第780話 戴冠式でしたが何か?
王都にある大聖堂において、ヘスティア教の名のもとに戴冠式が行われた。
元々、故オウヘ王子が戴冠式をしようと準備を進めていたので、多少の修正はあったものの、それを利用する事にしたので、さほど問題は起きなかった。
オサナ王子は今年九歳ながら聡明で賢い少年で、戴冠式は派手である必要はないと注文をつけたのだから、立派である。
さらに、戴冠の時にオサナ王子の傍に付く従者役にリューの妹であるハンナ十二歳とオイテン男爵(昇爵した)の嫡男ワース六歳を指名したのが印象的であり、その二人共、オサナ王子の友人であったから、真剣にその役目を果たしていた。
主にマントの裾を持ったり、儀式で大司教から新国王に渡される儀礼用の剣や作物などを横で受け取るといった簡単な雑用であったが、傍に付いている事でオサナ王子の緊張を和らげる効果があったと思われる。
そのような儀式が行われてから、いよいよ王冠を戴冠する儀に移っていく。
ハンナとワースのお陰でここまであまり緊張せずに済んでいたオサナ王子であったが、王冠を大司教が手にするのを見ると、緊張で少し震える。
それをいち早く察したハンナが、オサナ王子のマントの裾を直す素振りを見せながら、そのマントを陰にしてオサナ王子の背中を軽く叩く。
オサナ王子は軽くびっくりしてハンナに視線を向けるのであったが、ハンナは満面の笑顔でそれに答える。
すぐにその笑顔は、真面目なものに戻るのであったが、オサナ王子はそれで緊張が解けたのか震えも収まった。
オサナ王子の目に強い意思が宿るのを確認すると、大司教は聖句を口にしながら腰を落とし、前屈みのオサナ王子の頭上に王冠を被せる。
この瞬間、大聖堂内の観衆から「わっ!」という声が上がった。
新国王の誕生だから当然であるが、
「静粛に! 新国王陛下の御前です!」
と大司教が注意する事で一瞬で静まりかえる。
そして、オサナ新国王が観衆の方に振り返り、手を掲げた。
その瞬間、改めて、叫ぶのを我慢していた列席者達から、
「「「オサナ新国王陛下万歳!」」」
「「「クレストリア王国万歳!」」」
「「「新しき世に繁栄を!」」」
と祝福の合唱が起きるのであった。
こうして、クレストリア王国に新たな国王が立つ事になるのであった。
まだ九歳という事で、後見には『王家の騎士』の称号を与えられているエラインダー公爵家、ランドマーク伯爵家、ミナトミュラー子爵家が付くのだが、その他に先王陛下と前宰相であるジョージ・シュタイン侯爵もいるので、一先ずは安心していいだろう。
ちなみに新宰相には元々オサナ国王陛下の後見であったオーテン侯爵(公爵から降爵して侯爵に)が付く。
宰相に任命されると、貴族派閥長の場合は派閥の解体を求められるし、派閥に所属していたら、そこから抜けなくてはいけない理由があったが、派閥に属さず、私欲のない優秀な人物と評されているオーテン侯爵は、適任であったかもしれない。
これは、政治に派閥の権力を持ち込ませない為の規則であったから、エラインダー公爵などは進んで宰相の地位を求める事もなかった。
もちろん、代々の宰相の中には、派閥を部下に任せてそれを背景に王宮に影響力を持とうとする者も当然いたが、そこは王家と他の派閥が独断を許すわけもなく、排斥されるといった歴史もある。
そのような決まり事の中、新宰相も無事決まったのであった。
「ハンナは、良い仕事をしたわね」
列席して様子を観察していたリーンは、戴冠式でのハンナの行動に感心した様子で、その兄であるリューに告げた。
「ハンナはこの戦争でオサナ王子、……オサナ国王陛下とは、ランドマーク本領で一緒の時間も長かったからね。恐れ多いけど友人として、陛下の緊張を感じ取ったんだと思う」
リューはそう言いながらも、妹の成長が嬉しかった。
それに、受験に問題が無ければ、王都の王立学園に入学する予定でもある。
戦争の為に、受験が遅れているので、入学も、新学期もずれ込んでいるのだが、ハンナなら問題なく合格するであろう事はわかっていた。
あと、これは、秘密事項であるが、オサナ陛下も学園への入学が決まっている。
現国王が学園に入学というのは異例中の異例ではあるが、やはり、国の統治者としてはまだ幼く、学ぶ事が多いので、九歳ながら学園に入学してもらう事になったのだ。
これは、オサナ国王の意向でもある。
もちろん、父でもある先王や母である先王妃と話し合った結果ではあるが、今は、国の為にも学ぶ事の方が国益に繋がるという判断であった。
それに、学園には学ぶべきお手本が多い事もある。
新四年生には、リズ王女を救う為、有志を募って敵に何度も突撃を敢行した忠誠心の塊であるジョーイ・ナランデール騎士爵(叙爵した)達や新三年生には同じくリズ王女を敵から守り切った生徒一同に、同じく八面六臂の活躍で戦争の勝敗を左右したと言ってもいいリュー・ミナトミュラー子爵やその部下であるリーン達。
新二年生には、北東部の最前線で獅子奮迅の活躍を見せたエクス・カリバール子爵と、同じくリズ王女を守る為に戦ったエミリー・オチメラルダ侯爵(降爵した)令嬢とレオーナ・ライハート伯爵令嬢など、オサナ新国王の将来の側近として一考の価値がある者達が多いのだから、そこで交流する事は意味のない事ではないだろう。
そういった理由から、オサナ国王は、政治は宰相や後見の者達にほぼ任せる事になったのであった。
「新一年生はビックリするでしょうね。同級生に現役の国王陛下がいるなんて状況、普通は無いわよ?」
リーンが王宮のパーティー会場への移動の為、大聖堂前から馬車に乗り込んだところで声を落とし、リューに漏らす。
戴冠式に列席したランドマーク家は別の馬車に乗り込んだので、リューとリーン、そして馬車で待機していたスードの三人だけである。
「だよね。でも、国王陛下は、まだ、九歳の少年だから、一人で王宮の奥に籠って帝王学を学ぶのと、将来の側近候補と共に、切磋琢磨して学ぶのとでは経験値が全然違うだろうから。僕も学校で得るものが多い事は十分理解しているし、学校に通う事を自ら決定した時は、僕も後見の一人として反対するどころか賛成だったからね」
リューは戴冠式前に話し合いの席が設けられ、決定した過程をリーンにも伝えた。
「そうね。私も陛下の判断は間違っていないと思うわ。──ふふふっ。後輩の将来が楽しみね」
リーンが謎の先輩ムーブを見せる。
「はははっ! そうだね。まあ、僕らも先輩として馬鹿な事はできないって事だけど」
リューは笑って応じると、将来の名君に期待するのであった。
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