第778話 大鉈ですが何か?
連日続いていた褒賞式はようやく終わりを迎える。
その中で、祖父カミーザやリーンの父リンデスと兄リグなどは、唯一大勝した南東部戦線で大いに活躍したという事で、王家は領地と爵位を用意しようとしたが、これを当然ながら祖父カミーザは呆気なく断った。
「隠居の身だからのう……、戦功を評価してくれるなら、息子のランドマーク家に頼む」
と祖父カミーザは国王代理として立ち会っていたリズ王女に、お願いした。
その物言いに、列席していた貴族の中には憤慨する者もいたが、当のリズ王女がカミーザとは親しい間柄でもあったので、その場で笑って承諾した事により、丸く収まる形となる。
さらに、リーンの家族であるリンデス、リグ親子については、元々、リンドの森で自治を認められていた権力者でもあるので、奪われ焼かれた土地の代わりとして新たな土地を与えられる事になったのだが、族長であるリンデスがランドマーク領でお世話になる事を告げた事で、少し揉める事になった。
というのも、ランドマーク領を自治領にするわけにもいかないからだ。
これには、王家に連なる貴族としてエラインダー公爵も眉をひそめる。
そのような権限をランドマーク家に与えてこれ以上力を持たせるは好ましくないと思ったからだ。
その為、前国王が与えていた権限である魔境の森の『切り取り自由』も、オサナ王子の国王即位の時にはその権限を与えない方向で動いていたので、リンデスに功績があってもそれは避けたいと考えていた。
だが、この問題についてリズ王女が、そんな空気を敢えて無視する形で口を開く。
「わが父、前国王であるエドワードが与えた魔境の森の『切り取り自由』の権利を再度、ランドマーク家に与える事とし、その開拓にはリンデス殿にも加わってもらい、その一部を新たな自治領としてもらう事を提案します」
「「「賛成!」」」
「いや、しかし!」
「リンデス殿は自治領の長。ランドマーク伯爵は元々前国王から『切り取り自由』の権限を与えられていたがそれもわずか数年だった。それではあまりにも、可哀想というものだろう」
「あの四大絶地を開拓するだけでも大変なのだ。それくらいの権限、次代のオサナ王子殿下の御世も与えてしかるべきではないか? リンデス殿も自治領を失い、一から領地を切り拓く事になる事を考えると、反対する理由がどこにある?」
エラインダー公爵派閥の貴族の間から反対しようとする者がいると、そうでない貴族から鋭い指摘と共にリズ王女の提案に賛同する者が後を絶たない。
それに、王家支持派であるランドマーク家をはじめ、その関係者の活躍はクレストリア王家の存亡に関わるものであったから、それを鑑みるとあからさまな反対意見は言いづらくなる。
こうして、前国王の退位により、失効した『切り取り自由』の権限が、再度ランドマーク家に与えられ、さらにはエルフの英雄リンデスがそこにお世話になる事で一部には自治権も有する領土になるのであった。
このような嬉しい誤算が決定しつつも、この後にはクレストリア王国の未来を左右する処罰が次々に行われる事になる。
それは、今回の『アハネス帝国の侵略』における戦いに、召集をのらりくらりと躱して応じなかった貴族達の処罰だ。
すでに、それらの貴族にはクレストリア王家の名で王都への召喚命令が出されており、王都に近い貴族から続々と尋問が始まっている。
そんな中、この場に及んでも病気を理由に召喚に応じない貴族達もいた。
なんだかんだ今回も誤魔化せるだろうと考えての事だろう。
特にその傾向は地方貴族に多く、遠く離れた王都の事は、他人事と考え、相手にしていない者もいたからである。
だが、今回の事を機に、王家は苛烈な判断を行う。
まず、貴族の義務を果たさなかったという事で、多額の罰金の支払い要求である。
その為、王都にいた貴族本人、もしくはその身内や関係者の身柄を拘束し、支払いまでは自由を与えないという考えだ。
これには、貴族達は当然驚いたし、エラインダー公爵もやり過ぎであるという反対の意見を出した。
しかし、前国王エドワードと元宰相ジョージ・シュタイン侯爵がオサナ王子が安心して即位できるように、と心を鬼にして、この案を強引に推し進める。
王都に向かう途中にそれを知った地方貴族の一部はこれに恐れをなし、自領に慌てて逃げ返り、王都の様子を窺うという策に出たが、これは愚策であった。
召喚に応じない貴族にはさらに厳しい罰が取られたからである。
それが、降爵、もしくは爵位の剥奪であった。
地方貴族は遠い中央への忠誠が低い事もあり、何かと理由を付けて動かなった者は結構多い。
それが仇になった。
王家としても平時は派閥の長の顔を立て、地方貴族の忠誠の低さにも目を瞑ってきたが、国家の危機に馳せ参じない貴族は、義務を放棄しているのだから、こうなってしかるべきだったと言えよう。
こうして、罰則として王家への多額の罰金、地方派閥の解体から、降爵、爵位剥奪などが行われる事になる。
この大鉈に地方で兵を上げる愚か者もいたが、これに反応したのがルトバズキン公爵であった。
平時、自領に籠っているルトバズキン公爵であったが、西部地方の貴族の反乱にはいち早く反応して即座に討伐を行ったのである。
そして、その首級を上げると、ルトバズキン公爵の部下が代理として王都にそれを届けた。
これには、前国王と前宰相もいつもの事とばかりに、代理での出頭を大目に見て、ルトバズキン公爵は罰金のみとする。
公爵は、西部地方国境を守るという任についていたからだ。
これは、エラインダー公爵が大軍を擁して王都に来れた一旦には、このルトバズキン公爵が西部国境に睨みを利かせていた事もあったからである。
他には、南部のエラソン辺境伯が降爵され、ただの伯爵になった。
ダレナン伯爵は出頭した事で、多額の罰金で済みはしたが、どちらの派閥も南部においてその勢いに陰りを見せる事になる。
そして、その南部で頭角を現す事になったのが、ランドマーク伯爵家であった。
国内最弱派閥と言われていたランドマーク伯爵派閥であったが、今回の事により、成り上がりの新興貴族から、救国の英雄の一人として、南部の貴族領主達がエラソン元辺境伯やダレナン伯爵の元を離れてランドマーク派閥入りの打診が行われる事となったのである。
マイスタの街長邸の執務室。
「今、南部ではランドマーク伯爵派閥に所属する事で、国を救った派閥勢力扱いされるから、鞍替えしようと貴族達が動いているみたいだよ」
リューは南部の王家直轄領に拠点を置くシシドー一家の報告書を読みながら、後ろに控えるリーンに知らせた。
「戦後になって勝ち馬に乗ろうという貴族がどこまで信用できるのかしら?」
リーンが厳しい指摘をリューにする。
「派閥の長の命によって動けずにいた地方貴族もいるからね。今回の事を契機にそこから離脱を決意した貴族はまだマシだと思う。それでも残る貴族は派閥の下で甘い汁を吸う事を止められない、もしくはまだ、物事を甘く考えているような貴族だと思うから。もちろん、ランドマーク派閥に迎えるかは、お父さんが面会して決める事だけど」
リューは、淡々とリーンにそう答えた。
それに、南部ではこれまでシシドー一家が、裏でランドマーク家の評判を上げる活動を行っていたから、今回の件でその後押しをしていた事もある。
リューは、南部の派閥貴族の事情についてもシシドーを通して詳しくなっていたので、彼らの今回の決定については、リーン程厳しくないのだ。
「そう? まあ、リューが言うのなら大丈夫かもね。ただ、ファーザ君、人がいいから頭を下げられたら誰でも迎え入れそうだけど」
「はははっ! それは大丈夫だよ。僕が南部貴族の詳しい情報をお父さんをはじめ、執事のセバスチャン、タウロお兄ちゃん達と共有しているからね。厳しく判断すると思うよ。それはそれとして──」
リューは笑顔でそう応じるのであったが、すぐに真面目な顔に戻ると、王都における被害報告書と再建の為の予算案に目を通して頭を悩ませるのであった。
 




