第787話 殺しの依頼ですが何か?
暗殺ギルドへの依頼方法は、多岐にわたるらしい。
暗殺ギルドの長であったミザールが言うには、その方法は数十に及ぶ為、王家や貴族などが依頼をする時に、重複する事はないという。
それに、暗殺ギルドに依頼する事は、闇の勢力と繋がりを持つ事として、誰もが極力避けるところであり、多用する者はいないのだとか。
それに仕事を確実に遂行してくれる反面、報酬も高いので、人生と財産を失う覚悟が必要らしかった。
その依頼を、少なくとも数世代は避けていたであろう大臣が王家に代わり、暗殺ギルドに依頼を行う。
そう、先日、王宮で密かに行われた会議決定した裏切者であるシバイン侯爵派閥関係者の暗殺の為である。
大臣の家に先祖代々伝わっていた依頼方法は、大聖堂内を支える左側に並ぶ四番目の柱にある燭台を消しておき、暗殺ギルドがそれを確認したら、右側の八番目の燭台の火が消されるというものだ。
普段、必ず、神官が朝に一度、確認して新たな蝋燭に取り換え、点けて回っているので、消えている事はほぼないという。
それが確認出来たら、あとは報酬と標的の名前や希望の処分方法を記した紙を、自宅の屋根裏に一週間置いておくだけだ。
もちろん、報酬をケチれば、消えるのは報酬だけで標的を記した紙はそのままになる。
満足のゆく報酬ならば依頼の紙ごと消え、その後、依頼通りの死に方で標的は死ぬ事になるのだ。
とはいえ、暗殺ギルドはすでにリューが滅ぼした事になっているのだが、それを知る者は誰もいないので、リューは組織自体を残す事にした。
その為、依頼主は名前や住所から依頼内容まで、リューに全て筒抜けになるのだが、その情報も含めて、リューの管理下に置く事にしたのである。
これにより、大臣の暗殺の依頼は、一週間後に屋根裏から報酬と一緒に依頼書が消えた事により、引き受けられる事になった。
ちなみに依頼書の内容は、王国の裏切者であるシバイン元侯爵派閥の貴族達に死の制裁を! 殺し方は任せる、というものである。
さらには、『竜星組』にも大臣のコネを使った接触が行われた。
そのコネとは、『竜星組』傘下の四次団体幹部との接触、というとても頼りないものであったのだが、リューが最初から接触してくる事は会議で知っていたので、それはすぐに『竜星組』本部事務所まで、話が通る。
普段なら、本部事務所は四次団体の組織の相手などしないところだ。
だから、せめて本部事務所に出入りがある組織に話を通せ。
と言われるのが、オチである。
だが、大臣も裏社会の組織図など知らないから、自分の握っているコネが大きなものと信じて接触を試みたのであった。
『竜星組』は、何も知らない体でその接触に反応し、本部事務所でその大臣の使者を出迎える。
その相手は、『竜星組』組長代理であるマルコではなく、その部下で幹部の一人である元『屍黒』の大幹部であったクーロンが、相手をした。
使者は、クーロンの迫力に押されて怯えていたが、国家の命運がかかっていると言われていたので、勇気を奮い立たせ交渉を行う。
これも、リューが会議で聞いた通りの内容である。
シバイン元侯爵派閥貴族達の暗殺依頼だ。
暗殺ギルドと共闘してもらえれば、より確実になるので助かると付け足されていたが……。
報酬も暗殺ギルドに支払ったものと同じ額が包まれていた。
クーロンはリューから話を聞いていたので、渋る演技をした後、承諾する。
ただし、結果がでなかった場合は、報酬は返金すると契約書を作ったので、使者はその誠意ある対応に驚いていた。
こうして、予定通り、リューは両方からの暗殺依頼を引き受ける事になったのであった。
「ここからは、アーサと部下達に任せるという話なんだけど──」
リューが、先程、王宮の呼び出しから戻ったばかりで、マイスタの街長邸執務室に集まった一同の前で口を開いた。
執務室には、リュー、リーン、護衛のスード、そして、執事のマーセナル、大幹部ランスキー、マルコ、イバル、リューの相談役になっているミザール、メイドのアーサが集まっている。
リューは一同を確認すると、言葉を続けた。
「今回、標的が遠い北東部地方にいるという事で、僕が『次元回廊』で送迎と現場指揮をやらされる事になりました」
リューは苦笑すると王宮でのやり取りを簡単に説明する。
その説明では、最初、送迎はリュー、現場の指揮に再建中の近衛騎士団から一小隊を出すという話になっていた。
しかし、近衛騎士が捕まったら、それが引き金となってまた、戦争再開になるのは目に見えていたので、関係者はできるだけ減らした方が良いとリューが指摘したのだという。
これにより、色々と実績のある送迎担当のリューに白羽の矢が立った、という事であった。
「一番、良い結果になったじゃない。アーサ達の顔を関係者に知られずに済むし、関係者のみで仕事をやる方が気を遣わずに済むわ」
リーンがもっともな意見を言う。
「王宮からすると、僕に責任を押し付ける格好になったから、万が一の場合は殺し屋は放っておいて逃げるように言われているんだけどね? さすがにそれは出来ないから、慎重に事を進める為、時間を貰ったよ」
リューは、結局、貴族として、組長として、殺し屋一同を抱える者として、全責任を負う立場であったから、一人、王宮と交渉を行ったのである。
「若様はボク達に任せて王都でゆっくりしていればいいのに。うちの部下と元暗殺ギルドの刺客は、結構いい腕しているよ?」
メイドのアーサがお茶を出しながら言うので、奇妙な図ではあった。
「もちろん、アーサやミザールの部下の事は信用しているけどね? 表の顔と裏の顔、どっちもの関係者である僕が指揮を執るのが筋でしょ」
リューは頼もしいメイドと相談役の名を出しつつ、上司としての責任を果たす為、一緒に北東部に向かう事を決定する。
「どのくらいの期間で達成する予定ですか、若」
ランスキーが、難しい依頼だとわかっているのか真面目な顔で問う。
「うーん……、最低でも一か月はかかるかな。ランスキーの部下達にも標的の情報収集はしてもらわないといけないし、それを基に実行するとなるとタイミングが大事だよね。準備ができた順番に殺していたら、残された貴族は警戒して、こちらも殺りづらくなるだろうし」
リューの言う事はもっともである。
暗殺というのは、入念な下調べが必要な仕事だからだ。
前世の鉄砲玉のように、標的を見つけて銃やドスを手に、突撃を敢行すればいいという話ではない。
当然、確実に仕留める必要があるし、逃走経路も大事だ。
情報漏洩も心配だし、捕まれば死ぬ覚悟だって必要である。
それに標的が複数だからこそ、成功させる為には、より正確な情報収集が必要だから、時間がかかって当然なのだ。
「わかりやした。東部で活動させている連中をそのまま北東部に向かわせます」
ランスキーもリューと同じくらいの時間を予想していたのか、納得したように頷く。
「まあ、僕は『次元回廊』で現場と王都を行ったり来たりする事になると思うから、問題が起きたらすぐに言ってね?」
「「「はい(へい)!」」」
リューの言葉に異論はなく、一同は返事をする。
こうして、ミナトミュラー家は復興作業で忙しいところであったが、一段と慌ただしくなるのであった。




