第796話 女大幹部との駆け引きですが何か?
『赤竜会』のナンバー2であるカイアは、幹部組織である『赤蜥蜴組』を率いるリザッドを高く買っていたのか、クレストリア王国からやって来た貴族であるリューに意外とすんなり会う事を承諾した。
面会を申し込んで翌日の事だったので、快諾と言ってよいだろう。
リューとしては、こんなチャンスはそうそうないだろうから、すぐにも日程を決めて会いたいところであったが、あまりにすんなりなので迷うところではある。
というのも、このカイアは帝国に人脈を持ち、会長であるレッドラの次女として力を振るってきた経緯がある。
つまり、帝国側に近い人物であるという事だ。
その人物が、クレストリア王国の貴族とすぐに会うというのは、自分を何かしらの天秤にかけている可能性も想像できた。
「──どう思う?」
リザッドの仕切る街の料理屋の個室で、リューはいろんな可能性を考えてリーンに短く聞く。
「あまりに反応が良すぎるところを考えると、罠を張って帝国との交渉に利用しようとしているとしか思えないわね」
リーンはリューの考えを読んでそう答える。
「やっぱり? 僕もそう思う。悩んだ末の承諾でもないところを考えると、帝国との交渉材料に利用できそうだと判断しての快諾だろうね。でも、こちらも会わない選択肢はないわけだけど……」
思ったよりも『赤竜会』が帝国と結び付きが強いのかもしれないと思う一方、こちらも会長であるレッドラに会う為には避けられない相手であったから、面会を頼んだ立場である以上、応じる事にしたのであった。
シバイン元侯爵領、領都郊外にある大きな廃屋。
そこでリューは蜥蜴人族のリザッドを仲介役として『赤竜会』のナンバー2であるカイアと面会をする事になった。
カイアは護衛を五十人程も従えており、かなり物々しい。
それに対してリューは、全員マスク姿のリーンとスード、イバルにノーマンを連れているだけだ。
まあ、リザッドはこちら側に寝返る予定の人物だから、その部下を足せば、全部で十五名程にはなる。
しかし、今は、『赤竜会』の手のひらの上、という状況に間違いはない。
廃屋の周辺をカイアの護衛達は物々しく囲み、外からの侵入はもちろんの事、内側から逃げ出す者がいないよう監視をしていると言ってよかった。
「あたしに会いたい貴族ってのがそいつかい?」
赤く長い髪に、鋭い赤い目、高身長に派手な格好をした、二十歳くらいの狂暴そうな女性が、マスク姿のリューを値踏みするように見下ろした。
「へい。こちらがクレストリア王国から来たという貴族です」
リザッドは、リューの事を詳しく説明せずにカイアに紹介した。
事前情報でも詳しくは話していない。
相手がそこまでは話してくれないという事にしてあるのだ。
「初めまして。お会いできて光栄です。僕は王国から密命を帯びてここまでやってきました。ですが、どうやらカイア嬢は交渉相手としては相応しくないようですね」
リューは華麗に挨拶をした次の瞬間には、カイアに対して喧嘩を売るような事を告げた。
「……なんだと?」
カイアは、楽しそうな笑みを浮かべていたのも一瞬で、リューの言葉に反応すると、睨みつける。
「そうでしょう? あなたは僕を値踏みして、帝国にどう売り飛ばそうかと考えているのは明らかです。実際、あなたの護衛を務める連中も僕達を捕らえる為に、逃がさないよう包囲する形で配置されている。普通なら、あなたに万が一危害が及ばないような立ち位置に、なっているはずですから」
リューはマスク越しにカイアを睨むと、周囲の動きを指摘した。
すると、リーン達がリューを守るように、身構える。
「きゃははっ! それはすまなかったねぇ。何か誤解を与えてしまったようだ。あたしは今の『赤竜会』の状況を打開してくれる貴族が来るって言うから、期待していただけさ。護衛達はなにやら勘違いしているようだ」
カイアをリューの鋭い指摘を笑って否定すると、テーブルに置いてあった酒瓶を握って近くの部下をいきなり殴り飛ばした。
「お客様が勘違いしているじゃないか! 誤解を招くような行動は止めな!」
部下の一人はその一撃に膝をつく。
殴られた頭からは、大量の血が流れ落ちる。
「芝居はいいですよ」
リューはそれに対しても淡々と応じ、リーンに目配せして、負傷した男を治療させた。
「……芝居だって?」
カイアは子供にしか見えないリューが、こちらの言動に呑まれる事無く淡々としているので、内心舌打ちした。
「ええ。うちの部下によって、そちらの動きについては詳細を把握してあります。それこそ、この廃屋を囲む一人一人の動きもね。あなたの合図で外にいた部下達も踏み込む準備をしているのはバレバレですよ?」
リューは、リーンからの目の合図だけでそこまで気づいて指摘する。
「……」
カイアはここで初めて、迷うような表情を浮かべると、治療を受けた部下に意味ありげな視線を向けた。
すると、その部下が二度、手をパンパンと打ち合わせる。
それが何の合図だったのかは、一目瞭然であった。
室内の者達は、扉の傍で整列したし、突入準備をしていた外の連中も、周囲を警戒する元の位置に戻ったのが、気配でわかったからだ。
「……これでいいかい?」
カイアは先程までの凶暴さが鳴りを潜めると、静かにそう告げる。
どうやら、先程まではリュー相手に対する脅しだったようだ。
脅す事で自分達のペースに持ち込み、優位に物事を進めようというのが狙いだったのである。
当然その中には、捕らえて帝国に引き渡す案もあったのだろうが。
「まだ、信用はしていませんが、少なくとも話し合いができそうな雰囲気にはなりましたね」
リューはマスク越しに笑みを浮かべると、手を軽く上げ、リーン達は臨戦態勢からもとの整列する姿勢に戻るのであった。
「それで用件ってのはなんだい?」
カイアは先程までの凶悪な態度からは一変して、ぶっきら棒に聞く。
「その前に、あなた方の状況を聞きたいのですが?」
リューは用件をいきなり話さず、世間話をするように聞き返す。
「はぁ? うちの情報を他所者に話す義理はないよ。それより、用件を話しな」
カイアは不貞腐れた様子で、机のコップに先程の酒瓶の中身を注いで一口呑む。
「そちらの駆け引きのせいで、こちらも慎重になっているんですよ。『赤竜会』の方向性と、あなたの方向性が一致しているのか、とね?」
「どういう意味だい? あたしはレッドラの娘だよ!? 当然、同じ方向を向いているに決まっているだろ!」
カイアはムッとした様子で、言い返す。
「ならば、帝国にこれ以上ゴマをすって、『赤竜会』を惨めにするのはよした方がいい」
リューは、辛辣にそう指摘する。
「言わせておけば!」
カイアの護衛の一人が、リューの言葉に怒りを見せて一歩前に出た。
それをカイアが手を上げて制止する。
「あたしの努力が『赤竜会』を惨めにしているというのは、聞き捨てならないね!」
カイアは護衛を制止したものの、リューの言葉が、的を射ていたのか怒りを滲ませて真意を問うた。
「それはそうでしょう。今、あなた方のシマに手を出している『吠え猛る金獣』という組織は、帝国の許可を貰って、あなた達に仕掛けているのですから。それを知ってか知らずか、帝国にそれを止めさせるようにお願いするのは、滑稽すぎます。そんな事、あの『赤竜会』のレッドラ会長が望むとは到底思えないですよ」
リューは、嘘と誠を織り交ぜてカイアの心情を突く。
リューは帝国の情報はほぼ皆無だし、その裏社会の事も知る由がない。
カイアの動向も憶測でしかない。
当然、レッドラの考えも知らないのだが、そのボスがどうしたいのかはリザッドから聞いた話を通して多少の予想は付く。
だから、リューは最初から脅しに近い駆け引きを仕掛けてきたカイアに対し、こちらも同じようにハッタリで仕掛けたのであった。