。僕達は慈善事業でここに来ているわけでありませんから。腰の据わらない危うい男と一緒に戦う気はないのですよ」
リューは、レッドラの弱気が前日の暗殺未遂にある事を感じ、再度奮い立たせる為に厳しい事を告げる。
「くっ……!」
レッドラは、またも、図星を指され、今度は言い返せない。
「使者殿、しばらく時間をくれないか。あたしと親父で少し話をさせてくれ」
娘のカイアはリューに頼み込むと、一旦奥の部屋にレッドラを連れて退室するのだった。




