第763話 最悪までの期限ですが何か?
現在、オウヘ王子軍と秘密結社『王国裏会議』により、王都を占拠されるという事態に陥っている。
これにより、中央の伝達網は麻痺し、前線への物資の供給や援軍を送るという状況ではなくなっていた。
王宮からの命令は、占拠しているオウヘ王子により下されており、各地から集められた王国地方軍はそれに従う状況になっている。
彼らは王家の紋章と国王の代理を名乗るオウヘ王子のサインが入った命令書に従うほかないからだ。
それに、隊長によっては、『王国裏会議』の会員である者もいて、今回のクーデターは王国改革の一環であると兵士達を説いて、オウヘ王子軍の傘下に積極的に入っている部隊も少なくない。
これにより、状況が把握できず困惑する地方軍もいたが、それらは王宮からの命令に従い、王都郊外に駐留しているようであった。
その為、王都内は地方軍によって厳戒態勢が取られており、外との出入りも厳しく監視がなされている。
食糧や日常用品の運び込みは積極的になされているが、それを扱う商会も現在、規制が行われていた。
その中でも、『王家の騎士』の称号を持つランドマーク商会とミナトミュラー商会は、完全に排斥されているからだ。
すでに王都内のランドマークミナトミュラー両商会の店や事務所、倉庫などは全て押さえられ、略奪に近い状態で売り上げから商品に至るまで、全て没収されていた。
リューも『次元回廊』とマジック収納を駆使して被害を最小限に抑えるべく動いたのだが、兵の数で勝り、最初から狙い撃ちで動いていたオウヘ王子軍には敵わず、ミナトミュラー家の酒造部門が入るビルなどは小銅貨一枚も残らないくらい全て奪われていた。
それでも運が良かったのは、従業員にほとんど被害が出なかった事だろうか?
リューは、商会の財産よりも従業員の安全確保を優先して動いたのである。
その為、商会ビルなどが被害に遭っている間に、各責任者が従業員を緊急時の避難場所に逃がし、そこにリューが現れてマイスタの街に避難させた形だ。
その中には、ノーマンの妹ココもおり、無事、マイスタの街で保護されている。
ランドマーク商会の各店舗、事務所も同様で、これらはランドマーク家の方針通りだ。
ランドマーク家は、常に、『領民や従業員は家族であり、明るい未来への財産である』という立場を取っていたから、これにより、両商会の被害は甚大であったが、人が無事な分、再開はいつでも可能と考えている。
もちろん、これにより、リューの怒りのメーターは振り切れそうではあったが……。
それも、傍にいるリーンやランドマーク本領で留守役を務める長男タウロが、領民が無事ならなんとでもなるという説得で、リューも正気を保っていたのは言うまでもない。
「各責任者の中には、最後まで抵抗して拘束された者もおりますが、ほとんどはすぐに避難して無事だったようです」
王都内でイバルと合流して被害状況を調べていたノーマンが報告書を提出してそう知らせた。
「ノーマン君、ご苦労様。孤児院の方は?」
リューは、王都内の『竜星組』の縄張り内にある安全領域で、報告を聞いていた。
そこには、イバルや王都『竜星組』の事務所を任せている各責任者から、商会の各責任者、などが集まっている。
本当は、さらに系列の組長、幹部連中も集合しているのだが、これらはリューの顔を知らない外様なので、他の場所で待機させていた。
「孤児院にも立ち入りがあったけど、元々奪い取るものはほとんどないので、被害は微々たるものです。うちの教育を受けている子供達が抵抗しようとしましたが、若様の命令により、抵抗するなと言われると大人しく従ったようです」
「ふぅ、それなら良かった……。──今のところ、『竜星組』の縄張りには入ってこないところを見ると、こちらとは揉めたくないみたいだね。だけど、本家とうちの表の顔を潰された身としては、黙っていられない。王都自宅であるランドマークビルも荒らされたしね」
リューは冷静を保っているが、こめかみはピクピクしている。
それだけで、王都『竜星組』の現場責任者達には緊張が走っていた事は言うまでもないだろう。
「さっき、ランドマーク家とリューの首に懸賞金が付いたようだ。オウヘ王子と『王国裏会議』は、『王家の騎士』の称号持ちは、危険だと認定したようだぞ」
イバルが、部下からの新しい報告をそのまま、リューに伝えた。
「オウヘ王子とは、色々あったからね。──このままだと、マイスタの街も危険になるだろうから、あちらは執事のマーセナル、大幹部のマルコ、ノストラ、ルチーナに一時任せて、こちらは僕の命令に従ってもらうよ」
リューはリズ王女から国王の救出を依頼されていたから、動かせる王都内の兵隊、『竜星組』の面々を見渡して確認する。
「「「へい!」」」
一堂に会していた責任者達は迷うことなく、リューの言葉に応じる。
「うん、みんなよろしく。──それでは引き続き情報を集めてほしいのだけど──」
リューが頼もしい部下達を見渡して満足すると、すぐに気持ちを切り替えた時であった。
新たな報告がイバルのもとに届く。
イバルは部下からの耳打ちに聞いていたが、目の色を変える。
「リュー、エラインダー公爵の周辺を監視させているサン・ダーロから報告だ。公爵が王都に向けて進軍を始めたようだ」
「! ──これは参ったね……。エラインダー領から王都到着まで早くて一週間程度かな……。それまでに国王陛下を救出して王都の機能を回復させないと、この国は本当に滅びてしまう。──周辺貴族の動きは?」
リューは今、このタイミングで一番動いてほしくないのがエラインダー公爵であった。
それだけに、オウヘ王子軍と連動しているとしか思えない動きに、眉間にしわを寄せる。
「エラインダー公爵派閥の貴族もそれに合わせて動き出しているようだ。エラインダー公爵が王都に到着する頃にはその兵力がどのくらいまで膨らむか想像がつかないな……」
イバルも初めての事態であるから、そう答えるしかない。
兵数はまだ劣るとはいえ、前線の王国軍は、帝国軍と互角に渡り合えるところまできていたのに、王都占拠による補給線の麻痺やエラインダー公爵の王都への進軍はせっかくの反攻ムードからどん底に落ち、それが致命傷になりかねなかった。
それだけに、リューは一週間で国王、宰相、ジミーダ第一王子の救出、王都の機能回復、オウヘ王子軍と秘密結社『王国裏会議』の一掃、そして、エラインダー公爵軍への対応をミスなくこなさなければいけないのであった。