第797話 続・女大幹部との駆け引きですが何か?
『赤竜会』のナンバー2であるカイアは、リューの指摘が的中していたのか、言い返す言葉に詰まっていた。
実際、『赤竜会』のボスであるレッドラは、将来の幹部候補を大量に失って以来、『黒虎一家』との抗争に突入して疲弊し、そこに、帝国軍の侵攻でこれまで築いてきた裏社会の利権も大分失われていた。
そこに、帝国から『吠え猛る金獣』という組織が自分の縄張りを狙って進出してきた事で、一年前は王都に進出を考えていた巨大組織が、滅ぶかもしれないところまで来ている。
カイアの父親であるレッドラは、一大事の状況で裏切ったシバイン元侯爵が許せなかったし、裏で糸を引いていると思われる帝国の手のひら返しにも憤っていた。
だが、情けなくても相手に頭を下げて生き残るか、それともメンツをかけて戦うか、で迷っているのも確かである。
カイアはその考えを汲んで、自分の人脈を用いて帝国との間に可能性を持たせようとしていた。
もちろん、父親がメンツを選ぶなら戦う意思もあるが、大所帯を率いる身としては、相手に頭を下げてでもそれを守りたいというのがカイアの考えであったのも確かである。
だから、場合によっては、リューを捕らえて帝国に引き渡す事で手柄とし、今の縄張りを維持しようと企んだのであった。
だが、それもこの子供貴族は全てを見抜いて、こちらの知らない帝国の内部情報まで提示してきたのだから、カイアは言い返せない。
「『吠え猛る金獣』という組織は、帝国の国境地域に勢力を持つ組織だそうですね。こちらも詳しい情報はありませんが、帝国との繋がりが無いとこんなに早く新領地に勢力を伸ばしてくるわけがないと思いませんか? ましてや、帝国との人脈がある『赤竜会』の存在は関係者から聞いて知っているはず。それが問答無用で仕掛けてきているのは……、(売られた)そういう事ですよ」
リューは『赤竜会』が最悪の想定として考えている事を言葉にした。
さすがに「売られた」とまでは言わないが、この言い方ではっきり伝わったはずだ。
カイアはその最悪の想定にならないように、動いていたのだが、こうも第三者からはっきり言われると痛感するしかない。
唇を噛み締め、またも、返答に詰まる。
「僕は、調べる中でそれを知り、同じクレストリア臣民として、『赤竜会』に機会を与えてもいいんじゃないかと考えました」
リューは言い返してこないカイアの様子を確認して、手を差し伸べるように言う。
「機会……だと?」
「ええ、機会です。メンツを守り、生き残る機会です。もちろん、クレストリア王国としては国を売った疑いがある臣民を許していいものかと悩むところではありますが、それが裏社会の者であっても、機会は与えるべきだと僕は考えています。それに共通の敵がいるのも事実でしょ?」
リューはここでしれっと本題に入っていく。
「共通の敵……。帝国とシバインかい……」
「はい。我が国はシバイン元侯爵の売国行為で領地と多くの臣民を失いました。それは到底許されるものではありません。だからこそ、それなりの報復を行う必要があると考えています。もちろん、『赤竜会』は自分達の利益を守る行動を取ってもらって構いませんが、その利益とクレストリア王国の利益、重なる部分があるのなら、協力できるのではありませんか?」
「……具体的に何を狙っているんだい? シバインはすでに帝国に忠誠を誓っているから、クレストリア王国に帰属する事はないと思うわよ?」
カイアは、クレストリア王国の狙いがまだ、いまいちわかっていない。
まさか、国が暗殺を考えているとはさすがに想像していないのだ。
だから、この時点では、領地を取り戻す為に裏切った貴族達を帰属させる為の説得工作をしたくて、リューを秘密裏に送り込んだと予想していたのである。
「……『赤竜会』にはシバイン元侯爵とその派閥の貴族達の情報を提供してほしいのです。それこそ、居場所や行動パターン、接触できそうな場所など詳しくです」
リューは真意を打ち明ける事無く、説得と取れるような返答をした。
「……さすがにあたし一人の判断で、その情報は渡せないね。親父……、会長に判断を仰がないと」
「それで構いませんよ。ですが、忘れないでください。こちらの方でも人を使って情報を集めている事はすでにお判りだと思いますが、時間は有限ですよ」
リューはほぼハッタリと推測混じりの情報を、いかにも事実であるかのように話す事で、クレストリア王国の情報網がとても優れているかのように告げる。
「ならば、そちらで勝手にやればいいだろう」
カイアは脅しと感じると敏感に反応して言い返す。
「言ったでしょう? クレストリア王国の臣民だった者に機会を与えると。もし、今の扱いに満足し、帝国民になるのならばそれまでです。こちらも、諦めて引きましょう」
この凶悪なナンバー2のカイアを相手に、リューは涼しい顔でそう応じた。
「……あんたはちなみに何者だい? 見るからに子供だが、どのくらいの権限を与えられてここに来ている? それくらいは教えてくれてもいいだろ?」
カイアは自分が手のひらの上で転がされているのを感じたのか、この少年貴族がのらりくらりと躱しながら話す様にしびれを切らして必要な情報を求める。
「僕ですか? それを語る時は、レッドラ会長との面会の時でお願いします。なにしろ今のあなたは僕を帝国に売ろうと画策していた人物ですからね。そんな相手に正体を明かしたら、こちらの身が危うくなるだけでしょう? 権限については……、そうですね……、あちらに寝返った貴族達の生殺与奪の権利を与えられている、という事にしておきましょうか?」
リューはまたも、カイアの最初の行動が下策であった事を指摘するように答え、さらに権限についても、自分の交渉次第で貴族の運命が変わるから生殺与奪の権利と例えている、と言わんばかりの答え方をした。
カイアは、この老獪な答え方をする子供貴族に憎たらしさを感じて内心歯噛みするのであったが、このような人材がクレストリア王国にもいるというのが知れた事は、自分にとって一定の利益になったと思うのも確かであった。
カイアは満足がいく程の利益ではなかったが、会長である父レッドラに引き合わせても問題はないだろうと思考を巡らせる。
「……わかった。会長にはあたしから伝えておこう。──予定が決まったらリザッドに伝えればいいのかい?」
「ええ、そのような形でお願いします。その日までは僕達も、この地で観光でもしてゆっくりしますよ」
リューは笑顔でそう応じた。
とはいえ、それもただの嘘ではあったのだが。
リュー達は当日までは『次元回廊』で王都で待機するし、その間も部下に命じて情報収集は怠らない。
カイアもなんとなくそれは嘘だとわかったが、深い追及はせず、面会を終える事にするのであった。
「……まあ、当然尾行は付けるよね」
リューはカイアとの面会の帰り道、馬車内でリーンから尾行がある事を知らされてそう答えた。
「とりあえず尾行を撒いてから、王都に帰ろうか」
リューは御者にお願いすると、リザッドが縄張りとしている街に向かって疾駆させる。
尾行の者は馬に乗っていたから、すぐに撒かれる事はなかった。
しかし、リュー達の馬車が街道沿いの林に入って少し視界から外れたところで、気づかれないように慎重に近づき林の中を覗き込む。
すると、その姿は煙のように消えてなくなっているのだった。