第762話 続・子爵の意地ですが何か?
リューが助けたヤーク子爵が意識を取り戻した事により、クーデター当日、王宮内での出来事が伝えられる事になった。
その日、ヤーク子爵は国王を守ろうとしたが、執務室に立て籠った国王、宰相、近衛騎士団長と近衛騎士数名を包囲するオウヘ王子軍は、数が多く、近づけなかったという。
ヤーク子爵は、単独での救出を一旦諦め、王宮内で抵抗する近衛騎士達を集めて、再度、執務室前の奪還を試みようとした。
王宮内で激しい戦いが繰り広げられる中、王宮の一角でオサナ第四王子を守る近衛騎士の集団と遭遇する。
オサナ第四王子護衛で任務中であった近衛騎士達は、王宮から逃がそうと奮闘していたので、ヤーク子爵もそこに助けに入った。
「ヤーク五番隊長殿!? 助かりました!」
オサナ第四王子を守る近衛騎士達は、重装備の鎧姿に返り血を沢山浴びて、疲弊した様子であったが、ヤーク子爵の顔を見て少し安堵した様子だ。
「護衛隊長はどうした!? オサナ王子殿下の護衛担当は今月、ルシデン子爵ではなかったか?」
ヤーク子爵は、この場にいない同僚の顔を探した。
「ルシデン隊長は、殿下を刺客からお守りしようとして、すでに亡くなられました……。隊長が亡くなる寸前に、殿下を守って王宮から脱出するように命令を受けましたので我々はそれを遂行中です」
隊員達は、意気消沈気味にヤーク子爵の疑問に答える。
「……わかった。私がルシデン隊長の後を引き継ぎ、指揮を執る」
ヤーク子爵はこうして、この日、急遽、オサナ王子を守って王宮の外に脱出する決断をしたのだった。
一行は、ヤーク子爵がオサナ王子をマントで包んで抱きかかえ、残りの五名のうち二名が先頭を進んで道を作り、二名が王子の左右を守り、一人が最後尾を保守する形で王宮脱出を図る。
王宮内は混乱の中にあり、近衛騎士達も各隊、持ち場の死守に当たっていたので、そちらに敵が集中した事で、ヤーク子爵達は、意外に敵と遭遇しても突破するのは難しくなかった。
ヤーク子爵達は、王宮内部を熟知している事もあって、人気が普段ない通路や隠し通路を使用する事を考えたのだが、敵の侵入経路や短時間で王宮全体が混乱に陥り、国王の執務室まで肉薄していた事を思い出すと、ヤーク子爵が隊長権限で正面突破を決定する。
隊員達は、この決断に当然ながら驚く。
王宮には王族しか知らないものもあるくらい、至る所に隠し通路があるから、それを利用しない手はないと思っていたからだ。
当然隊員達は反対する。
無謀過ぎる、とだ。
「いや、どうにもこのクーデターは用意周到過ぎる。敵は隠し通路を使って侵入した可能性が高い。そうなると、そこに飛び込むのは、逆に危険だ」
ヤーク子爵は隊員達にそう説明すると、隊長として意見を通したのであった。
そのヤーク子爵の判断は結果的に正しかったようで、実際、王宮から脱出を図ろうと隠し通路を選んだ王族や重臣達は待ち伏せに遭い呆気なく捕縛されている。
国王と宰相もその可能性を考えたのかどうかはわからないが、近衛騎士団長と共に執務室で抵抗していた事は、ヤーク子爵も視認していたのであった。
こうして、オサナ王子護衛一行は、戦闘の激しい正面突破を試みる。
その結果、近衛騎士四人が戦死しながら、突破に成功した。
護衛の隊員達が一人になったヤーク子爵はオサナ王子を抱えたままでは戦えないので、くるんでいたマントを解き、オサナ王子には自ら歩いてもらう事で、その手を取って街中に逃げ込んだ。
そして、ヤーク子爵が戦闘でお腹に深手を負う。
オサナ王子も軽傷を負って、いよいよ危機に陥った。
そこで、最後の隊員が路地裏で追手を巻く為に殿を務め、ヤーク子爵とオサナ王子を逃がす判断をする。
ヤーク子爵はその間に、目立つ格好のままでは追手を振り切れないと考え、装備一式を脱ぎ捨て、干してあった粗末な服をオサナ王子に着せる事で目だたないようにする事でなんとか逃げ延び、気づいたら『竜星組』の縄張りに入り、発見された場所で動けなくなっていたのだという。
「情けない限りです……。しかし、隊員達は私を信じ、殿下を守る為に命を掛けてくれました……。私だけ生き残って恥ずかしい……」
ヤーク子爵は、王宮で同僚達が死んでいく場面を沢山見てきただろう。
それだけに、一緒に死ぬ覚悟もあったのだろうが、王家を守護する事が任務である以上、オサナ王子を守る事で自分だけ生き延びてしまった事に複雑な気持ちを滲ませるのであった。
「近衛騎士のみなさんが最後まで頑張ってくれたのですね……。王家を代表してオサナ王子殿下を守り通してくれた事に感謝します」
リズ王女は、自分達を護衛する近衛騎士達の名前を一人一人覚えていたから、目に涙を溜めながらも、毅然とした態度でヤーク子爵に感謝の言葉を告げる。
それは、近衛騎士全体への感謝であり、その責務を果たしたヤーク子爵個人に対するものでもあった。
すでに、オウヘ第二王子が率いる軍である事は、リューからの報告で知っていたので、リズ王女はこのような惨事を起こしたオウヘ王子を許す事はないだろう。
「リュー君。いえ、ミナトミュラー男爵。陛下救出に協力して頂けますか?」
リズ王女は、友人であり臣下でもあるリューに王女としてお願いをする。
「もちろんです、王女殿下。全力を尽くします」
リューはリーンと共にリズ王女の前で片膝をついて臣下の礼をとると、恭しく応じるのであった。




