第773話 続・簒奪者ですが何か?
「オウヘ国王陛下! 侵入者です!」
王都前広場を見下ろす塔の上で状況を報告させていたオウヘ新国王のもとに、王宮内部の報告がいち早く上がってきた。
「何!? 城門がもう破られたのか!?」
オウヘ新国王は、眼下で広がるオウヘ軍と裏社会の者達を中心とした民衆が衝突しているのはわかっていたので、そう解釈した。
「いえ、例のミナトミュラー男爵が、この騒動のどさくさに紛れ、『次元回廊』で王宮内に潜入したようです!」
「なんだと!? ──はははっ、馬鹿な奴! それで捕縛したミナトミュラー男爵は今どこだ? すぐにここへ連れてまいれ。我が直々に首実検をしてくれる。──それにしても本当に愚かだな。最初から我が部下になっていれば、処刑されずに済んだものを!」
オウヘ新国王は、リューが王宮に『次元回廊』で現れたら捕縛できるように待ち伏せの兵を用意していたので、それが機能したと解釈したようである。
「はい? 確かに現在、ミナトミュラー男爵達はこちらに向かっていると思われますが……」
部下はオウヘ新国王が何か勘違いしている事に気づき、それを訂正して良いものか言葉を濁す。
「どうした? さっさと連れてまいれ!」
オウヘ新国王が部下を急かしていると、塔の内部が騒がしくなっている事に気づいた。
「下が何やら騒がしいな……。──もしや、捕らえたミナトミュラー男爵が処刑を恐れて騒いでいるのか? はははっ! 早く連れてこい、その醜態を眺めながらこの国の未来について考えるとしようではないか!」
オウヘ新国王は、リューが命乞いをする姿を想像して悦に入ると、再度部下に命じる。
部下は、結局、オウヘ新国王の勘違いを訂正できずに階下に降りていく。
しかし、すぐに、その部下が慌てて戻ってきた。
「大変です、陛下! すぐそこにミナトミュラー男爵が!」
「だから、連れてこいと言っているだろう! ──それより、モブーノ子爵、この騒ぎが収まったら、お主のこれまでの忠誠を考えて伯爵に昇爵し、それと同時に宰相に任じようと思うのだが──」
オウヘ新国王が、そう言いかけた時である。
すぐ下の階で電気が迸り、階段の下から兵士が吹き飛ばされて上に転がり込んできた。
「な、何事だ!? 捕縛されているのにまだ、ミナトミュラー男爵が暴れているのか?」
オウヘ新国王ここまできて、まだ、リューが捕縛されている事を疑っていない。
「こんにちは、オウヘ王子。いや……、王位簒奪者のオウヘ殿」
階下からリューがドス『異世雷光』を手にゆっくり上がってくると、オウヘ新国王に皮肉を投げかけた。
「口だけは達者だな、ミナトミュラー! ──うん? おい、こいつは捕縛されていたのではないか? 誰だこの男を解放した者は!」
オウヘ新国王は、自分が危機に瀕しているとは考えもつかないようで、怯えている周囲の部下達に怒りを見せる。
「お下がりください、陛下! ミナトミュラー男爵は元から捕縛されておりませんぞ!」
腹心であるモブーノ子爵が、オウヘ新国王、いや、王位簒奪者のニセ国王を庇うようにリューとの間に立つ。
「ど、どういう事だ!? 我は国王だぞ! ──ミナトミュラー! 国王の前である、頭が高い、控えよ!」
オウヘニセ国王は、そう命令すれば、リューが頭を下げると思っているのか、錫杖を手に命令する。
「控えるのはそちらですよ。王位継承権を考えると、あなたは末席。ジミーダ第一王子、ヤーボ第三王子がいない今、正当な王位継承者は──」
「──我しかおるまい!」
オウヘニセ国王は、何を言っているのだと、言わんばかりにリューの言葉を遮った。
「いいえ、それはありませんよ。まだ、王位継承権を持った男子が一人残っています」
「馬鹿な事を申すな! すでに、我以外の男子の王位継承者はこの世にいない。──そうであろう?」
オウヘニセ国王は、側近のモブーノ子爵に自信満々に問う。
「……そのはずです」
モブーノ子爵は、短くそう答えると、剣を抜いた。
リューが下手な事を言って、こちらの計画を滅茶苦茶にされる可能性があると考え、問答無用で斬り捨てるべきと考えたのだ。
モブーノ子爵は、次の瞬間、リューに斬りかかった。
リューは、その剣をドスで受け止める。
その瞬間であった。
モブーノ子爵の剣から炎が噴き出し、リューを襲う。
「火の魔剣!?」
リューは不意を突かれたとばかりに、驚く。
「はははっ! 宝物庫に眠っていた国宝である聖剣の一つだ! 業火に焼かれて死ぬが──」
モブーノ子爵が勝利を確信してそう宣言しようとした。
しかし、最後まで言う事もない。
「僕のも国宝クラスなんだよね」
リューがそう告げてドスに魔力を込めると、リューを包み込んだ炎を雷が打ち消したのである。
これには、モブーノ子爵も口をパクパクさせて、唖然とした。
「それどころか、その聖剣よりも威力は上かもしれない」
リューはニヤリと不敵な笑みを浮かべると、『異世雷光』の力を発動し、火の聖剣を襲う。
すると火の聖剣の刀身にひびが入り、モブーノ子爵は感電したように電流が身体を流れ黒焦げになり、その場に倒れるのであった。
これには、オウヘニセ国王も驚き、思わずモブーノ子爵の名を口にするのであったが、それ以上は何もできない。
「これで、邪魔する者はいなくなったので、話を進めますね?」
リューは、階下からリーン達が上がってくるのを確認すると、オウヘニセ国王に対峙した。
そして、続ける。
「オウヘ王子殿下以外に、王位継承権を持った男子はいます。それでは失礼して──」
リューはそう断ると、『次元回廊』を開いて、どこかに行き、すぐに二人の王族を連れて戻ってきた。
「エリザベスに、オサナ!? 二人共生きていたのか!?」
オウヘニセ国王は、死んだという報告を受けていたオサナ第四王子と、女子という事であまり重要視していなかったリズ王女の登場に動揺を隠せない。
「王位継承権で上位であるオサナ王子殿下を差し置いて、オウヘ王子殿下が国王の座に就く事はできません。それどころか、それを無視して王冠を被ったあなたは立派な王位簒奪者となります。つまり、あなたは重罪を犯した事になります。──リーン、王位簒奪はどんな罪だっけ?」
「さあ? でも、極刑は免れないんじゃない?」
エルフのリーンが興味がないとばかりに、リューの質問に適当に答える。
「! ならば、この場で、お前達を殺せば済む事だ! 我の支配下には王都を占拠する程の兵力がある! ──貴様ら、手加減はもういらぬ! 我に逆らう者は皆殺しだ!」
オウヘニセ国王は、音声魔法で自分の声を増幅させると、王城前広場で抵抗する国民達を捕らえようとしてたオウヘ軍に命令を下した。
「ここまで愚かとは!」
リューが救いようのない愚かなニセ国王に、怒りを感じた時である。
音声魔法で増幅された大きな角笛が、王都に鳴り響いた。
そして、それを合図の如く、西門から雪崩を切ったように新たな軍勢が侵入して来るではないか。
リューもこの事態は計算外であったから、塔の端から見下ろし、その軍勢がどこの所属なのか確認する。
そして、その軍旗をリューは視界に捉えた。
「あの軍旗はエラインダー公爵軍のもの……。 ──もう、王都まで辿り着いたのか……!」
リューは一番恐れていた事態になってしまった事を、自覚した。
リューの計算では、エラインダー公爵派閥軍が王都に到着するまで、少なくともあと一日、二日はかかると考えていたのだ。
その間に、王都を奪還し、公爵軍に備えるというのがリューの立てた計画の一部であったから、この予想外の展開に背中に冷たいものを感じるのであった。




