第766話 親友の死ですが何か?
リュー達は部下達が掴んだ情報を基に王都内にいる『王国裏会議』のメンバーである貴族邸の前までやって来ていた。
現在、王都の貴族はオウヘ王子軍により、自宅軟禁が行われており、その中で脅迫に近い取り込みが行われている。
その為、どの貴族邸の出入り口にも、オウヘ王子軍の兵士が常駐しており、一見すると護衛しているように見えるが、軟禁しているのである。
だから、その貴族も軟禁されているうちの一人と思われた。
しかし、よく見ると、兵士の腕章が赤色と青色でわかれているのがわかる。
赤色の腕章を付けた兵士のいる貴族邸は、オウヘ王子軍に降った貴族を意味し、青色はまだ、そうでない者を意味するのだ。
リューはイバルと部下十名程を裏に回し、自らはリーンとスードと共に、フードを被り、仮面を付けて貴族邸の正面から近づいて行く。
赤色の腕章をした兵二人がリュー達三人を見て、
「そこの三人、止まれ」
と警告を発する。
自分達は王都を占拠している勝者側だから、それで事足りると思ったのか、まだ、余裕がありそうだ。
しかし、接近するリュー達が早歩きから、一気に速度を増して駆け、距離を詰めてきた事で、兵士達もただ事ではないと感じて腰の剣に手をやる。
だが、抜く暇はなかった。
門の両側に立っていた兵士二人はそれぞれリーンとスードがその腹部を殴って気を失わせたからだ。
リューはその二人の間を通り過ぎて玄関に向かう。
スードは兵士二人を担いで敷地内に入り、リーンはリューの後を追う。
そこからは、あっという間であった。
リューは玄関を蹴破ると、部下の情報により室内の間取りを把握していたので、この時間、貴族がいるであろう執務室まで真っ直ぐ向かい、室内にいた執事と思われる男を軽くひねって気を失わせ、貴族本人は窓から逃げようとするのを首根っこを掴んで机に投げつける。
貴族は呆気なく気を失って拘束となった。
その間にリーンは駆け付けた私兵二人をあっさり倒し、裏口から侵入したイバルと部下達は屋敷内の侍従や侍女、貴族の家族を全員縛り上げ、他の者達はめぼしい資料を回収する。
リューは貴族が逃げようとして開けた窓を閉めようと窓際に近寄った。
その時リューは、強い殺気を感じた。
とっさに窓際に体を隠す。
すると、気を失って縛られていた貴族が、苦しみだした。
「! この男の治療をお願い! 僕は刺客を追う!」
リューは窓の外から毒針を打ち込まれ、リューはそれをとっさに躱したのだが、それはリューに躱される場合も考えて射線上に貴族も入れたものであったのだ。
リーンはすぐに、「わかったわ!」と応じると、駆け付けたイバルとスードに視線を向けて頷く。
イバルとスードはその意味を理解すると、部下に後を任せてリューを追いかけるのであった。
刺客は貴族の小さい庭の木陰から逃げたので、リューに捕まるのも時間の問題かと思われた。
実際、リューは刺客を目測で通りの当たりくらいで取り押さえられる距離だと計算する。
だが、刺客は身体強化魔法を使用していたのかリューの予想よりも意外に動きが素早く、人の多い通りまで逃げ込む。
リューは舌打ちしたい気分だったが、まだ、見失っているわけではない。
追いついてきたイバルとスードに、
「あの黒髪の男だ。追い詰めるよ」
と指示しリューは人混みをかき分けて後を追いかけた。
その時である。
人混みの中、こちらに歩いてくる通行人がいた。
その通行人は微妙にリューに近づいている気がする。
護衛役のスードはリューを追いかけながらそれに気づき、リューの前に出た。
疑いは正しく、その通行人は、袖の内側に隠してあった刃物を取り出し、リューに襲い掛かる。
だが、スードがその刺客の手首を掴んで人混みの中で、投げ飛ばす。
これには周囲の通行人も驚いたり、悲鳴を上げた。
一人の女性がスードが投げ飛ばした刺客に接触して倒れ込む。
リューはそれを見て刺客を追うのを諦めて、声をかけた。
「大丈夫ですか?」
リューは仮面を取り、女性に手を差し伸べる。
「一体何が……」
女性は驚いた様子で、茫然としていたが、リューに気づいて手を伸ばした。
その時である。
イバルが、横からとっさに手を伸ばして女性の手を掴もうとしたリューの手を払った。
リューは突然の事に驚く。
払ったイバルの手は、女性の手に接触した。
「リュー、こいつも刺客だ、手の内側に毒針を仕込んでいやがる、捕らえろ……」
イバルは手を押さえると苦痛に顔を歪ませて警告する。
そう、イバルはリューの手を払った弾みで、刺客の毒針が刺さったのだ。
リューは、すぐに女性刺客を取り押さえる為に動く。
その時である。
スードが取り押さえた刺客が苦しみだした。
どうやら口内に毒を仕込んでいたのか、吐血してあっと言う間に絶命する。
スードが驚き、リューもそれに一瞬気を取られると、女性刺客も同じように苦しみだして絶命した。
そして、それはイバルも例外ではない。
イバルも毒針の毒が体に回ったのか、顔色が見る見るうちに真っ青になっていく。
刺客と違って手からだったので、イバルはとっさに口で毒を吸い出し、脇の血管、腋窩動脈を抑える為、懐にあった紐で毒の流れを止めようとした。
その処置の為か、即効性のある毒に耐えてはいたが、それでも猛毒なのだろう、イバルの体は冷たくなっていく。
「!」
リューはスードに慌てた様子で視線を向けて頷く。
リーンを呼んできてくれという事だ。
スードはすぐに理解して貴族の屋敷方面に急いで駆けていく。
その間、リューはイバルに声をかける。
「大丈夫だよ。すぐにリーンが来て解毒して治療するから、安心して……」
リューは腕の中で急速に冷たくなっていく親友を感じて、絶望的な気持ちで声をかける。
「……迷惑……ばかりかけて……いるな……、俺は……。今まで……、ありがとう……」
イバルは死を覚悟したのか真っ青な唇でそう最後の気力を振り絞って感謝を告げる。
「そんな事はいいから、ちょっと待って! ポーションでどうにか──」
リューは普段想像できない程、混乱した状態で、回復ポーションや解毒ポーションをマジック収納から取り出し、イバルの口に流し込む。
だが、その毒は特殊なのか効果を発揮している様子はない。
そして、イバルの口元からポーションの一部が流れ落ちた時、イバルは完全に呼吸が止まり、こと切れるのであった。
「!」
リューは、その瞬間、込み上げてくる涙を抑える事が出来ず、イバルを無言で抱き締める。
そこに、リーンとスードが駆け付けてきた。
リーンが、リューをイバルから引き剥がすと、何も言わずに治療と解毒を試みる。
リューは涙を流しながら、無言だ。
周囲の通行人達は、死人が出た事に驚き、リュー達を遠巻きにしてざわついていたが、リューはそんな事を気にしていられる状態ではなかった。
リーンがすぐに、治療を止める。
リーンでも使用された猛毒の種類がわからないと、治療が困難だったのだ。
それに、イバルはすでに息を引き取っている。
リーンもその現実を受け入れ、その目に見る見るうちに涙が溜まっていく。
「──ルの馬鹿……!」
リーンがリューを残して死んだイバルの事を怒ってそう口にした瞬間であった。
イバルの左手に嵌めてあった指輪が一瞬小さく光る。
すると、毒針が刺さった手の傷が消え、毒で侵され、変色した肌が見る見るうちにもとの健康的な色に戻っていくではないか。
「「「!?」」」
リューとリーン、スードは、その様子を驚いて見ていたが、すぐに黄竜イエラ・フォレスがイバルに渡した指輪が何かの力を発動したのであろう事を察した。
リューは無言でイバルを担ぎ上げると、三人で路地裏に急いで移動し、『次元回廊』でマイスタの街まで急いで戻るのであった。