第767話 無事の確認ですが何か?
リューは、意識が戻らないイバルをマイスタの街に運んでベッドに運んで様子を窺う事にした。
リーンの診断では、完全に毒は抜けきっており、怪我も治っているという事らしい。
心臓も正常に動いているから、問題は無さそうとの事である。
「今回の刺客の手口……。──多分、暗殺ギルドだよね?」
リューはイバルの無事を確認して冷静になると、その枕元で傍にいるリーンに漏らす。
「ええ、私もそう思うわ。でも、なぜ、こちらの動きがバレていたのかしら?」
リーンは一番の疑問を口にした。
リュー達は『簡易回廊』で速やかに移動し、『王国裏会議』の主要メンバーと思われる貴族の拘束に動いたのだ。
だが、刺客はその動きにいち早く反応して口封じを行ったように思えた。
「いや、バレていないと思うよ。どちらかというと、敵のボスが最初から保険を掛けていたんじゃないかな?」
「保険?」
「うん。今回のクーデターに合わせてぼろが出た時に、自分まで辿り着かないように主要なメンバーが拘束されそうな場合は口を封じる為、暗殺ギルドの監視を付けていたんだと思う。そこに、僕らが突然現れたものだから、依頼通り暗殺ギルドはメンバーを暗殺、逃走を図った。そこに、僕が彼らの逃走の際の手口を知らずに追いかけ、返り討ちになりそうになり、イバル君が庇ってくれた、という事だと思う……」
「……じゃあ、どうするの? 『王国裏会議』のボスに辿り着けるメンバーを殺されては、手の打ちようがないわ」
リーンはリューの推測に納得したが、問題の解決にはならない事に不満を漏らす。
「いや、まだ、『王国裏会議』のボスに辿り着く道は残っているよ」
リューは、意味ありげにそう答えた。
「どういう事?」
リーンは理解できずに聞き返す。
「『王国裏会議』に雇われている『暗殺ギルド』さ。彼らは少なくともあちらのボスに雇われ、そのボスを知るメンバー全員に張り付いているはず。つまり、『王国裏会議』の主要メンバーとボスを知っている事になる。だから、『暗殺ギルド』のボスに聞けばいい。ついでにイバル君の落とし前をつけさせる」
リューは当然のように告げる。
「その『暗殺ギルド』の拠点がわからないとどうしようもないじゃない。組織のボスもわかっていないんでしょ? それじゃあ、どうしようもないわ」
リーンは話が元に戻っていると言わんばかりに、嘆息した。
「こんな日の為に、以前の『屍黒』との抗争で繫がりを持っておいたんじゃない。あの時、表に出てきてくれたから、それ以降、メイドのアーサに『暗殺ギルド』について調べさせていたんだよ。──ね、アーサ?」
リューがそう言うと、寝室の出入り口付近で大人しく立っていたメイドのアーサに聞く。
アーサは元『闇組織』お抱えの殺し屋であり、王都一番の腕の持ち主と言われていたから、その筋の人脈はかなり広い。
フリーの殺し屋もたくさん知っており、実際その伝手で、『竜星組』所属にした者もいる。
そのアーサが人脈と知識を活用して『暗殺ギルド』の拠点やメンバー、ボスを調べてくれていたのである。
「若様、大変だったんだからね? お陰で僕の伝手がいくつか潰れたんだから。でも、それで拠点はわかったよ」
アーサはいつもの元気のよい笑顔で、応じる。
「じゃあ、とりあえず、『暗殺ギルド』の拠点に乗り込んで、『王国裏会議』について聞き出そう」
リューはそう言うと、イバルをアーサの部下でメイド、そして、エラインダー公爵の元二重間者であったダブラにあとを任せようとした。
すると、寝ていたはずのイバルが、リューの手首を掴んだ。
「……俺も行くぞ」
イバルはそう言うと、ベッドから起き上がる。
「無理はしなくていいよ。イエラ・フォレスさんの呪いの指輪のお陰で助かったけど、まだ、万全じゃないでしょ?」
リューがイバルの指に嵌められている指輪に視線を向けた。
「お陰で命拾いしたよ。──お? 外れた」
イバルが指輪に手をやると、これまでどうやっても外れなかった指輪が呆気なく指から外れる。
「それってもう、効果がなくなった、って事かしら?」
リーンはそう言うと、イバルの手からひょいと取り上げ、珍しそうにその指輪を見つめた。
そして、おもむろにイバルの手を取ると、その小指に、また、すぽっと嵌める。
「わっ!? リーン、また外れなくなったらどうするんだよ……。あ、外れた……。もう効果はないっぽいな」
イバルは再度安堵すると、ベッドから出てリーンにポンと投げて渡した。
「一回きりの呪いの指輪だったのね? ……って、外れないじゃない!」
リーンがイバルから渡された指輪を嵌めて確認すると、がっちり嵌まって外れなくなり、慌てる。
「はははっ! 次はリーンの出番だね。まあ、これでリーンの命が一回保証されるのなら、趣味の悪い指輪も悪くはないさ」
リューは笑って指摘するのであったが、すぐにその笑顔も引っ込んだ。
そして続ける。
「それじゃあ、『暗殺ギルド』の拠点に乗り込むから、アーサ、案内してくれる?」
「わかったよ、若様。じゃあ、私の部下達も連れて行っていい?」
アーサはそう言うと、ダブラに視線を向ける。
「いいけど、すぐに来れる人だけね?」
リューがそう答えている間、ダブラは寝所の窓を開けると、首にかけていた笛を吹く。
それは特殊な笛なのか、ほぼ何も聴こえないものであったが、内庭の方と街の方から、その返事なのかリューにも聞こえる笛の音がした。
そして、すぐに侍従の恰好をした若者が二人。そして、数分の間をおいて職人姿の男達が三人駆け付けてきた。
「……想像以上に早いね。これが、アーサの部下?」
リューも知らなかったので、確認する。
「うん。マーセナルさんとランスキーさんには許可を取っているんだよ? 若様には秘密にしていたけどね」
アーサはそう言うと、五人の部下に視線を向ける。
すると、それが合図なのか、臨戦態勢とばかりに懐に入れてあった仮面を装着した。
「この五人は、暗殺もやれるし、普段は普通に仕事もするよ。王都内にも十人程潜入しているから、あっちに行ったら改めて紹介するね」
アーサは部下のダブラ以外に仕事を仕込んだ部下達を自慢げに紹介する。
「……確かに、それっぽい雰囲気のある人達だね。わかった、人手は欲しいし、アーサの部下達も連れて乗り込むよ」
リューはそう言うと、リーンとイバル、アーサとその部下五名、ダブラは留守役として残し、『次元回廊』で王都に向かうのであった。