第761話 子爵の意地ですが何か?
リューは部下からの報告があったわけありそうな負傷した親子? に会う為に、縄張り内の路地裏に向かった。
「若、あれです」
部下が指差した少し先には、軒下でうずくまる男と、その傍らで周囲を警戒している少年がいる。
遠目に見ても、男が負傷しており、出血もあるようだとわかった。
そして、その身なりは、質素に見えるがそれなりにいいものを着ているようである。
子供の方は、部下の指摘通り、あとから着せられた服に袖を通しているようで、サイズがあっていないのがわかった。
子供の方も、怪我をしているのか腕を庇っているようだ。
「……あれ?」
リューは遠目だが、二人のシルエットを見た事がある気がした。
リーンは当然ながらリュー達よりも視力が格段に良いので二人を確認したが、男はうなだれていて顔が見えず、少年もその男を心配するようにこちらに背中を見せて伏し目がちに周囲に目を配っているのでその顔を確認できないが、リュー同様、そのシルエットを見て、一緒に首を傾げる。
そんな態度の二人をイバルは不思議そうに「どうした?」と問う。
「警戒しているみたいだし、僕がちょっと行って話を聞いてくるね」
リューは、その親子? に会う為にリューはリーンとイバル、そして、スードや部下を角に待たせて歩いていく。
すると、その気配に気づいたのか、ピクリとも動かずうなだれていた男が、顔を上げ、少年を自分の背中側に移動させると腰の剣に手を回してこちらを睨む。
面を上げた男の顔は自分の血か、返り血で汚れていたが、その顔にはっきりと見覚えがあった。
いや、見覚えどころではない。
その男は、近衛騎士隊長でリューとも友人関係であるヤーク子爵その人だったのだ。
「ヤーク子爵!?」
リューは、驚いて名前を口にすると、駆け寄る。
「……その声……、ミナトミュラー男爵……か?」
ヤーク子爵は、聞き覚えのある声に反応すると、疲労と満身創痍に霞む視界で、リューの顔を確認した。
そして、それとわかると張り詰めていた緊張感から解き放たれたのか、ホッとした表情になった。
そして、
「……うじ……んか……を頼む……」
ヤーク子爵は、そう告げると、もうすでに限界を超えていたのか気を失ってその場に倒れ込む。
リューがそのヤーク子爵を抱き留めると、
「リーン!」
と背後で待機していたリーンに声をかけるのであった。
リーンにヤーク子爵の治療を任せている間、ヤーク子爵の後ろで身を隠していた子供の顔を見ると、そちらもリューの顔を確認して安堵したのか、その場で気を失う。
リューは子供を抱き上げ、その顔を確認すると、こちらも見覚えどころか、忘れてはいけない顔がそこにあった。
それは、クレストリア王国王家、オサナ第四王子(八歳)だったからである。
「王子殿下!?」
リューは、行方不明になっていたオサナ王子を、ヤーク子爵がずっと守ってこの場所まで逃げてきた事をすぐに理解できた。
ヤーク子爵は近衛騎士だ。
きっと、追手を撒く為、彼の誇りの象徴とも言うべき身に纏う鎧一式を投げ捨て、オサナ王子の為に、身を粉にして守りながらここにたどり着いたのだろう。
だが、ここは王都裏社会『竜星組』の縄張りであり、近づいてくる者は当然、その関係者であったから、ヤーク子爵は動けない体でオサナ王子を守る為に神経を尖らせて誰も近づけないようにしていたのだ。
オサナ王子もそんな場所で信用できるのは、ここまで身を挺して守ってくれたヤーク子爵だけであっただろうから、恐怖を押し殺して周囲を警戒していたに違いない。
下手をしたら、オウヘ王子軍に売り飛ばされる事くらいは幼くても想像できたのだろうから、身の危険は常に感じていただろう。
それだけに、リューの顔を見て、緊張の糸が解けた事で気を失ったとしても、それは仕方がない事であった。
「リュー、ヤーク子爵は思ったより傷が深いわ」
リーンが、魔法での治療だけでは、危険と感じたのかそう警告する。
リューはその言葉で、すぐに、マジック収納からとっておきのポーションを取り出し、躊躇する事無くヤーク子爵の深手を負うお腹の傷にかけた。
それでも深い傷の為、出血がまだあったから、リューはマジック収納から今度は、針と糸を取り出すと、それらにポーションをかけて清めると、自分の手も同じく清め、その場で傷を縫合し始める。
リーンはリューの行為に驚くことなく、魔法での治療を継続した。
その間、オサナ王子は、その横で倒れたままであったが、寝息を立てていたので、リューは治療に専念する事にする。
そして、傷を縫い終えるとイバルに、
「僕達は一旦、『次元回廊』で本領に少し戻るからあとの事はお願いね?」
と頼む。
「ああ、任された」
イバルはすぐに子供がオサナ王子と気づいていたので、短くそう答えるのであった。
リューとリーン、スードの三人は『次元回廊』でランドマーク本領にとんぼ返りすると、野戦病院と化している城館にヤーク子爵とオサナ王子を預ける事にした。
城館では、リズ王女が他の生徒や女性達に混ざって、母セシルの助手として負傷者の治療や世話をしていたのだが、リューに抱きかかえられたオサナ王子の姿を見て慌てて駆け寄る。
そんな姿を見るのは初めての事であったから、リューも内心驚くのであったが、リズ王女にとって死んでいたかもしれない血を分けたかわいい弟であったので、それもわかるような気がした。
「リュー君、ありがとう……。早速、約束を果たしてくれたのね……」
リズ王女は、寝息を立てているオサナ王子の顔を覗き込んで、少しホッとすると、リューに感謝の言葉を述べる。
「いえ、僕ではなくヤーク子爵にその言葉をお伝えください。彼は、オサナ王子殿下を単身守りながら、オウヘ王子軍の追手を撒いて逃げ延びていた様子。彼の働き無しではオサナ王子殿下は軽症ではすまなかったのだろう事が容易に想像できますから……」
リューは、そう言うと、オサナ王子を寝台に寝かせた。
「それでも保護してくれた事を感謝します。ヤーク子爵の容体は?」
リズ王女は改めて感謝すると、近衛騎士として最大の働きを示してくれたヤーク子爵の容体を心配する。
「危険な状況でしたが、峠は越えたと思います。あとは母やハンナ達に任せていれば大丈夫かと。それよりも、ナジン君達は大丈夫ですか?」
リューも、心配しながらも口に出さず控えていた言葉を口にした。
「ナジン君はこちらに来て容体が安定したわ。重傷だった三年生の数人はこちらに来た時にはすでに亡くなってしまっていたけども……。それでも、こちらに来て、もう駄目だろうと思われた人が数人助かったわ。セシルさんやハンナちゃんの治療やポーションの効果もだけど、ここは、それを強化するような不思議な力が働いているみたい」
リズ王女は、ランドマーク本領がイエラ・フォレスの加護に覆われている事を知らないが、不思議な力が働いている事には何となく気づいている様子である。
「……イエラさんは?」
リューは、その影の功労者である黄龍・フォレスの分身体を気に掛けた。
「それが、さっきから見かけないの。『遠隔操作では加減が難しいから一度戻るのじゃ』と言っていたのだけど、リュー君は意味がわかるかしら?」
リズ王女は、仲が良さそうなリューに意味を聞く。
「さあ……、何となくわかる気もしますが、心配する必要はなさそうですね」
リューはすぐに、ランドマーク本領の加護を強化する為に、制限のある分身体を本体のある魔境の森に戻したのであろう事を想像するのであった。




