第782話 受験シーズンですが何か?
ランドマーク家の末娘ハンナは、リューの部下で友人であるノーマンの妹ココと一緒に、王立学園を受験する事になっていた。
すでに、ランドマーク総合ビルの七階にある王都自宅に移動し、受験勉強の追い込みをしていたが、母セシルの付き添いもあり、順調のようだ。
心配するとしたら、ノーマンの妹ココがハンナの学力についていけるかどうかであったが、さすが天才少年ノーマンの妹というべきか、その学力はノーマン譲りで、ハンナも良いライバルが出来たというべきかもしれない。
そんな切磋琢磨できる友人関係であったから、母セシルもあまり心配はしていないようである。
ちなみにココは、働きながら勉強している身なのであったが、ノーマンの稼ぎだけでココを養える程なので働かなくてもいいところだ。
しかし、ココ自身が、ミナトミュラー商会の従業員という立場に誇りを持っており、そこで出来た交友関係も大切にしたいという事で、リューが本家の娘であるハンナの従者として自分のところから派遣する形で、ココには学生身分でも従業員として働ける形にした。
実際、ココが優秀なのは、周囲の評価からもわかっていた事なので、リューとしてはそんな人材を手放すつもりはなかったから、お互い求める関係に納まった感じである。
それに、ノーマンという友人の妹であり、ハンナの親友ともなると、それは家族みたいなものであったから無下に扱う気は毛頭ないのであった。
「ココちゃんは、従業員の間でも直向きにまじめに仕事をすると評価は高いみたいよ?」
新たなランドマーク総合ビル七階の広い自宅のリビングで、リーンがそう評価した。
「その報告書は僕も知っているよ。実際、職場での様子も確認しているし、楽しみな人材だよね。今回の受験は本領の優秀な子供も本家の支援で二人程、ハンナ達と一緒に受験するから、もし、全員合格したら、快挙だよ?」
リューは、ランドマーク本領で学校を作って教育には力を入れていた経緯があるので、そこから王立学園合格者が生まれたら、それは評価されるべき事だと考えている。
なにしろ、王都から遠く離れた辺境貴族領の領民達であったから、元は識字率が低く、学問とは程遠い環境であり、そこから同時に王立学園入学者がハンナを含めて三人も出たら、自慢できそうであった。
「それなら、期待していいかもね。確か一緒に受験する二人はハンナ親衛隊の子供達でしょ? 昔、リューも一緒に遊んだ事あるって聞いたわよ?」
リーンがハンナから直接聞いたのか、意外な情報を出してきた。
「そうなの!? あっ……、という事はあの子達の誰か、か……。懐かしいなぁ……」
リューは昔を思い出し、そう漏らす。
当時、リューがハンナや子供達と一緒に遊び、男の子達にはハンナを騎士として守るようにと、お願いした事があるのだ。※第21話参照
「ハンナちゃん、お友達と一緒に学校に行けるかもしれないって、楽しそうだったからね。帝国の侵攻で受験自体がどうなるか心配していたけど、予定がずれても受けられそうで良かったわ」
リーンも友人であるファーザとセシルの娘であるハンナがかわいいので、笑顔で応じる。
「そう言えば、王都にもハンナの親衛隊がいるんだよね。飲み屋通りの子供達なんだけど、こっちも見どころがあるんだよね、でも、勉強の方はさすがに難しいかなぁ」
リューは以前に、ハンナが王都で迷子になった時、手助けしてくれた少年達の事を指摘した。※書籍3巻書下ろし番外編参照
「ああ、ハンナちゃんを攫おうとした酔っ払いに立ち向かった子供達の事? 確か今でもハンナちゃんが王都に来る時は道案内をしてくれているのよね?」
「そう、その子達! ──ハンナもいろんな人達と繋がりができて、それが大切なものになっていくといいなぁ」
リューは大切な妹がしっかり良い人間関係を構築して、人生を楽しいものにしている様子を感じて嬉しいのであった。
「それも大事だけど、私達は上級生としての立場が重くなっていく事も忘れないでね? ただでさえ、復興作業に追われて勉強が疎かになっているんだから」
リーンが思い出したくない鋭い指摘をする。
「うっ……。──ま、まあ、戦争の期間がパーティー時期だったからみんなも勉強は小テスト中心だったのが不幸中の幸い、じゃないかな?」
リューはリーンの言葉に、自分達も勉強しなければいけない立場にある事を自覚した。
「まあ、王都占領事件もあったし、みんなもその間は、勉強はできていないのだろうけど、私達はどうするの?」
リーンが再度、リューに確認する。
これには理由があった。
それは、リューとリーンや王家の一員であるリズ王女のもとには、成績優秀である事や、国家運営に必要な人材として一足早く卒業資格を認めてもよいという、お達しがきていたからだ。
今回の戦争や王都占拠事件などで見事な働きを見せた事が一番の理由であり、さらには未成年ながら現役の貴族で『王家の騎士』の称号持ちである事も、大きく関わっている。
現在、クレストリア王国は、多くの地方貴族を処罰し、降爵、もしくは爵位の剥奪を行った事で優秀な人材が求められている状況なのだ。
その中で、国への貢献が著しいリュー達は、若いオサナ新国王のもとで勉強し、近い将来、国家中枢を担う人材になってもらいたいというのが、先王や前宰相、現職の大臣達にはあったのである。
「それは断るよ。(前世でろくに通えなかった学校にようやく通えて、今はとても楽しいのに)いきなり卒業と言われてもね? それに、卒業するなら、みんなと一緒にしたいじゃない?」
「なんとなく、言葉を端折っている気がするけど、確かにね。私もみんなと一緒に卒業したいかな。それに、オサナ国王陛下も入学するのなら、私達も学園にいる方が都合が良さそうよね?」
リーンはリューの判断を大筋で否定するつもりはなかったから、同意するに相応しい意見を述べた。
「そう、それ! 僕達は学園の先輩として、ジョーイ・ナランデール先輩達みたいな手本にならないとね!」
リューもさらに理由が出来たとばかりに、リーンの意見に勢いづくのであった。
その日の午後。
リューのもとにリズ王女から相談の手紙が届いていた。
やはり、リズ王女も王立学園の卒業打診について迷っているようだ。
リューはリーンと一緒に考えた理由をしたため、返事をするのであったが、さらにそこへ、新二年生となるエクス・カリバール子爵が親友であるルーク・サムスギンと珍しく一緒に訪問してきた。
こちらもまだ、学園に通って一年なのに卒業資格の話がきていたらしく、王国軍の将校候補として入隊を打診されているのだという。
エクスは北東部地方での戦いで大きな戦功を上げていたのでそれが高く評価されたのだろう。
ルーク・サムスギンもエクスの補佐としてそれなりに活躍した為、それを高く評価され、卒業資格を与えるという話がきていた。
リューはリズに手紙で説明した通りの事を、もっともらしくこの後輩達にも告げる。
「……なるほど。──まだ幼きオサナ国王陛下と共に一緒に学校に通う事で、その模範となると……、さすがリュー先輩です……! 少し悩んでいたのですが、吹っ切れました。私も要請を断って新学期も学校に通います!」
エクスも今ではリューの事を同じ歳ながら、学校の先輩として慕っているので、リューの判断がもっともだと考え、賛同する。
ルーク・サムスギンの方も、納得した様子で考え込んでいたので、こちらも新学期を迎える事になりそうだ。
こうして、ほぼ学校が楽しいから通いたいリューのもっともらしい意見を聞いてリズ王女達は、新学期も仲良く学校に通う事になりそうであった。