第804話 敵の暗躍ですが何か?
この一か月程は、王都やランドマーク商会関連施設の復興や国の暗殺計画など、順調に進行していると言っていい。
王立学園も襲撃事件で死者を出していたから、少し遅れたものの無事入学式や始業式が行われた事は、復興の象徴の一つであった。
リューもそれらについては順調に感じていたので、近日中には東部の現帝国領に赴き、『赤竜会』の会長レッドラと面会を済ませたいところだ。
なにしろ暗殺計画は、旧暗殺ギルド、『竜星組』両方が請け負っている仕事である。
それらは全てリューが責任者なので確実に遂行させなければならない。
クレストリア王国の沽券にも関わる問題だから、責任は重い。
「帝国領の蜥蜴人族のリザッドの情報では、レッドラ会長が会談場所を選考している最中らしいから、前向きに事は進んでいると考えてよさそうだけど……」
マイスタの街長邸執務室でリューはその事で少し悩んでいた。
「『赤竜会』の扱いはどうするの?」
リーンがリューの考えを察してか質問する。
「それなんだよね……。王都を狙い、帝国と通じていた罪は大きいから、それなりの代償を払わせるつもりでいたんだけどね? すでに『赤竜会』は『黒虎一家』との抗争や帝国の裏社会組織『吠え猛る金獣』との抗争で大分弱っているのが、部下達の報告でわかってきている。それこそリザッド達、外様を幹部組織に取り立てる程、組織もガタガタみたいだしね」
リューは察しの良いリーンの質問に、丁寧に答えた。
「暗殺計画が成功したら、潰してもいいんじゃない?」
「うーん……。次女のカイアが帝国と縁を切る決断ができたみたいだから、あとは会長がどう判断するかで、『蒼亀組』とも相談して最終判断したいかなぁ」
リューも鬼ではないのだ。
とはいえ、『赤竜会』は同盟者であるコーエン子爵の『蒼亀組』の宿敵だから、扱いには気を遣うところである。
そんな事を執務室で話している最中、ノックする音が耳に入った。
「どうぞ」
リューが話を中断して執務室にノックの主を招き入れる。
その人物は、『竜星組』の組長代理であるマルコの部下の一人であった。
「若に至急連絡しなければという事で、やってまいりました」
「至急?」
「へい。……実は王都事務所の幹部組員が、夜の店で起きた客とのトラブルに居合わせ、止めに入ったところを刺され、重傷でして」
「泥酔したお客がカッとなって人を刺すのは珍しくはないけど……。刺された幹部組員は、ちょっと油断しすぎた感じかな?」
お酒に酔った勢いで、刺した刺されたという話は、この世界ではよくある事なので、リューは驚かずに、応じた。
「それが実は……、この半月で三件起きていた事が発覚しまして。それを知ったマルコさんが、若に至急伝えろ、と」
「半月で三件!? それって刺されたのは、みんな王都事務所の組員達なの!?」
さすがのリューも報告に上がってきていない殺傷沙汰に驚いた。
そして、精鋭揃いの王都事務所の組員三人も、半月の間に刺される失態を犯すのはさすがにおかしいと理解した。
「へい。どれも、街中や通りで酒に酔った客同士のトラブルに巻き込まれての事なんですが、どうにも多すぎるうえ、油断だけで酔っ払いにどうにかできるものなのかと、マルコさんが、ある疑いを持ったようでして……」
「疑い?」
「へい。マルコさんが言うには、他所の組織が動いているんじゃないかと」
「刺した相手は王都警備隊に引き渡しているんだよね? その時に何かわかっていないの?」
「もちろんです! ……ですが、念の為、この数日、警備隊に人をやって確認したんですが、刺した人物はうちからの被害届が取り下げられたという事で釈放されていました。そして、その刺した連中の身元も実は全て巧妙に作られた嘘だった事がわかりまして、警備隊もうちも煙に巻かれた状態になっています……」
「ちょっと待って? 刺されて被害届を取り下げるって、示談でもしたの? うちの組員は重傷なんだよね?」
リューは話を聞けば聞く程、増々わからなくなる思いで聞き返す。
「それが、うちから被害届取り下げは、していないんですよ。でも、取り下げ手続きは正式なものだったみたいで、警備隊に手を回して現物も確認しましたが、王都事務所の幹部のサインと全く同じものが、記されていました。──でも、幹部組員は刺されて重傷なので、そんなことあり得ないんですよ」
「……つまり、最初からうちを狙う目的で、トラブルを起こし、止めに入られる事も計算したうえで、刺した後、どう処理されるかまで読まれていたという事?」
「マルコさんはそう考えているようです。だから、至急、若に知らせるようにと」
「……わかった」
リューは、神妙な顔つきになるとその場で考え込んだ。
部下はそのまま、部屋をあとにする。
「……どう思う?」
リューが、黙って聞いていたリーンに聞く。
「刺された当人達は自分の油断で刺されたから上には黙っておこうとでも、思ったのだろうけど、三件も同じ事が起きるのは、偶然じゃないわね」
リーンはきっぱりと断言する。
「この犯行を行う可能性があるのは、思いつく所では一つだけだよね……?」
リューは頭の隅にあったある組織の名が浮かんでいた。
「亡屍会ね?」
リーンが正解をズバリ口にする。
「うん」
リューは、頷いた。
『亡屍会』が、戦時中、混乱の中で王都に人員を送り込んだ痕跡がある事に、ノストラが気付いてくれていたのだが、その行方は全くわかっていなかった。
あまりに大人しいので、警戒しようがない状態であったのだが、こんな形で仕掛けてきたのだとしたら、かなり厄介さを感じる。
抗争する気があるのなら、宣戦布告や派手に事務所を攻撃する行為に出ると思っていたからだ。
それが、日常のトラブルに紛れさせて幹部組員を狙うやり口で、表沙汰になりにくくし、刺した者も使い捨てではない。
しっかり身を隠す事で組織による犯行かどうかの判断も難しくしているのが厄介だ。
余程、情報をかき集め、計画を水面下で綿密に練っていたと思われた。
「力勝負ではなく、頭脳戦か……。うちの幹部連中の情報を、詳しく調べ上げていたのがよくわかる犯行だね……。これは誰か責任者を決めて調査させた方がいい」
リューは、つぶやくと、また、考え込む。
「今回の三件ともって、飲み屋周辺で起きているんでしょ? それなら、そこで力を持っているあの子に任せてみれば?」
リーンは一人、思い当たる人物がいるようだ。
「あの子?」
リューは誰の事かわからず、聞き返す。
「リリア・ムーマよ」
「リリア? ──そう言えば、彼女、夜の飲み屋で今や、『夜の女王様』って言われているんだっけ?」
魔族である淫魔族と人の混血で、元『屍黒』を裏で操っていた人物である。
現在はリューの計らいで、飲み屋でホステスをしているのだが、すぐにナンバー1の人気で夜の女王として力を持っているのだ。
「そうよ。彼女、女性従業員達を集めて組織を作って夜の通りを守っているのよ。確か『星夜会』だったかしら?」
「そう言えば、そんな組織を作りたいって希望きてたから、許可したなぁ。従業員達の身辺を守ったり、情報収集とかするのに組織の方がやりやすいからって話だったよね?」
リューは以前にそんな書類にサインをした事を思い出した。
「そうよ。──そして、私がそこの相談役だから」
「ええ!? いつの間に、そんな事になっていたのさ?」
リューも初耳なので、思わず聞き返す。
「リリアから直接相談されたのよ。リューの為だって言うから承諾していたの。──彼女、見所あるから、とりあえず任せてみない?」
リーンがそう言うのなら、そうなのだろう。
リューもリリアの能力は買っている。
それに、相手が『亡屍会』だから、元『屍黒』のリリアに調べさせるのは打って付けと思えたので、任せる事にするのだった。