第779話 処刑場での一場面ですが何か?
大戦中、王国の危機に動かなかった地方貴族達が、厳しい罰則を受けて大騒ぎの頃。
王都の王城前広場では、粛々とオウヘ《《王子》》の処刑が行われていた。
オウヘ王子は終始命乞いをし、エラインダー公爵に助けるように命令したりしていたが、断頭台の十三段の階段を上がる段になると、父である前国王を誹謗する声を上げる。
この見苦しさには、集まっていた民衆達も眉をひそめた事は言うまでもないだろう。
前国王や前宰相は、平和の世では名君と呼ばれてもおかしくない統治を行っていたので、国民に慕われていたからだ。
そんな前国王を実の息子が王位から引きずり落とし、それだけでなく処刑の寸前の最後の最後で罵倒するのだから、そもそもの人間性が疑われるというものである。
オウヘ王子は、ギロチンが落とされる寸前には、被害を受けた国民を罵って、あの世に逝く事になった。
その後も、オウヘ王子に与した者達が次々に処刑されるのであったが、その中で側近であったモブーノ子爵が、潔く断頭台に散ったのは意外な事であった。
「オウヘ王子は、最後まで畜生だったわね」
王城内の塔の上からこの顛末を見ていたリーンが、隣のリューに漏らす。
「でも、これで今回の王都占拠や帝国との戦争に区切りがついたんじゃないかな。──まあ、地方貴族がまだ騒いでいるけどね」
リューはオウヘ王子については、ほぼ触れる事無く、その後の事を考えていた。
リューにとっては、オウヘ王子は路傍の石であり、それが排除された時点で、その道をいかに効率よく歩くかが大事なのだ。
「次は、オサナ王子殿下の戴冠式を行って、その地方貴族も黙らせるのでしょう?」
リーンが王家の狙いを口にする。
「王家としてはその予定だろうね。今は、王位の空位期間という事で、地方貴族も好き勝手文句を言っているけど、王子殿下が即位したら、それ以降は国家に対する反逆行為と捉えられ、罰則どころか討伐対象になるだろうから」
リューもオサナ王子の後見の一人という立場になっているので、その辺りは腹を括っていた。
本家のランドマーク家が兵を率いて討伐する可能性もあるからだ。
与力であるミナトミュラー家はそれに従うから、また、戦もあり得る。
「リュー君達が動く可能性はあまりないかもしれないわ」
一緒に処刑を見届けたリズ王女がリューとリーンの傍に来てそう漏らす。
「どういう事、リズ?」
リーンが王女相手ではなく友人としてリズ王女に理由を問う。
「実は、今朝報告で知ったのだけど、地方で抗議の兵を起こした地方貴族を他の地方貴族が勝手に討伐して罪の減免を求めてきたの。これから、そういう潰し合いが起きるかもしれないわ」
「もう、そんな事が起きているの? 予想はしていたけど、まだ戴冠式前なのに行動が早いなぁ……。そんなにすぐ動けるなら、召集命令が出た時に動けば良かったのにという話になるけどね?」
リューも地方貴族の無節操ぶりはよく知っているつもりでいたが、これには苦笑するしかない。
「リズ達を困らせたのだから、自業自得よ」
リーンは同情する余地がない地方貴族の潰し合いには冷たいのであった。
その中で、今回、唯一と言っていいかもしれない程、ほぼ無傷で功績を上げたのが、エラインダー公爵とその派閥である。
功績を上げた貴族のほとんどは、戦に駆け付け、それなりの被害を受けていたのだが、無傷で王都奪還という絶大な功績を上げたので、エラインダー公爵は褒賞され、その派閥も軍を動かしたので罪に問われる予定はない。
その事情を知っているリュー達にしたら、美味しいところを持っていかれた形なので面白くないのであったが、だからと言って敵に回せば、国内は二分され、今度こそ国が亡びるかもしれない。
そうなれば、ミナトミュラー家どころか、本家のランドマーク家もその存在が意味を失くすことになる。
王家あってこその貴族だからだ。
そういう意味ではリューとエラインダー公爵との裏で行われた駆け引きはとても危険な綱渡りであったが、ギリギリのところでリューの想定内に事が進んだのは、不幸中の幸いであった。
「呼称はもう先王陛下でいいのかな? ──先王陛下達は気を遣う立場でなくなったから、国内の力を改めて王家のもとに結束させる形で動いているよね」
リューは苛烈とも思えるその動きに脱帽するような気持ちで、指摘する。
戦時中は、帝国という敵がいたから、国内に敵を作るわけにいかず、命令に従わない貴族は様子を見る形に留まり、処罰できずにいたからだ。
しかし、国王という地位から強制とはいえ退位し、戦争が終わった事で、オサナ王子の即位までに膿を出しきってしまおうと動いている先王と前宰相の行動力に本気を見た気がした。
「先王として、父親として、まだ八歳のオサナの為に、少しでも敵を減らしておきたいという気持ちからの行動なのだと思う。これからのクレストリア王国の舵取りは大変だと思うから……」
リズ王女もオサナ王子の姉として、その為にひと肌でも二肌でも脱ぐ覚悟があったから、父親の覚悟がよく理解できたのであった。
「僕も臣下として友人としていくらでも協力は惜しまないよ。──ねっ、リーン?」
リューがリズ王女にそう告げて励ます。
「ええ、もちろん! 親友だから当然よ。お願いされなくても助けにくるわよ!」
リーンはリズ王女とリューの手を取って誓いを立てた。
三人は手を取り合うのであったが、リズ王女は頼もしい友人達に感謝の気持ちでいっぱいになったのか涙を浮かべる。
「ありがとう、二人共。いつも私が助けられてばかりだけど、これからもよろしくね」
リズ王女は、嬉し涙と共に笑顔で二人に感謝するのであった。




