第800話 総合ビル開店初日ですが何か?
ランドマーク総合ビル開店の日。
開店記念式典には、驚く事にクレストリア王家からリズことエリザベス王女が、ノーエランド王国からはエマ王女が出席する。
さらに各国の大使やその関係者が出席するなど、異例の注目をもたれる事になった。
これも、各国の文化や食事を紹介するアンテナショップが入っている事で、王都の象徴的な施設になると、注目された事が一番の要因だろう。
さらに、ランドマーク伯爵家は、各方面に人脈ができた事も大きい。
ご近所さんとして、父ファーザ、母セシル夫妻や長男タウロ、エリス夫妻との家族ぐるみの交友関係が持たれている関係者も多い。
だから、出席は当然とばかりに、そうそうたる顔ぶれが参加してくれている。
その為、ランドマーク伯爵家を、各国が注目している家柄であると誰もが勘違い、もしくは錯覚する事になった。
もちろん、クレストリア王国での存在感は日増しに高まっている。
しかし、各国への影響力は実際のところない。
だが、ここ最近の交友関係によって、ランドマーク家がいつも誰かしら重要人物と話している姿を見れば、みんなが勘違いするというものである。
これは、認知バイアスというものだ。
芸能人や政治家と撮った写真を相手に見せて、「この人は凄い人なんだ」と勘違いさせる詐欺に使われる事が多い手法である。
そんな事をしなくてもランドマーク伯爵家は今や王国でも有力な貴族になっているのだが、各国への影響力はまだまだだ。
だが、普段から誰かしら有力者と話している姿を見た人は、
「この人は各国の重要人物に影響力を持っている人なのかもしれない……。仲良くなっておいた方が得だな」
と勘違いする者はいるので、それを利用してさらに人脈を広げる結果に繋がるのである。
ましてや、父ファーザや長男のタウロの人たらしは本物である。
あちらから積極的に接触してきた結果、二人の人柄で惚れさせてしまうから、雪だるま式にランドマーク家の評判が上がる。
そして、交友関係を結びたがる各国関係者は増えるのだ。
そういった事からも、今回の開店記念式典に各国の関係者が進んで参加してくれている。
リズ王女やエマ王女の挨拶もあって、両国がランドマーク伯爵家の存在感を強調すれば、各国関係者も一層、これからも仲良くしておかねば! となるのであった。
昼前から始まった式典は、ランドマークブランドファンである貴族から富裕層の中流階級、庶民に至るまで集まっている。
会場となっているランドマーク総合ビル前はぎゅうぎゅう詰めの人だかりだ。
そして、開店時間である正午に時間が迫る。
お店の前は、前日の深夜から並んでいるランドマークブランドの熱狂的なファンの貴族を先頭に沢山の人が待機していた。
ランドマーク商会側は、万全を期す為、本領から領兵の警備員を大幅増員して人だかりの整理を行っている。
そこへ、リューが用意したくす玉を、父ファーザと王女リズ、王女エマの三人が一緒に引っ張ると、色とりどりの紙吹雪と共に、「ランドマーク総合ビル開店!」と書かれた垂れ幕が出てきた。
これを合図に、屋上に仕込まれていた魔法花火が上空に打ち上げられる。
無数の魔法花火は日中の空を綺麗に彩り、大きな音で王都中の民衆の注目を集める事になった。
総合ビルからも大きな幕が垂れ下がり、「ランドマーク総合ビル本日より開店!」という文句で注目が集まる。
総合ビルには、大きな看板も設置されており、開店と同時に覆っていた垂れ幕も外されたので、誰もがランドマーク商会の名を目撃する事になる。
これだけ目立つ看板であったから、王都で知らない者はもぐりだと言っていいかもしれないのだった。
ビルの一階に入る大きな扉が開店と同時に開かれると、お客が次々に雪崩れ込んでいく。
先頭で入店した貴族は、やはり、貴族である。
慌てる事無く、最初から寄るところを決めていたのだろう。
まず、誰もがその存在に気付かないでいたエレベーターの前まで行き、女性に案内されて個室の中に入っていく。
これに、他のお客はしり込みした。
貴族と同じ密室に入る勇気はないし、何よりエレベーターの存在が何なのか理解出来ていないからだ。
案内の女性が上の階に行く為の乗り物と説明するが、最初に乗り込んだ貴族以外、誰もが様子見をして乗ろうとしない。
そこで、貴族が女性に告げる。
「最上階をお願いする」
と。
女性は笑顔で、
「七階ですね? 承知しました。──ドアが閉まります」
と応じると、鉄の格子を閉めた。
その様子を見ていた人達は、女性が貴族を小さい個室に格子で閉じ込めたので、
「大丈夫なのか!?」
とざわつく。
格子と言えば、牢屋に閉じ込めるイメージだから、
「貴族に対して失礼では?」
と解釈する者が多かったのだ。
しかし、それも束の間である。
貴族の乗った個室は、音も無く、スゥーッと上がっていくではないか。
「「「おお!?」」」
これには、エレベーターの前で陣取っていた者達をはじめ、周囲の者達も人を乗せた個室が上がっていく様子を見て声を上げるのであった。
ナントカーン子爵は、お客第一号としてエレベーターに乗った名誉を独り占めする事になっていた。
内心では、かなりドキドキであった。
前情報として、上の階層に人を運ぶ小さい個室『えれべーたー』? なるものが導入されるとは聞いていた。
しかし、自分ではその想像が難しかった。
得た情報では、最初に最上階までその乗り物で行き、上の階から一階ずつ降りていきながら楽しむのが通、という事を聞いていた。
だから、ナントカーン子爵はその情報通りにしたのだ。
これも情報通り、『エレベーター』の前には案内の女性が待機しているので、その者に、個室に乗り込み最上階を指定するだけで良かった。
落ち着いて見えたナントカーン子爵は緊張で胸がバクバク状態であったが、それと同時に高揚感に包まれていた。
ランドマークブランドは、何度も自分を童心に戻してくれるから、この総合ビルの開店を心待ちにしていたからだ。
案内の女性が格子戸を閉めた時には内心焦ったが、次の瞬間には、個室が上昇していく不思議な感覚に「ひゃっ……」という声が漏れたのは、案内女性と自分だけの秘密である。
そんな体験もすぐに終わった。
エレベーターが最上階に到着したのだ。
ナントカーン子爵は、最上階の喫茶『ランドマーク』に入っていく。
そして、そこに広がる眺望に感動する。
王都を見下ろす高さは、特別に王城の塔に上らせてもらった時以来だからだ。
「なんともはや……。この光景が、また味わえるとは……」
ナントカーン子爵は、テラス席で嘆息する。
こうして、ナントカーン子爵は、七階に最初に訪れたお客としての名誉も味わう事になった。
従業員が、ナントカーン子爵に最初の特別なお客様として、新商品であるケーキを無料で提供する事を告げる。
「おお! それはありがたい。では、それに加えて、名物のランドマークケーキとコーヒーもお願いできるかな?」
ナントカーン子爵は笑顔で応じると、王都の景色を眺めながら、席に座る。
そこへ、エレベーターの存在を知らず、階段で最上階を目指したお客が飛び込んで来た。
男性は汗をびっしょりと掻き、荒い息を吐いて今にも倒れそうである。
そして、一番乗りだと確信していたから、
「はぁはぁはぁ……。お客第一号のみの……、はぁはぁ……、無料と……噂の、……新商品の……ケーキ……」
と言いながら視界に映ったのは、テラス席に優雅に座る第一号のナントカーン子爵であった。
「……えっ? ……階段を駆け上がっている時は……、見かけなかったのに……」
男は、その姿をみて、愕然とする。
「お客様、申し訳ありません。あちらの方が、第一号でした……」
従業員が申し訳なさそうに告げると、
「……ここまで、必死に駆けあがってきたのに……!」
とお客の男性はその場で悔しそうに大の字に倒れるのであった。
高さや広さ、出店数、エレベーター、エスカレーター設置など、王都の初物尽くしであるランドマーク総合ビルの新装開店は、ランドマークブランドファンの間で大いに話題となった。
その中で、最上階に一番早く誰が到着するかを目指して密かな競争が行われていたのだが、それはエレベーター搭乗第一号であったナントカーン子爵が、知らないうちに勝者になり、マニアの歴史に名を残すのだった。
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