第770話 暗殺ギルドの最後ですが何か?
「どうしますか? けりはついたようですが、このまま、暗殺ギルド自体を消滅させる道でも選びますか? 僕はそれでも構いませんよ?」
リューは、事実と嘘を織り交ぜてそう警告した。
事実とは、現状の事であり、嘘とは、この目の前の老人が捨て身で本気になれば、味方にも被害が出るであろう事くらいはリューも相手した事でそれなりの評価はしていたので、嘘を吐く事で老人に負けを認めさせたい狙いがあったのである。
「……代々の長が築き上げたこの組織を貴様が潰せると?」
老人は奥の手を持っているのか、リューに動じる気配はない。
「ええ。あなたに奥の手があるのは想像できますが、それを使うと、僕も容赦せずにここを叩き潰す事になります。──でも、さっき言いましたよね? お礼参りは済んだと。僕の目的は別になります。 それとも、こちらに本気を出させるつもりですか?」
リューは静かに、そして冷静に老人を諭すように言う。
それでいて最後は、威圧するような凄味を見せて警告した。
暗殺ギルドの長である老人は、そのリューの威圧を肌でビリビリと強く感じる。
さらにはその後ろにいるリーンやイバルにスード、アーサもリューに刺激されるように殺気を放ったから、自分が全員を相手にするのは不可能だと察した。
「暗殺ギルドの長い歴史の中で、この本拠地に堂々と乗り込まれただけでなく、窮地に陥ったのは初めてであろうな。──生き残った儂の弟子達の命は救ってほしい。暗殺ギルドは儂の代で終わりにしよう……。──まさか、子供下級貴族に滅ぼされる事になろうとは儂も想像できなんだが……」
老人はリーン達に制圧された直属の『影の十人衆』の中に、生存者がいる事はわかっていたので潔く諦めるような事を告げる。
「ご老人、あなたがそんなに殊勝な性格だとは思っていないですよ? 下手な動きはしないでもらえますか? これ以上は僕も本当に手加減できませんよ?」
リューが、素直な反応のギルドの長に、なぜか再度警告した。
「子供とは思えない洞察力じゃわい……」
老人は不自然ではない程度に少し指を動かそうとしていたのだが、リューにそれを見抜かれ、今度こそ動けなくなる。
「リーン、老人が狙っていたこの本拠地を崩壊させる罠を解除してくれる? アーサは毒ガス噴射装置の解除を。イバル君とスード君は残りの十人衆を念の為、きちんと縛り上げておいて」
リューは老人から目を離さないまま、部下達に命令を下す。
「なぜそれを!?」
老人は発動させようとしていた罠を的確に見抜かれ、さすがに今度は驚きの表情を浮かべた。
「それが知りたければ、降伏を。部下にもそう命じてくれるかな?」
リューはそう警告すると、老人は今度こそ、観念したのか、閉じてあった部屋の扉を開き、拠点内の部下達に武装解除の命令を下すのであった。
「……それで、なぜ見抜けた?」
暗殺ギルドの長である老人は、緊張の糸が解けたのか、目の前の少年に好奇心で種明かしを求めた。
「はははっ。簡単な事ですよ。僕は物質『鑑定』持ちなんです」
リューはそう言うと自分の目を指差して見せる。
「くっ……。そんな単純な事だったのか……。だが、その情報は初耳だった……」
老人はリューの事を事前にかなり調べていたのか、苦虫を嚙み潰したような表情で残念がった。
「それで、ご老人。まずはお名前を聞かせてもらいますか? こちらも呼びにくいので」
「……儂の名はミザールだ。──……まさかギルドの歴代最強と謳われた儂が本当にギルドを滅ぼす事になるとはな……。皮肉な事よ……」
ミザールは自嘲すると、溜息をつく。
「今回、こちら側には幸いな事に死人が出ていないので滅ぼす気はありませんよ。(いや、イバル君は一度死んで復活したけどね……)──とはいえ、うちの身内に入ってもらいたいとは思っていますけど、どうですか?」
リューは脅すでもなく、勝者として命令するでもなく、腰を低くしてお願いした。
ミザールは突然の事に、ポカンとしてこの少年貴族を見つめる。
「……本気で言っているのか? 名だたる貴族や裏社会の一大組織でも我らを恐れ、依頼はしても傘下に入るように求める者はいなかった。それに、男爵程度の小僧に我らを使いきれるのか?」
ミザールは子供男爵の申し出に再度驚いて聞き返す。
「使い切れるか、ですか? そんなつもりはないですよ。僕はただ、うちの身内になれと言っているんです。それにあなたは僕に負けたんだから、今さらその僕を見下しても負けたあなたが恥をかくだけですよ? はははっ!」
リューはミザールの上げ足を取るような事を指摘して、軽く笑う。
「……身内……だと? ──……我らは負けた身だから、確かに小僧よりも格下か……。わははっ! 参ったわい。小僧、いや、ミナトミュラー男爵。弟子達や部下達の事をよろしく頼む。あとは暗殺ギルドの最後の長として、儂の首を落とすなりなんなり好きにしてくれ」
ミザールはリューの言いように思わず笑うと、完全に負けを認め、部下達をリューの傘下に入れる事を承諾した。
そして、自分はその場に座り死を覚悟する。
「いえ、ミザール、あなたにはもちろん、これからも沢山働いてもらいますよ? この王国の危機には、使える者はスライムでも使いたいくらいなので」
リューはいたずらっ子っぽくだが、百歳を超えているであろうミザールを死なせず、働かせる事を宣言する。
「! ──はははっ……。とんでもない主を持つ事になりそうじゃな……。──それで儂は何をすればいいんじゃ、主殿。確か他に目的があるような事を言っていたが?」
ミザールはこの食えない子供貴族に、お伺いを立てた。
「ミザール達を雇っていた相手の名前を教えてくれるかな? どうせ、雇い主側もしっかり調べているんでしょ? 僕達の本当の標的はその雇い主だからね」
「……雇い主の情報は守秘義務があるんじゃが、組織が無くなった以上、契約も無効か……」
ミザールは溜息をつく。
そして、リューに『王国裏会議』の議長の正体を素直に明かす。
その議長の正体が、王都にある大きな商会の一つで、リューも取引で顔を合わせた事がある親しい相手とわかって驚いた。
しかし、容赦する気は微塵もないから、すぐに顔を引き締める。
「時間が勿体ないから、僕が直接行って、始末をつけてくるよ。他の幹部はみんなでお願い」
リューはそう言うと、『次元回廊』を開こうとした。
「待ちなされ、主殿。それなら儂らの最初の仕事としてやらせてくれんか? すでに議長以外にはうちの部下達が張り付いているから始末は簡単だ。そして、議長の首は儂が直接行って取って来よう。皆殺しでいいのだろう?」
ミザールはリューの傘下としての最初の仕事を申し出た。
「僕の友人を殺しかけた原因を作った責任を、きっちり雇い主に取らせたいからね。──でも、任せていいの?」
「もちろんじゃ。そのくらいやらんと、部下達も新しい主殿の下で居心地が悪いだろうしのう」
ミザールがそう言うと、直属の配下であった『影の十人衆』の一人に目配せする。
するとその一人が懐から笛を取り出し吹く。
それは風を切るような鋭く小さい音が三・一・二回と鳴ったが、リュー達には微かにしか聞こえない。
だが、暗殺ギルドの訓練を受けている者達には、はっきり聞こえているようで広場にいた者達は外に駆けていく。
「これで、十五分後には全員のもとに命令が伝わり、幹部達は死体になる。それでは、儂も行ってきますぞ」
ミザールはそう言うと、背後の壁に手をやって魔力を注ぐ。
すると、人ひとりが入れる狭い個室が現れた。
そこに、ミザールが入ると、その個室は上に登っていく。
「エレベーターみたいなものか……。あれ欲しいなぁ。──『王立裏会議』はミザール達に任せて、僕達は王宮に乗り込む為の準備を始めるよ。時間がないからね」
リューはそう言うと、『次元回廊』を開いてリーン達と共に地上に戻るのであった。
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