第774話 全て持っていかれましたが何か?
エラインダー公爵軍は、同じ派閥軍を進軍途中で置いてけぼりにして、自分の軍勢だけで昼夜飛ばし、王都を目指したのがこの早い王都入場であった。
その為、エラインダー公爵派閥軍に張り付いていたリューの部下であるサン・ダーロ達も急な動きに置いて行かれる事になり、王都に連絡する暇もなかったのである。
「おお! エラインダー公爵が救援に来てくれたのなら、形勢逆転だな。──ミナトミュラー男爵、さあ、どうする? オサナと、エリザベスの命も風前の灯火だぞ? それとも、公爵がここに駆け付ける前に、我の靴を舐めて命乞いをするか? 公爵は甘い男ではないからな。我の口添えがない限り、その首は確実に飛ぶ事になるだろうな。はははっ!」
オウヘニセ国王は、エラインダー公爵が、王都まで駆けつけてくれた事で勝利を確信した。
「……まさか、これ程まで想定した限界ギリギリの駆け引きになるとは……」
リューも眉間にしわを寄せて緊迫感のある声を漏らす。
だが、リューにも勝機がないわけではない。
それは、エラインダー公爵の性格にある。
イバルから聞いているエラインダー公爵は、完璧主義であり、とても慎重な男であるという事でリューもこれまでの経緯や情報から同じように分析していた。
その男が、人の描いた計画に便乗して、どこまで国家の一大事に踏み込んでくるのか不明であったから、そのエラインダー公爵の描く理想の図に、どれだけ自分が、想定外の動きをするかでその図式を狂わせ、その判断を迷わせる事が出来るかでリューは挑んでいたのだ。
だが、エラインダー公爵は、自軍だけで昼夜駆けて王都に早く到着する事で、リューの予想していた一番最悪のタイミングでやってきた。
こうなると、リューに出来る事は、最悪の場合の時の策、『次元回廊』でリズ王女とオサナ王子を再度ランドマーク本領に逃がして、辺境から王都奪還を狙うというものになる。
これは、かなり分が悪い計画になるが、長男タウロが先王と前宰相の救出に成功しているはずなので、それらも伴い、国王派貴族を集結させる事で少しは勢力として形になるはずだ。
この場合、帝国軍との挟み撃ちに遭うから、かなり難しい局面にはなるが……。
最悪、数的不利も考えて、魔境の森に逃げる案もあるが、この場合は、再戦の機会はほぼなくなると考えていた。
オウヘニセ国王が、何も言い返さないリューに勝利を確信したところに、長男タウロが先王と前宰相を伴ってやってきた。
「……あまり、良い流れではないみたいだね?」
長男タウロがオウヘニセ国王とリューの様子から、そう解釈する。
「はははっ、父上。救出されたばかりですみませんが、エラインダー公爵が我の為に軍を率いて駆け付けてくれました。すでに、王城前広場の者達はこのエラインダー公爵軍によって武装解除されている様子。勝負は決しましたよ。──おい、城門を開けて公爵をここに案内せよ!」
オウヘニセ国王は、父親にそう宣言すると、エラインダー公爵が自分のもとに駆け付けるのを待つ事にしたのであった。
そんな中、リューは迷っていた。
エラインダー公爵がここに来る前に、リズ王女、オサナ王子、先王、前宰相を連れてランドマーク領に避難させるかをである。
一見するとそれは一択しかない判断材料に思えたが、リューは、塔から王城前広場の様子を見て選択肢が増えていたのだ。
それは、エラインダー公爵軍が、行っている武装解除である。
広場に集まっている民衆はもちろんだが、オウヘ軍の武装も同時に解除していたのだ。
これは、つまり、エラインダー公爵がどちらにつくか、まだ、はっきりしていないのではないか? という選択肢をリューの中に与えたのである。
その中で、エラインダー公爵がこの塔に駆け付けた時、リューが王家をランドマーク本領に逃がしていたら、オウヘニセ国王につくかもしれない。
逆に、この場に王家の人間が留まる事で、オウヘニセ国王を糾弾してくれる可能性も生まれる。
そうなれば、こちらの勝利になるだろう。
だが最悪の場合、エラインダー公爵が首を取るべき王家が揃っている事をチャンスと考え全員を捕縛する可能性もある。
そうなると、一番最悪の事態が待っているから、リューは判断に迷うのであった。
リューが珍しく判断できずに迷っているところに、エラインダー公爵が塔の下まで軍勢を連れて押し寄せていた。
塔の内部はイバルとスード、ノーマン、そして、ランドマーク家の領兵が制圧していたから、衝突するかと思われたが、イバルがエラインダー公爵と対峙する事でそれも避けられる形になる。
「……陛下は無事か? 状況の説明をしろ」
エラインダー公爵は元息子のイバルに対して感傷的なところは一切なく、現状の説明だけを求めた。
「……どちらの陛下の事でしょうか?」
イバルも元父親に対して赤の他人、それも目上に対する態度だけは取って、聞き返す。
「(オウヘ王子が国王に即位したというのは事実か……。だが、国王陛下、いや先王陛下もつまり無事という事だな……)……では質問を変えよう。──王家の方々は無事なのか?」
エラインダー公爵は、イバルの短い言葉だけで沢山の情報を入手すると、さらに問う。
「……ええ。簒奪者も含めて今のところは」
イバルは元父親の質問の内容で何かを判断したのか、意味深に答えるとエラインダー公爵に道を開け、通るように促した。
「では通させてもらおう。──お前達はここで待て」
エラインダー公爵は、イバルの一言で何もかも理解したように、護衛の五名程以外は下に待たせ、元親子の会話は呆気なく終了して塔を上がっていく。
(最悪の事態は避けられたが、最善の事態でもないな……)
エラインダー公爵は、成長している元息子イバルの事など考えにはない様子で内心そうつぶやくと、リュー達のいる塔の最上階に到着するのであった。
「よくぞ来てくれた、エラインダー公爵! ──さあ、お前達、諦めてひれ伏すがよい。我の勝ちだ!」
オウヘニセ国王は、エラインダー公爵の姿を見るなり、勝利宣言をする。
「陛下、お待たせしました。──お前達、拘束せよ」
エラインダー公爵は、オウヘニセ国王の言葉に応じるようにそう命令を部下に下す。
エラインダー公爵の兵士達は、先王、前宰相、長男タウロ、領兵達を素通りし、リズ王女、オサナ王子、そして、リューも素通りする。
そして、兵士達はオウヘニセ国王を両側からがっちり腕を掴むと拘束した。
「な、何をする!? 我は国王だぞ! 捕縛するのは、こ奴らだ! ──公爵、部下達が勘違いしているぞ!」
オウヘニセ国王は、エラインダー公爵に間違いを訂正させようとする。
「勘違いでありませんよ。オウヘ《《王子殿下》》。いや、王位簒奪を謀った逆賊と言った方がよろしいかな? どうやら、現在、この国の王位は空位のようなので、公爵権限で逆臣オウヘ王子を連行させてもらいますぞ──牢屋に連れていけ」
エラインダー公爵は、冷たい視線と声でオウヘニセ国王にそう命令する。
「エラインダー公爵! 何をする!? 貴様は我の後援ではないか! 裏切る気か!?」
オウヘニセ国王は味方とばかり思っていたエラインダー公爵の手のひら返しに、慌てふためき、足をバタつかせたが、そのまま、連行されていく。
「国王陛下、いや、今は先王陛下ですかな……。そして、……オサナ王子殿下、どちらも無事で良かったですぞ。このエラインダー、オサナ王子殿下の新国王即位を全面的に支持します」
エラインダー公爵は、澄ました顔でそう告げると、塔の隅まで行き、部下に音声魔法を準備させ、王城前広場に民衆達に続けて告げる。
「逆賊オウヘ王子は、このエラインダー公爵が捕らえた! 皆の者安心して家に帰るがよい! オウヘ王子に与した者達は武装解除後、隊長クラスは各自尋問を行い、その罪を問う事になるが、抵抗するな。抵抗すればそなた達の家族にまで責を問わなくてはならなくなる。──皆の者、王都はこの瞬間から、元の生活に戻ると思ってくれ!」
「「「おお! エラインダー公爵万歳!」」」
エラインダー公爵のこの言葉に、民衆は手放しで喜ぶ。
さらにエラインダー公爵軍の兵士達が、それを煽るので、王都奪還と逆賊オウヘ王子の捕縛劇は全てエラインダー公爵の手柄のように解釈される。
「(やられた……。ギリギリまでどちらにつくか迷っていたはずなのに、こちら側につくと判断したら、一瞬で得られる最大の利益を掻っ攫っていったよ……)」
リューはエラインダー公爵の一見すると迷いのない行動に、内心で悪態をつく。
リューとしては悩んだ結果、エラインダー公爵が状況に戸惑っている面前で簒奪者オウヘを捕縛し、証人の一人にしてこちら側に引き込もうと考えていたのだ。
だが、公爵は迷う素振りを見せる事無く、オウヘ捕縛の判断をしたのである。
エラインダー公爵は、「先王と前宰相の拷問されて疲れ果てた姿を民衆の前に出すのは不安を煽ることになりましょう、今は、自室でお休みください」と告げると、部屋まで案内するように部下に命じる。
「……それにしても──」
エラインダー公爵は、その場にいるランドマーク伯爵の嫡男タウロとリズ王女、オサナ王子につきそうリューを一瞥する。
そして続けた。
「──『王家の騎士』の称号を持つ両家の活躍もあって最悪の事態は免れたようだな。王家に連なるものの代表として感謝する。そなたらの活躍話も聞きたいが、今は、オサナ王子殿下、エリザベス王女殿下。民衆の前にその元気な姿を見せて安心させてあげてください」
エラインダー公爵は、タウロとリューを値踏みするような視線を向けた後、もっともな事を告げて、その場をあとにする。
「……僕達、確実に目を付けられたね」
リューが長男タウロにそう漏らす。
「……ふぅ。だけど今は、王都解放と陛下と宰相閣下の命が無事だった事を良しとしよう」
長男タウロはリューに笑顔で応じる。
その二人は、リズ王女とオサナ王子に呼ばれて、壇上に登ると塔の上から民衆に手を振り、今回の立役者の一人として歓声を浴びるのであった。




