第764話 南東部の戦場ですが何か?
王都でリューが国王を含めた首脳陣の救出とオウヘ王子軍・『王国裏会議』の一掃、そして、中央の一日でも早い機能回復を目指す事を考えていた時、南東部の最前線では、王国軍、スゴエラ侯爵派閥、ランドマーク伯爵派閥軍が、帝国南軍と初めて野戦でぶつかっていた。
「弓隊、一斉射撃!」
対帝国南軍戦の総指揮を任されているスゴエラ侯爵は、中央で兵を指揮していた。
左翼にはベイブリッジ伯軍、右翼にはランドマーク伯爵派閥軍が、スゴエラ侯爵の号令に合わせて自在に動く。
訓練が行き届いている事もあるが、どちらともスゴエラ侯爵の戦友として戦場を共にした仲だから息もあっている。
両軍は弓矢で先制攻撃を行ってから進軍するとぶつかり合った。
味方は籠城戦で鬱屈としたものがあったからそれを吐き出すように、帝国軍に向かったし、敵は敵でようやく城攻めから野戦に出てきた王国軍を打ち負かす為に血気にはやっている。
両軍激しくぶつかると、一進一退の攻防が展開されるのであった。
「正面の敵はやはり、数で劣るうちの右翼を打ち破って戦況を優位に運ぶ算段のようですな。さらに兵を投入してきたようですぞ。どうします? そろそろ俺が前に出ましょうか?」
ファーザの傍で戦況を見守っていた領兵隊長スーゴが、戦況を見て提案する。
「ああ、倍の数の兵をこちらにぶつけてきているな。……だが、まだ、予備兵は投入できない。ここは投入無しで踏ん張ってもらわないと後が続かないからな」
ファーザは兵数の圧倒的不利を理解していたからこそ、我慢の時間だと判断しそう答えた。
「……わかりました。──おっ? リュー坊ちゃんのところの部隊が前に出て押し返し始めましたぞ。あのランスキーという指揮官、以前の対南部派閥戦でも感じましたが、戦の流れをよく理解している動きですな」
ファーザと領兵隊長スーゴが前線の動きがにわかに慌ただしくなった様子に気づき、その発端がランスキーの部隊であったので、こちらの会話が聞こえているかのような動きに感心する。
ランドマーク派閥軍は、主力は当然ながら本家の領兵隊だが、同数で次男のシーパラダイン男爵家の領兵隊、そして、各派閥貴族の領兵隊と続く。
与力であるミナトミュラー男爵家も派閥貴族以上の兵を出しており、その兵の練度や最新武装から、最初から前には出さないようにしていたのだが、隊を率いるランスキーは敵軍の倍の兵数で圧力をかけられている味方の苦戦を感じ、その味方を一旦休ませる為に、前に出て敵を押し返したのである。
ランスキーは先の大戦ではそれこそ『闇組織』の幹部であったが、帝国軍の侵攻については積極的に抵抗の為に部下を動かしていたので、戦についても経験があった。
あとは、本人の持って生まれたセンスだろうが、隊を率いる指揮官としての才能もあるようである。
副官には元冒険者でミナトミュラー家の執事助手であるタンクもいて、こういった我慢を強いられる戦いにはもってこいの才能があった。
それが守りに徹する忍耐力である。
ランスキーはその才能を生かしつつ、敵の圧力を押し返して耐えながら、右翼の戦場の均衡を保ち続けているのであった。
「敵の右翼は意外に耐えているな」
帝国南軍を率いるヤン・ソーゴス将軍は丘の上で指揮を執りながら、この戦況を冷静に見守っていた。
「はい。先の大戦でも我が帝国軍を苦しめたカミーザ・ランドマークの子倅が指揮を執っている様子。ですが、敵右翼に対している我が左翼には、こちらの精鋭部隊を布陣させておりますから、その圧力に耐え続けられるのも、時間の問題でしょう」
冷静に部下が、ヤン・ソーゴス将軍にそう戦況を伝える。
「その割には、……かなり押し返されているぞ?」
左翼の前線では敵軍から歓声が上がり、先程まで圧していた味方が押し返され始めていた。
何度も言うが、兵力差は倍で圧倒的有利のはずなのにである。
「……一時的なものでしょう。ですが、念の為、後方の部隊を回しておきます」
部下は丘から見える左翼の陣形が、歪んで中央が凹んだ形になっていたので内心驚き、すぐに指示の為の旗を振らせた。
「……我が帝国軍はこの戦いの為に、ここまで何年もかけて兵の練度を高めて臨んでいるが、敵も報告にはない精鋭がいるようだな」
ヤン・ソーゴス将軍は、左翼の動きを見て、素直な感想を漏らす。
本来なら、味方の士気を考えると敵を褒めるのは良くない事であったが、この天才将軍は、敵でも評価すべきところはするようであった。
左翼は、陣形が崩れかけたのも一瞬で、後方の部隊が動いて押し返す事で、陣形は元に戻っていく。
「……損害を確認しておけ。ここから見たところ、左翼の被害は意外に大きいかもしれない」
ヤン・ソーゴス将軍は左翼を押し返してきた敵の一部隊の動きが、激しいものに見えたので、そう命令する。
「はっ!」
部下はその将軍の鋭い指摘に慌てると、左翼に人を走らせるのであった。
そのランスキーの部隊はというと、
「若の顔に泥を塗るなよ、お前ら!」
と叱咤激励して領兵隊に発破をかけていた。
兵士達は、「「「おう!」」」と声を揃えると、味方の部隊と入れ替わるように、前線に乗り込み、一気に押し返し始める。
まるでリューの名前で、味方にバフがかかったかのようであった。
ミナトミュラー部隊は、敵の圧力を凶戦士のような勢いで斬り込み、激しく攻撃を開始する。
先程までは、派閥貴族隊とジーロ隊を精鋭部隊で押し込み始めていた帝国軍であったが、それを上回る勢いであっという間に、切り崩され陣形が破壊されかけていた。
陣頭指揮を執る敵指揮官は慌てたが、すぐに本営から後続部隊の投入指示があったので急いで投入して押し返す。
こうして、一進一退を繰り広げながら、硬直状態のまま、この日は両軍とも矛を収めるのであった。
そして、リューはというと……。
王都で作戦を練っている最中であった。
マイスタの街の防衛もあるので、街からは数を割けないが、『竜星組』を動かす事はできる。
さらに、様子を窺っていた『月下狼』と『黒炎の羊』と連絡を取り、協力を取り付ける事に成功した。
幸い、オウヘ王子・『王国裏会議』軍は、裏社会と表立って揉める気がないのは明らかである。
あちらとしては、いらぬ刺激を与えなければ、こちらが進んで揉め事に顔を突っ込んでくる事はないだろう、という予想があった。
それはほぼ正解である。
裏社会は表の規則とは違う論理で動いているからだ。
そこには『利』があり、それが絡まない限り、損する動きは一切する気がないのが裏社会なのである。
だが、今の裏社会にはリューとその傘下である『竜星組』が存在する。
リューの利益のもとに動く『竜星組』は、裏社会の規則に縛られず、リューの為に動く事を辞さない組織であったから、敵もそこまでは読めないでいた。
「こちらの有利な点は、敵の本丸がオウヘ王子軍だけではなく、裏で動いている『王国裏会議』でもある事を知っている事。そして、こちらが裏の組織だから自分達の動きに介入してこないと信じている事。それを利用してこっちは反撃の準備をするよ!」
「「「へい!」」」
部下達が一堂に会した建物内で、リューがそう声をかけると、一同は声を揃えて返事をする。
そして、命令に従って王都中に散っていくのであった。