第783話 妹の受験当日ですが何か?
ランドマーク伯爵家の末娘ハンナは受験当日、親友のココ、ハンナの親衛隊を自称する子供達二人と一緒に試験に臨む事になった。
ココ達の先頭を進んでいるハンナは金髪に青い目、そして、頭の上にはムササビデビルの『ゴブリンハント』種であるサビを乗せているので、とても目立っている。
その為、受験生の中で上級貴族の子息令嬢達は、このとても目立っている美少女達が情報に無い事から地方貴族、または庶民だろうと判断して、釘を刺す為に近づいてきた。
「ちょっと、そこのあなた! 受験会場で悪目立ちし過ぎよ! 田舎ではそれでも良かったのでしょうけど、ここは国の中枢である王都の栄えある王立学園よ? ペットなんかを連れてくるなんてとんだ常識知らずだわ。──みなさんもそう思うでしょう?」
上級貴族の令嬢は、相手がまさか王家を救ったランドマーク伯爵家の令嬢とは思わず、高圧的な態度で注意する。
「この子はペットではないわ。私、テイマーとして連れて来ているの。試験では自分のスキルをアピールしなくてはいけないのでしょう?」
ハンナはそう言うと、頭上のサビを撫でて答えた。
「テイマー? そ、それでも、田舎娘が田舎者を三人も連れ、頭に従魔を乗せて目立ち過ぎなのよ!」
どうやら上級貴族の令嬢は、自分達よりも目立っている事自体が気に食わないらしい。
ハンナは田舎者である事は、充分理解していたので、馬鹿にされているとは思っていなかった。
ただ、目立ち過ぎという注意については、言われて初めて気づいたようで、素直に驚いた様子を見せる。
「そっか。サビを頭に乗せていると目立つのね……。──サビ、呼ぶまでどこかで待っていてくれる?」
ハンナは、他人の目に映る自分の姿を新鮮に感じるのであったが、素直にそれに従い、従魔のサビにお願いした。
サビはハンナの言う事に従うように、大きく飛び上がると風に乗って校舎の屋上辺りまで飛んでいく。
これには、受験生達も「「「おお!」」」と驚き、それがまた、ハンナが目立つ理由になってしまう。
「きぃー! 合格を考えない記念受験の田舎者が目立つなって言っているのに! 私はラクダイン伯爵家の令嬢よ!? この国一番の王立学園に首席合格する為に来ているのに、試験前から不愉快だわ! ねぇ、みなさんもそう思うでしょう?」
ラクダイン伯爵令嬢は、周囲の上級貴族の子息令嬢に同意を求める。
周囲はこの令嬢の言う事に賛同して、ハンナとココ、連れの二人の受験生を「田舎者は無知で困るよね」と馬鹿にして嘲笑う。
そんなやり取りが行われる玄関先であったが、急に他の受験生達がどよめいて、玄関までの道が開くではないか。
そう、お忍び受験のはずながら、近衛騎士の護衛を付けたオサナ新国王がやって来たのだ。
これには、上級貴族の子息令嬢も慌てて、道を開ける。
ハンナ達は、何が起きたのかわからず、ポカンとしていたのだが、ラクダイン伯爵家令嬢が、
「陛下の御前よ!? 道を開けなさい、田舎者ども!」
としっ責する。
「陛下?」
ハンナは注意されても、一瞬、首を傾げた。
その視界に入るのが、ランドマーク本領で一緒にしばらく遊んでいたオサナ国王だったからだ。
戴冠式にも出ていたハンナであったが、それ以上に親しい友人の一人という感覚があったので、
「あっ、オサナ君! 元気?」
と気軽に声をかける。
「あ! ハンナちゃん! 受験するって聞いていたから、会えるのを楽しみにしていたよ!」
オサナ国王は、いくらしっかりしているとはいえ、やはり、九歳の子供である。
ハンナ達に気づいて、近衛騎士の護衛の心配をよそに笑顔で親し気に声をかけ、ハイタッチまでする。
ランドマーク本領で、一緒に遊んでいた時のノリは健在で、ココや親衛隊の子供二人も、同じく遊び相手が見つかったという感じで談笑を始めた。
これには、上級貴族の子息令嬢達も、驚きのあまり口が開いたままポカンとする。
それは当然だろう。
田舎者扱いした全員が、オサナ国王と顔見知りどころか親しい間柄として談笑を始めたのだから。
これが夢でないのなら、自分達は国王の親しい友人を馬鹿にしていたことになる。
先程まで、容姿も含めて悪目立ちしていた田舎者のハンナ達だが、こうなってくると少し、凄い相手に見えなくもない。
だが、やはり、田舎者である事は、本人達も否定していなかったので、ラクダイン伯爵令嬢はその一点のみで自信を失わずにすんでいた。
「陛下お初にお目にかかります。私共は──」
上級貴族の子息令嬢達は、田舎者からオサナ国王の興味を引く為に、目いっぱいの礼儀作法に則った挨拶をする。
「うん、よろしく。でも、僕も受験生の一人だから、そんな畏まった挨拶は必要ないかな」
オサナ国王は、まだ、王子の感覚が色濃く残っており、国王の自覚はあまりないようだ。
「そうか、オサナ君、国王陛下になったんだよね。それなら、ちゃんとした挨拶は必要よ」
ハンナはそのやり取りを見て、ようやく友人の現状を思い出し、ココ達と一緒に恭しく挨拶をする。
「やめてよ、ハンナちゃん」
オサナ国王は、親しい友人の畏まった挨拶に残念そうな顔をした。
「友人なのは変わらないけど、人前ではしっかり陛下の威厳は示さないと駄目よ?」
ハンナはお姉ちゃんらしく、弟のようなオサナ国王に、説教をする。
これには、上級貴族の子息令嬢達も再度驚き、オサナ国王に、ハンナ達が何者なのか問う。
「ハンナちゃん達? もちろん、『王家の騎士』であるランドマーク伯爵家の令嬢とその友人達に決まっているではないか」
オサナ国王は、ハンナに注意されたので国王としての口調で、その問いに答える。
「「「え!?」」」
この説明には、上級貴族の子息令嬢達も、自分達が誰を相手にしていたのかがようやくわかって、唖然とした。
ランドマーク伯爵家は、今やオサナ国王の後見を務める特別な貴族であり、そんな相手に失礼を働けば、それは国王を侮辱する事と同義になりかねないのだ。
「し、失礼しました!」
上級貴族の子息令嬢達は、ハンナ達に深く頭を下げると試験会場に慌てて入っていくのであった。
そして、試験の時間が迫った事で、この後は、ハンナ達も試験会場に向かうのであったが、ラクダイン伯爵令嬢達がこの後、動揺した状態で受験した為、散々な結果になった事は言うまでもないのであった。
「ハンナ達大丈夫かなぁ」
リューは、王都の復旧作業の一環で、今回の戦争で職を失い貧困にあえぐ王都民への炊き出しを、『竜星組』の者達と一緒に仮面を付けて手伝っていたのだが、受験当日という事で心配していた。
「ハンナちゃんは大丈夫よ。それよりも、おにぎりの宣伝も兼ねているのだから、手を動かさないと」
リーンも仮面姿で、配給を待つ王都民におにぎりと味噌汁を配っていく。
「でもさ。ハンナは元のスキル(賢者、天衣無縫)をほとんど隠して、テイマーだけで勝負するんだよね? テイマーも珍しいスキルではあるけど、サビ一体で合格に繋がるのかどうか……」
リューは兄として妹がかわいいあまり、心配が尽きない。
だが、そう言いながらも、リーンの注意に従い、作業する手は止まっていないのはさすがである。
「セシルちゃんが、ギリギリまでみんなの勉強を見ていたのだから、大丈夫。それよりは、何番目で合格するかが気になるところよ?」
リーンは合格を疑っていなかったから、順位だけを気にしていた。
リューと自分は、一番ではなかったので、ハンナが一番になってくれたら、ランドマーク家の面目躍如となるからだ。
「確かに……。でも、オサナ陛下がいるから、確か順位は発表されないよ?」
リューは、不意に現実に戻ると、裏事情を話す。
「そうなの!? なんだ、つまらないわ。でも、確かに、九歳の陛下の順位は公表できないか……。それなら、仕方がないわね」
リーンは少し残念がるのであったが、当然と言えば当然の決定に納得すると、二人共、炊き出し作業を続けるのであった。




