第775話 終息ですが何か?
逆賊オウヘ王子とその一党の捕縛劇は、エラインダー公爵軍の大きな活躍で王都を奪還し、解決した形となった。
実際、これにより、王都を占拠していたオウヘ軍は早々に武装解除されたし、何より、オウヘ王子の暴挙により、王城前広場の民衆を虐殺しようとした行為も未然に防がれた事になるから、その功は大きいだろう。
しかし、先王と前宰相の救出とリズ王女とオサナ王子の保護を行ったのは、『王家の騎士』の称号持ちであるランドマーク伯爵家と、同じく『王家の騎士』持ちでその与力であるミナトミュラー男爵であったから、その功も大きいのは確かである。
だが、エラインダー公爵の立ち回りにより、一番の功を掻っ攫っていったのは事実であったから、民衆はその活躍を大きく評価する事になった。
「気に食わないわね。もし、私達が動いておらず、王族がオウヘ王子しか残っていなかったら、オウヘ王子を担いで権力を握るか、自身がオウヘ王子を討伐して新国王の座に即位していたと思うわよ。王族が残っていたから、今回の動きになったのではないかしら?」
略奪と放火により廃墟と化したランドマークビルを、リューと一緒に魔法で解体しながら、リーンが愚痴を漏らした。
「王族が残っていた状況でも、残った相手次第では、オウヘ王子に罪を全て着せて謀殺するくらいはやっただろうなぁ。自分に都合が良さそうな王族しか必要がないと考えそうな人物だからね。今回はリズや先王陛下、前宰相、そして、僕らもいたから踏み止まった感じだと思う。公爵は慎重で完璧主義な人物だけど、どちらに転んでもおかしくない状況ではあったよね」
リューはリーンの指摘に補足して応じる。
「……悔しいけど、紙一重のところで、こちらは命を拾ったのね」
リーンは本当に唇を噛んでそう漏らす。
「そうでもないよ。今回のエラインダー公爵は、王城に到着して入城した時点で、あの選択肢以外はできなくなったとも言えるからね。こちらは、イバル君のお陰で公爵の性格をある程度把握できていたから。僕達があちらの危険な選択肢を未然に減らした事で今回のギリギリの判断するところまで追い詰めたとも言えるよ。これもみんなのお陰だけどね。それに、エラインダー公爵をこちらに付けられたのは、戦争中の国にとっては大きな事だし、それも狙い通りでもあるんだよね」
リューは、笑みを浮かべて、エラインダー公爵とのギリギリの駆け引きがどうにかこちら側に転んだ事を口にした。
「それにしたって、リューの作戦では、エラインダー公爵にあそこまで、功を横取りされる想定ではなかったでしょ?」
「確かにね。その辺りは、あの人の経験と元から備わっている嗅覚のなせる業だろうなぁ。ギリギリのところで細い糸のような道を一歩も踏み外す事無く、貰える美味しいところは全て持っていく判断をできるとは僕も思わなかったからね」
リーンの指摘にリューは苦笑するほかない。
ここまで、リューもギリギリの時間と限られた条件の中、紙一重の選択をしながら、王都奪還計画を練っていたから、エラインダー公爵が派閥軍をその場において、自軍単体で王都へ急行した事自体が、舌を巻くものであった。
それも、一応、万が一の可能性としてリューは想定していたものであったが。
最終的に、リューはエラインダー公爵の密かな計画を狂わせ、ギリギリまで迷わせる事で次善の策を選ばせ、国家滅亡の危機を防いだ事になる。
それはリューの憶測の域の中での判断であり、確証の無い駆け引きであったのだが、エラインダー公爵がこちらに付くという事はその軍もこちら側につくという事だから、それらも含め、王家が帝国との戦争における最悪の状況を逃れた事は事実であった。
「リュー、ご苦労様。近隣の延焼した建物の所有者と交渉して、建物の撤去を引き受ける条件で、土地をあちらの言い値で買い取れる事になったよ」
リューとリーンが、ランドマークビルの解体作業をしながら、今回の事件について話し合いをしているところに、長男タウロがやってくると、そう告げた。
リューは、ランドマークビル再建の為に、父とレンドの代わりに、この難局をいい機会とばかりに動いていたのだ。
「さすがタウロお兄ちゃん! 問題を起こす事無く交渉を成立してしまうのは、お父さん以上の才能だね!」
リューは父親譲りの人たらしぶりと、明晰な頭脳で相手を説得してしまうこの自慢の兄に心の底から感心する。
そう、リューはランドマークビルとその近隣が廃墟になったが、その損失に落ち込むのではなく、さらなる発展の為の礎と考え、タウロに周辺地域の土地の買収を相談したのだ。
周辺も今回の事で大きな損失を出し、商売に支障どころか再起も危うい店舗もあったから、ボロボロになった店舗の撤去を引き受け、土地も言い値で買い取ってくれるというランドマーク商会の太っ腹とタウロの人柄もあって快く応じる者が多かったのである。
これにより、リューとリーンが周囲を気にする事なくランドマークビルを魔法で派手に解体すると、ついでに買い取った土地の店舗も撤去していく。
そして、更地にすると、今度は、そこに以前よりも大きな建物を建てるべく、タウロと責任者のレンドと共に、話をするのであった。
とにもかくにも、エラインダー公爵が動いた事で、王都は奪還され、さらには帝国侵攻軍の進軍も完全に止める事になった。
それは、エラインダー公爵を追ってやってきた派閥軍が王都に到着すると、すぐその足で、王都を後にし、エラインダー公爵は軍を率いて東部最前線に援軍として向かったからである。
当然、帝国の間者はこれを知らせる為、すぐさま東部に早馬を飛ばしたり、信号魔法で連絡したりと慌てたであろう。
連絡を受けた帝国本軍を率いるダイ・コーセ元帥は、王都の混乱に乗じて王国・サクソン侯爵派閥連合軍に対して大攻勢をかけている最中であったが、エラインダー公爵派閥軍がこちらに向かっていると聞いて、慌てた。
「何!? 話が違うのではないか!?」
ダイ・コーセ元帥は数で勝る点から戦況を有利に進めていたのであったが、エラインダー公爵派閥軍の参戦は想定外であったのだ。
「どうしましょうか、元帥閣下。エラインダー公爵の参戦となると、他の貴族も動く可能性が大きくなります。我が軍は大きな戦場を北と南、そして、ここの三か所に抱えていますが、これ以上の戦線拡大は侵攻しているこちらとしては、不利に働くかと思います。ここは無念ですが、エラインダー公爵派閥軍が戦場に到着する前に敵を打ち破るか、早々に撤退するしかないかと……」
部下のホサ・ノーユ将軍が、冷静にそう助言する。
「わかっておる……。だが、皇帝陛下に会わせる顔がないではないか……。いや、大きな損害は出していないどころか、占領地から押収した物品のお陰でメンツは立つのか……? ──よし、北軍のノス・トータン将軍と南軍のヤン・ソーゴス将軍に連絡を。一旦兵を退いて、国境地帯に再集結。北東部のシバイン侯爵派閥領に防衛ラインを引き、帝国領とする。これは当初の計画の一つであるから、皇帝陛下も納得されるだろう」
ダイ・コーセ元帥は、ホセ・ノーユ将軍にそう命ずると、すぐに伝令を出させるのであった。
こうして、帝国軍は北東の旧シバイン侯爵派閥領と東部の国境周辺をクレストリア王国から奪い取る形でそこを防衛ラインとして、撤退することになる。
だが、軍を引く事ほど難しい事はない。
特にスゴエラ侯爵派閥・ランドマーク派閥、ベイブリッジ伯爵・王国の連合軍は、帝国南軍を率いるヤン・ソーゴス将軍と一進一退を繰り広げていたから、南軍の撤退を黙って見過ごすつもりはなかった。
「ランドマーク伯爵のところの倅の報告通りだと、エラインダー公爵が動いたから、不利と考えて撤退するつもりなのだろうが、ただで帰す程お人好しではないぞ?」
スゴエラ侯爵は、兵力差から我慢の采配を続けていたので、反撃の糸口を逃すつもりはない。
もちろん、敵は天才と名高い将軍、ヤン・ソーゴスとその精鋭だから、用意周到に罠を用意して整然と退却するつもりでいる事だろう。
しかし、スゴエラ侯爵には、頼もしい味方がいる。
それが未だ遊撃隊として動いてくれている戦友カミーザとエルフの長リンデスであり、あの二人はすぐに敵の動きを察知し、自分の考えを汲み、連動して動いてくれるはずと睨んでいた。
さらには、手の空いたリューが、南部のシシドーとその一党、さらにはマイスタの留守を預かっていた残りの領兵隊を率いて参戦してくれる予定になっているから、スゴエラ侯爵の脳内では、若き天才将軍に勝てる策が生まれていたのであった。
そんな事を知らないヤン・ソーゴス将軍は、二重三重に罠や伏兵を用意して、いつでも反撃できる態勢を準備し、整然と退却する事にした。
相手は戦上手のスゴエラ侯爵だ。
こちらの動きを見れば、罠と伏兵に気づいて無理な追撃は避けるだろう、と考えていた。
だが、実際は、それらを無視した猛追撃である。
「くそっ! 伏兵が敵の伏兵に襲撃を受けるなど前代未聞だ!」
ヤン・ソーゴス将軍は、追撃を振り切る為に必死で馬を飛ばしていた。
スゴエラ侯爵は、罠も伏兵も恐れる事無く、多大な被害が出てもおかしくない駆け引き無しの追撃を行う。
全ては、戦友を信じての事であったが、実際、罠はカミーザ達遊撃隊が解除し、リューの砲撃隊が遠距離から、伏兵の隠れている森や丘ごと吹き飛ばすという荒業をやって見せたのだ。
ヤン・ソーゴス将軍は、撤退の段階で、カミーザの遊撃隊とリューの謎の部隊の存在を失念したのが、敗因であった。
それでも、ヤン・ソーゴス将軍と精鋭軍は、大きな被害を出しながらも、全滅は避ける奮戦を見せて退却する事に成功する。
ちなみに、北軍は、一切、追撃される事無く粛々と撤退し、本軍も追撃される事無く国境付近まで下がったので、唯一大損害を出したヤン・ソーゴス将軍は、帝国内部で敗戦の責任を問われ、将軍の座から降りる事になったのは、少しあとの事である。
こうして、数か月に及んだアハネス帝国による侵攻は、クレストリア王国の領地の一部と帝国の各地での略奪により、大きな被害を出して終戦することになった。
この戦により、各貴族の責任のあり方が浮き彫りになるが、それはまた、次のお話である。
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