第786話 刺激の強い話ですが何か?
連日の復興予算会議が終わり、被害を受けた各地の復興が本格化する一方で、北東部、東部の領地の一部を失ったクレストリア王国としては、帝国との間に何かしらのけじめをつける必要があった。
一方的に侵攻を受け、貴族の裏切りにより領地を切り取られたのだから、このまま、こちら側から何もせずに放置していれば、近隣諸国からはやり返さない国として舐められる事になるからである。
国家同士は国境が接していれば、揉めるのは当然だ。
ただし、その時の対処が甘ければ、相手はよりこちらがどこまでされても厳正な対応をしてこないのか計る為、さらに過激な事を行ってくる。
それが国境付近での略奪であったり、領地の切り崩しまで起こるのが事実である。
こちらが優しく対応すれば、相手もわかってくれるというのは、現実にはあり得ない事なのだ。
だから、クレストリア王国は、領地を奪い返すなり、それ相応の処置を行う必要がある。
だが、現状、被害の回復や地方貴族の処罰などによる国内問題だけで手一杯なのも確かだ。
その為、王家は軍のトップである元帥や大臣達とオサナ国王の後見である『王家の騎士』の称号持ちの面々を再度招集し、表向きは日頃の労いの場と称しつつ、帝国に対する今後の対応策を話し合う事になった。
当然、ランドマーク本家からは代理の長男タウロが、与力からはリュー本人が招集されている。
エラインダー公爵は、復興予算会議直後、王都の近郊に待機させている軍を自領に戻すという理由から、帰国の途に就いていた。
「旧シバイン侯爵派閥領の奪還は、すぐには難しい。帝国軍が防衛線を敷いて、守りを固めているしな。こちらもそれ相応の被害を覚悟する必要がある」
王国元帥として中央軍を率いて帝国軍と戦ったエアレーゲ侯爵が、その難しさを告げる。
「こちらも、復興予算を支出した事で、大軍を派遣する余裕はないです」
新宰相のオーテン侯爵が、国の財政状況を考えて答えた。
「それはここにいる誰もが承知している事だろう。……そうなると、裏稼業の者達の力を借りられないかと考えたのだが……」
前宰相であるジョージ・シュタイン侯爵が、以前なら口にする事もなかったであろう裏社会について触れる。
「裏稼業……、まさか、暗殺ですか……!?」
大臣の一人が、前宰相の発言の意図を理解して、驚きを口にした。
「ふむ……。確かにそれなら、大軍を派遣する費用に比べれば、大幅に安く済むだろうな。暗殺が成功すれば、対外的にも我が国の報復だと当然理解されるだろう。万が一失敗しても、こちらがやられるだけではない事を示す事にもなる」
先王エドワードも、前宰相の提案に理解を示して頷く。
「しかし、このような大事な任務を裏稼業の者に任せて大丈夫でしょうか? 彼らは自分達の利益にならない事は、やらないのでしょう?」
大臣の一人が、現実的な疑問を口にする。
「恐れながら……、我が家にはその……、お伽噺にある暗殺ギルドと連絡を取る手段が伝承として残っております……。あ、もちろん、我が家はそれを使用した事はありませんぞ!? ただ、歴代当主は、就任時にそれを先代から教えられるのです……」
違う大臣の一人が、言いづらそうに告げた。
「お主の家は確かに、王国の中でもかなり古い家柄だったな……。それは真なのか? 暗殺ギルドなど、架空の存在かと思っていたが……」
他の大臣がその大臣の告白に呆然としながら言う。
「ふむ……。王家にもそのような言い伝えはあるな。儂も先代陛下から伝えられていたが、それは王家内部でのみ通じる冗談の一つだと思っておったぞ」
先王も存在を聞いていながら信じていなかった一人であったが、暗殺ギルドの存在に驚きの声を上げた。
とはいえ、実際のところ、その暗殺ギルドもつい最近、十代の子供貴族に潰され、吸収されたばかりなのだが……。
「いえ、私も試した事がないので、暗殺ギルドが今、存在するのかわからないのです……。ですが、もし、伝説の通りなら、報酬はしっかり払い、その存在を口外しなければ依頼を遂行してくれるはずです……」
大臣の一人は、ごくりと息を呑みながら答えた。
「それでは、我々に話したから駄目ではないか?」
大臣の一人が、鋭い指摘をする。
「だから、ここで聞いた事は口外無用という事なのだ……! ──もちろん、暗殺ギルドが存在しない場合も考えて、裏社会の組織に接触して暗殺を依頼する用意はしておいた方がよいとは思いますが……」
暗殺ギルドの存在を口にした大臣が、暗殺ギルドの存在が無い場合の保険も提案した。
「……王都で最大の組織は『竜星組』でしたな……。──そこならば暗殺者の一人や二人、抱えている可能性は高いかと思います。私の部下で裏社会に精通している者がいますので、『竜星組』の者と接触させ、暗殺依頼をさせてみましょうか?」
「おお、真か! ならば、暗殺ギルドへの依頼と保険の為『竜星組』との接触も同時に行ってみよ。それで依頼が可能ならば、複数の標的を狙わせる事も可能だろう」
先王も国王時代ならば、控えたであろう『暗殺』という手段に対し、躊躇なく賛成する姿勢を取る。
これも、新国王オサナの為のつゆ払いと思えば、全ての汚名も自分が着るつもりでいた。
それを聞いていたリューは一言も発せずにいた。
それに気づいた大臣の一人が、
「まだ、お若い二人には少し刺激の強い話でしたかな? 驚かれたと思いますが、この事は他言無用でお願いしますぞ?」
とリューと長男タウロが知らないであろう大人の世界を見せてしまった事を気にかけ、優しく口止めをする。
「「それはもう……」」
リューと長男タウロは、口を揃えて応じるのであったが、内心は苦笑いだ。
まさか、その二つの関係者がリューであろうとは、ここにいる二人以外の全員が知る由もないのであった。




