第771話 王位継承権問題ですが何か?
静まり返っていた王都内が、にわかに慌ただしくなり始めた。
リューが暗殺ギルドを消滅させた翌日の事である。
王宮でもそれは同じようで、偵察をさせていた『竜星組』の部下から、
「朝から騒々しくバタバタしてますぜ?」
とリューのもとに伝えてきた。
「よし、王都中の『竜星組』とその傘下連中全員を王城前広場に集結させて。よその組織にも王都を救う気があるなら各自の意思で集まるようにと」
リューが部下達にそう告げると、
「いよいよですね!」
「わかりやした!」
「数は多ければ多い程いいんですよね? 関係者全員に声をかけますよ!」
と部下達はリューの言葉に意気込むと、散っていく。
「僕もマイスタの街の部下達を連れてくるかな」
リューはそう言うと、『次元回廊』ですぐさまその場から消えるのであった。
一時間後。
マイスタの街から幹部で『竜星組』組長代理のマルコ、通称総務隊指揮官のルチーナを筆頭に、『竜星組』の幹部に納まっている元『屍黒』の大幹部だったクーロン達が部下を総動員し、それをリューが『次元回廊』で王都に運んできた。
「若、王城前広場の連中の指揮は私達にお任せください」
マルコが『竜星組』の組長代理として、そう申し出る。
「うん、そっちは任せるよ。あと、ランドマーク本領からも動員できそうな人は集めてみようかな」
リューはそう言うと、今度はランドマーク本領に『次元回廊』で向かう。
現在、ランドマーク本領の城館周辺の大きな宿泊施設には、リズ王女をはじめ、学園に残って戦っていた三年生有志やランス達二年生、エミリー・オチメラルダ達一年生も保護されている。
すでに治療は母セシルと妹ハンナを中心とした治癒士達によって負傷者は回復し、王都の家族のもとへ送り返す段になっていたのだが、リューが現れた事で王都の状況を知ろうと人々が続々と集まってきた。
「ミナトミュラー君、あちらの状況は?」
「王宮はどうなっているの?」
「みんなは無事なの?」
生徒達は安全な場所にいる自分達よりも、他の人達の心配をしていた。
やはり、逃げずにリズ王女の為に戦った者達だから面構えが違う。
「落ち着いてください。今、王都の有志達に王城前広場に集まってもらい、オウヘ王子軍と対峙してもらっているところです。ここからも集まる事を希望する人がいれば、お願いします」
リューは生徒達に状況を簡単に説明した。
「……最終決戦って事ですね?」
ラーシュが何か察したのかそう予想した。
「一度はリュー達のお陰で拾った命だ。俺達も行くぜ!」
重傷を負っていたランスも回復したのか挙手する。
「私も行こう。下級生達が行くのに、生徒会長の自分が行かないのは情けないからね」
ジョーイ・ナランデール生徒会長がそう応じた。
「「私も行きます!」」
一年生のエミリー嬢とレオナー嬢も挙手する。
すると、他の生徒達もほとんどが挙手していく。
その中には怪我が治りきっていない者達は含まれていないが、同級生のナジンが松葉杖をつき、シズの手を借りて前に出る。
「リュー、自分達は足手まといになるからここで待っているよ。無理はするな……、とは言えないが、……死ぬなよ?」
ナジンが真剣な顔でリューに言う。
「はははっ。無理はするけど、大丈夫。こちらは数で勝負するから」
リューが笑顔で意味深に応じる。
「それでは、行く人は並んでください。『次元回廊』で王都まで運びます」
そう言うと、リューは順番にみんなを運ぶのであった。
その王城前広場はというと……。
厳つい裏稼業の者達が続々集まり始めていた。
最初、オウヘ王子軍は相手が裏社会の者達という事で、問題を起こさない限り静観する姿勢を見せていたのだが、それが想像を超える数で続々と集まってきたので動揺が走っていた。
「ど、どういう事だ!? 裏社会の連中とは暗黙の了解で敵対しない事になっているのではないのか!?」
オウヘ王子は王宮で報告を受け、慌てる。
そして続けた。
「それに、支援者達はどうしたのだ!? 今朝から誰も連絡がつかないではないか!」
オウヘ王子は暗に『王国裏会議』の者達の事を支援者と評して報告を促す。
そこへ、
「お知らせします! 殿下の支持を表明している貴族達の一部が、死んでいるところを発見されています。数にして二十数名に及びます!」
と兵士の一人が報告した。
「そんな馬鹿な!? ──これは、全て『会議』の関係者達ではないか……! ど、どうすればいいのだ……。そ、そうだ! 王城前広場の者達に我が国王である事を早く示しておこう。それなら、やつらも新国王相手なら大人しくなるに違いない!」
オウヘ王子は側近のモブーノ子爵に提案する。
「こうなったら、一日前倒しにして戴冠式を正式に発表いたしましょう。これで、裏社会の連中も新国王の前に跪く事になるかと」
モブーノ子爵は今回のオウヘ王子の独断先行を止められなかった事を後悔していたが、後援であるエラインダー公爵が自領に戻っていたので相談もできず、結局はもう一つの後援組織である『王国裏会議』に乗せられた形でこの場にいた。
毒食わば皿までである。
モブーノ子爵は、そう自分に言い聞かせると、明日の戴冠式を早めて、今日発表するように進言するのであった。
「うむ、そうだな! 裏社会の者達もこの国の民。国王を前にしたら大人しくなるに違いない! ──父上も退位を認めた今、ジミーダ兄上も《《不慮の事故》》でこの世におらず、弟達も今回の件で亡くなっている。だから王位は自動的に我のものとなったとはいえ、戴冠式無しでは王位簒奪と疑われかねないが、まあ、いいだろう!」
オウヘ王子は自分なりの理屈をこねて自分を納得させる。
しかし、オウヘ王子は知らなかった。
オサナ第四王子がヤーク子爵によってクーデターの中、なんとか生き延び、ランドマーク本領に匿われている事を。
つまり、王位継承権上位のオサナ王子が生きている中で、王冠を被るような事をすれば、それは簒奪者として扱われる。
すなわち、国民を敵に回す事になるのだ。
これは国王(退位したので、先王になる)の狙い通りであったが、まさか、国王もオウヘ王子が契約書を破り捨て、ジミーダ第一王子の命を奪うとは思っておらず、逆にオサナ王子が生きているとは夢にも思っていなかったのであるが……。
そうとは知らず、オウヘ王子は、自ら王冠を被り、ビロードのマントを羽織ると王城前広場を見下ろす塔に向かうのであった。