第795話 女性達ですが何か?
リューは王都やランドマーク本領、自領であるマイスタの街、そして、情報収集の為に旧シバインの帝国領の間を、忙しなく往復して仕事をしていた。
その他にも数日おきにノーエランド王国やファイ島にも顔を出している。
ノーエランド王国については、リューの商売の事はもちろんの事、戦争で被害を受けたクレストリア王国を援助したいという申し出がノーエランド王家からあったので、その使者の送迎も行っていたからだ。
さらに王立学園に留学中のエマ王女達も新学期が始まるまでは、一度、国に戻ってもらっていたので、その様子もリューは気遣っていた。
王都占領事件の際には、エマ王女達は自国大使館に避難する事で難を逃れたが、その後、各国大使館に働きかけ、王都広場に民衆を集める動きの手助けも行ってくれたお礼にである。
各国大使館がクレストリア王国の危機に際して不利に動く挙動がほぼなかったのも、エマ王女達のこの動きによって支持を得る事に成功したからでもあるだろう。
クレストリア王家としても、これには感謝の意を示しており、困った時はお互い様という事で両国の親善に繋がっている。
だから、リューがその橋渡しとして、間を今まで以上に行き来している状態なのだ。
「リュー様。それで、新学期はいつごろから始まるのでしょうか?」
リューの経営するノーエランドビルにあるおにぎり屋の個室にお忍びで来ているエマ王女が、リューに確認をした。
周囲には護衛として私服の近衛騎士が五人、表にも十人程が待機している。
「入学試験の結果発表を無事終えたので、新学期の目途がようやくついたみたいです。今日の発表では一週間後との事です」
リューは、使者を立てればいいのに、自らやってくるこの気さくな王女に、丁寧に応じた。
「意外に早かったですね。──二日後には戻れるように準備をするので、その時はまた、お願いできますか?」
エマ王女は、この頼りになる赤毛の少年に、クレストリア王国に戻るお願いをする。
「留学生一団の団長を務めているテレーゼ男爵がすでにこちらでの新たな手続きも済ませてくれているので、ギリギリまでゆっくりされても問題ありませんよ?」
リューは、久し振りの祖国での休暇も早々に、こちらへ戻りたい様子のエマ王女に内心で意外さを感じた。
「ふふふっ。新居であるランドマーク総合ビルでの生活が楽しみなのです♪」
エマ王女は、その美貌から溢れる魅力的な笑顔で、リューに正直な気持ちを口にする。
実に楽しそうな声色なので、本心だろう。
「はははっ! そう言って頂けると、建築に関わった僕も嬉しい限りです。──わかりました。二日後の正午に王宮まで参上しますので、用意をお願いします」
「いつもありがとうございます。それに皆様にまた、新学期で会える事を楽しみにしていますわ。それとリュー様、たまにはゆっくり休んでくださいね」
エマ王女は、リューの笑顔を見て少し安堵した様子で労いの言葉を告げる。
どうやら、最近、会う度にリューの表情から何か察するものがあったようだ。
リューは、エマ王女のこの勘の良さに舌を巻く。
自分では表情に出していたつもりはないのだが、暗殺計画などで神経が少し尖っていたのは否めないからだ。
エマ王女には人を見る才能がある。
その王女が最近のリューからただならぬ雰囲気を感じ、心配してくれていた様子だった。
「ご心配をおかけしたのならすみません。最近、仕事が忙しくて少しピリついていたもので」
リューは敢えてエマ王女の気遣いを察した事を言葉にして応じた。
何の問題もないかのように受け流しても良かったが、エマ王女には占領時の事で恩義があるから、少しでもそれを返しておきたいところであったのだ。
「ふふふっ。リュー様は相変わらずですね。あまり無理をなさらず、休んでください。それでは、失礼します」
エマ王女は、この異国の友人を改めて気遣うと、長居をして時間を取らせるような事をせずに王宮へと戻るのであった。
「エマ王女殿下って、好奇心旺盛さと闊達さが前面に出ているけれど、その割に人をよく見ているわよね」
リーンがエマ王女の観察眼に感心する。
「王女殿下の親友であるソフィアさんとは、魂の双子と呼ばれていたらしいからね。それを考えると、その観察眼も理解できる気がするなぁ。ソフィアさんもよく人を見ているもの」
リューが、感心して応じた。
ジーロの婚約者であるソフィア嬢は、すでにシーパラダイン子爵領でその才覚を発揮して、ジーロの領地経営の手伝いをしているらしい。
お陰で、ジーロの部下で執事のギンも助かっているという話を聞いているから、かなりの手腕ぶりのようである。
そのソフィアと似た性格という事は、エマ王女もやり手という事だろう。
実際、自国の大使館に働きかけ、各国大使も動かしてクレストリア王国を救う一助となったのだから、大したものである。
彼女にとってはリズ王女を助けたいという一念だったもしれないが、才能がないとあの混乱の中、少ない情報を基に状況を的確に把握して動くのはかなり難しいのは確かだ。
そういった事から、その類の才能は確実にあると言っていいだろう。
もしかしたら、普段はその才能に蓋をしているのかもしれない。
リューはそう考えると、クレストリア王国の上級貴族の誰かが、彼女の心を射貫いてくれると両国の絆がさらに深くなり、強固な体制ができるのに、と考えるのであった。
リューは、クレストリア王都に戻ると、エマ王女から渡されていた書簡を王宮に届け、その後は旧シバインの帝国領に向かう。
『赤竜会』の幹部組織である『赤蜥蜴組』を率いて、こちら側に寝返る事になっている蜥蜴人族のリザッドと会う為だ。
他にも情報収集の為に送り込んでいる部下達の報告を聞く為でもある。
「おっ? 時間通りだな」
リザッドは、事務所に訪れたリューとリーン、スードを見て驚く。
というのも、街の出入りを部下に監視させているので、その情報からリューが街を留守にしていると思っていたのだ。
『次元回廊』を使用できるとは思っていないので、リューが帝国内を調べる旅をしていると思っているようである。
「約束だからね。とはいえ、遅れる時もあると思うから、その時は失礼」
リューは前もって断っておく。
「いや、いいさ。時間をきっちり守るような奴の方が少ない世界だからな。あんたみたいな律儀な貴族は珍しいと思っただけさ」
リザッドも貴族と会う機会はほとんどないが、それでも律儀な貴族の話を聞いた事がないようで、リューへのイメージがかなり変わったようであった。
「それで、『赤竜会』のボス、レッドラとは面会できそうかな?」
リューは早速本題に移る。
「それが……、ナンバー2のカイアが反対しているんだ。クレストリア王国の貴族と今、会い、それが発覚したら致命的なダメージになるってな」
「ナンバー2のカイア……かぁ。確かレッドラの次女で帝国と人脈がある人だったよね?」
「ああ。このカイアが今、帝国と交渉して、現在揉めている『吠え猛る金獣』を抑えるようにお願いしているみたいなんだが、相手は裏社会だからな。帝国側にとってそんな事は、裏社会の人間同士、勝手にやってくれという感じみたいだ」
「じゃあ、そのナンバー2のカイアと先に会えないかな? そちらを説得できれば、レッドラとも会えそうだし」
リューは、リザッドに変更を頼む。
「……ある意味、こっちの方が、説得は大変だぞ? カイアは『赤竜会』の跡取り娘だ。女ながらに腕っぷしは強いし、頭も回る。現在、長女の旦那だったゴートンが死んでナンバー3が空いている分、権力も次女カイアに集中しているからな。会長のレッドラと同格の権限があるのはこの次女だ。それを考えると親でもあるレッドラを説得した方が早いと思うぞ?」
リザッドは、この小さい人族が、無謀な事を考えていると思って、助言する。
「その会長に会えないんだよ? それなら『将を射んとする者はまず馬を射よ』ってね」
リューは焦る事無く、ナンバー2のカイアをまずは説得する事にするのであった。
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