第802話 妹が入学しましたが何か?
復興途中の王都では、少し遅れての入学式、始業式が各学校で行われている。
王立学園でも入学式が行われ、新入生代表には当然ながら国王であるオサナが、在校生代表には生徒会副会長のリズ王女という贅沢な人選で行われた。
その為、王立学園の警備は厳重になっている。
式典はもちろんの事、前回のような事が無いように、広い敷地がある王立学園内に近衛騎士団の駐屯所が設置され、各所に近衛騎士が警備にあたる事になった。
その責任者には近衛騎士団副団長を務めるヤーク伯爵が引き受ける。
ヤーク伯爵は、オサナ国王を守り通した功績から昇爵し、副団長の地位に上り詰めた。
王家からの信用も絶大なのでとても良い人選と言えた。
リューの友人という事もあり、オサナ国王、リズ王女の警備についても一緒に話し合って万全の体制を整えている。
女子トイレや着替え室には女性の近衛騎士を抜擢して巡回させ、死角を無くした。
屋上からの監視や伝達方法、人員の管理まで徹底する事で外部からの侵入者に対し、厳しい対応をする事になっていた。
教師職員陣の身元調査も二重三重に行い、関係者が情報共有する事で粗漏がないようにしている。
これらは先王や前宰相が王宮会議を開いて規則を変更する事で可能にした経緯があった。
以前までは、学園の独立性を尊重する形で規則が作られていたが、こういった決定には色々と問題があったのだ。
だが、王都占拠事件があって、王家の守護を最大限に優先する事にした決定が通り、学園の規則も変更された。
どちらかと言うと、独立性を尊重する意見を持っていた学園長チューリッツもこれに賛同したのが意外に見えた。
当人にしたら、王家あっての国家である。
新国王が入学した以上、現状を考えれば、独立性を主張する事など、愚かでしかない事を理解していたから当然だった。
チューリッツ学園長は、この一年の経験でそれをよく学んでいたのである。
その学園長が入学生に祝辞を短く述べると式典は終わり、生徒達は各クラスに移動する。
ちなみに、一年生は特別クラスが二つ編成され、そのうちの一つにオサナ国王が入る事になった。
特別クラスには、一番の成績で入学したリューの妹ハンナ、平民ながら二番の成績であったココ、そして、身元がしっかりしており、成績優秀であった王家派の貴族。
さらには平民ながら、ランドマーク伯爵領からの成績優秀者二人も、このクラスに入る。
この人選は将来の王家を支える友人、臣下として期待できる者が集められた事は、関係者ならわかった。
事情を知らない者から見ると、成績優秀者のクラスとしか映っていないだろう。
実際、それは事実の一端であったからだ。
入学生達は、受験時に凄そうな生徒は体感でわかっていたから、その生徒が特別クラスに入っているのを知ると、「やっぱりね」くらいに捉えていた。
その中で、注目を浴びたのが、ハンナ・ランドマークである。
ハンナはテイマーという事で、頭の上にムササビデビルのサビを連れている事も許可されていた事や、その美貌で当然目立っていたからだ。
さらに、受験会場でハンナの実技試験で見せた、とてつもない魔法の才能を目撃した数少ない合格生徒が周囲に吹聴した事や、オサナ国王と親しい友人関係である事もすぐに広まっていた。
他には、ランドマーク伯爵家の令嬢である事、あのミナトミュラー子爵の妹である事も余計に目立たせる事になった。
当人はと言うと、天真爛漫な性格から、その才能を自慢するわけでもない。
貴族や平民を分け隔てなく友人にしている事もすぐ周囲に伝わり、平民出身者からはすでに人気を得ているようだ。
それはオサナ国王も同じであった。
ハンナや平民のココ、イトラとフレトなど貴族どころか平民とまで親しく話している姿を注目されていたから、同級生となった生徒達は国の明るい未来を想像せずにはいられなかった。
まだ、九歳だから、成長はこれからなのだが、人間関係に隔たりが無いというだけで、頭のいい生徒達は期待を持たずにはいられない。
だからといって自分がオサナ国王に近づいて将来の出世に繋げようと企むほどには入学生達もまだ、あくどくはない。
まあ、親に吹き込まれてその考えに至る者はいたかもしれないが……。
とにかく、新一年生の教室は、特別クラスの話題で盛り上がっていたのは事実だった。
特別クラスには、一番後ろの席についているオサナ国王を警護する為、近衛騎士が二人一番後ろに立って待機している。
オサナ国王の隣にはハンナが座っていた。
そして、ココやイトラとフレトがハンナの周囲に席を取っている。
王家派貴族の子弟である生徒達もオサナ国王の周囲に席を取る事で、完全に防御態勢はできている。
「オサナ君の人気凄いね」
ハンナが国王である前に一人の友人という扱いで、気さくに話しかける。
これには、王家派貴族の子弟達も一瞬ギョッとするのであったが、オサナ国王はハンナの言葉に、
「ハンナちゃんの方が凄いと思う。入学前に生徒の身体検査が行われたでしょ? その時、ハンナちゃんの噂をしている子が結構いたみたいだよ」
と嬉しそうに親しく応じていた。
「私の? うーん、それは予想できないけど、それって多分、サビを連れている事が大きな理由だと思う。サビの事で目立っているよって他の子から指摘されたし」
ハンナは頭上のムササビデビルのサビを撫でながら答えた。
サビは気持ち良さそうに、目を細めて大人しくしている。
「そうとばかりは言えないけれど……、機密事項もあるからそこは……、ね?」
オサナ国王はこの年上で実の姉のようなハンナに笑顔を返して言葉を濁す。
というのも、ハンナの成績については、学園の関係者と国の上層部しか知らない事であったからだ。
すでにハンナは、スキルの大部分を隠していても、その魔法適性や実技での結果から、リューやリーン、新二年生の勇者エクスのような存在として、関係者から注目を集めている。
その見目麗しい容姿も相まって、貴族や王家は将来有望なこの女の子に期待を寄せているのだった。
「?」
ハンナは、オサナ国王の奥歯に何か詰まったような言い方に首を傾げるのであったが、大して気にしている様子はない。
ハンナ自身、自分が天才とは思っていないからだ。
祖父カミーザや祖母ケイをはじめとし、両親や兄達、リーンに執事のセバスや領兵隊長のスーゴなど才能が優れた人々に囲まれて育っていたからだ。
自分はその中で、普通な方だと思っていたのである。
ただし、スキルが兄弟の中でも特に優秀だという事は両親からも注意と共に諭されていた。
それは、スキルに驕って努力を怠るような子に育ってくれるな、というものでハンナもそれを自覚して努力し続けてきているのだ。
それに、兄達、特にリューの背中を見て育ってきた事もある。
リューが普段から努力している姿しか見ておらず、怠けるという事が無いのも知っていた。
そして、家族を第一に考え、領民を守護している姿が、ハンナにとって格好よく映っていたのだ。
それを理想像にしていたから、スキルに頼らず強くなる事を目指し、スキルについては『鑑定阻害』で隠し、色眼鏡で見られる事を避けていた。
「ハンナちゃんは努力家だから、才能云々は関係なく優秀な成績を残した事で評価されているんだと思うよ」
ハンナの事をよく知っている親友のココは、笑顔でそう告げた。
「ふふふっ。それを言ったらココちゃんも頑張ってきたじゃない」
ハンナは一緒に受験勉強を頑張った親友に応じると、教室で話に花を咲かせるのだった。