第754話 王家が狙われましたが何か?
リズ王女クラスが教室に立て籠って襲撃犯に抵抗をしている頃、隣のクラスのエマ王女とその一行は、リズ王女クラスに襲撃犯が気を取られている間に、教室から他の生徒達に紛れて一緒に脱出していた。
「私達だけ、抜け出していいのでしょうか?」
エマ王女は、自国の宰相の息子で部下のサイムス・サイエンに疑問を口にした。
「姫様、襲撃犯が何者かわかりませんが、我々がいると、ノーエランド王国や立て籠もっているエリザベス王女殿下などへの交渉材料に利用される可能性があります。今は、姫様は我が国の大使館に移動してもらい、安全を確保するのが最良の策だと思います」
サイムス・サイエンは、冷静に答える。
「そうだぜ、姫様。襲撃犯が何者かわからない以上、こちらから巻き込まれてコトを大きくする必要はない。エリザベス王女殿下達を見捨てるのではなく、助ける為に脱出するんだ」
海軍元帥の孫であるシン・ガーシップも幼馴染でもあるサイムス・サイエンに同意してエマ王女を説得した。
「わかりました……。我々は他の生徒と一緒に学園から脱出して、我が国の大使館に行って各方面に学園の事を伝えましょう」
エマ王女達は、襲撃犯が学園だけの事だと考えての発言であった。
だが、実際は、王宮や王都全体で同じような事が起きていたのである。
では、その襲撃犯はどこから現れたのかというと、王都の警備の為に全国から招集していた王国地方軍が突然蜂起したのだ。
これらは、『王国裏会議』と呼ばれる組織が絡んでおり、息のかかった王国地方軍の隊長クラスを動かした結果である。
『王国裏会議』は、クレストリア王国の裏で暗躍する秘密結社であり、これまでも有力貴族や王族を裏から操っていたという裏の歴史があった。
しかし、その事が表に出てきた事は一度もなかった。
その為、『王国裏会議』自体は、その存在を否定されていた事もあり、組織自体は時代が進むとその影響力も昔に比べ、弱まっていたのも事実であり、今回はその弱まりつつある力を戦時下の混乱に便乗して回復しようという狙いがある。
と言っても、表向きは、一部の王族によるクーデターという形だ。
そして、表向きの首謀者は、王位継承権が王族の中で一番下まで落とされていたオウヘ第二王子であった。
オウヘ第二王子は、表でエラインダー公爵に後援をしてもらう一方で、裏では『王国裏会議』の一員として支援をしてもらっていたのだが、エラインダー公爵からは、「今は我慢の時」と抑えられていたのに対し、『王国裏会議』からは、今こそ、蜂起の時! と焚きつけられてそれに従ったのである。
事実、中央王国軍の大半は帝国軍の侵攻を止める為、最前線に派遣されており、手薄になった王都の警備に地方から招集した『王国裏会議』の息のかかった王国地方軍が入っていた。
いや、厳密には『王国裏会議』のメンバーがそうなるように動いていたと言った方が良いだろう。
『王国裏会議』は、愛国心を煽りつつ、現体制では現在の危機を乗り越えられないと危機感も煽っていた。
そうする事で現国王体制に不満を持たせて、『王国裏会議』の主張を正当化させるのだ。
これにより、王宮の襲撃や王都の占領を可能とするだけの軍を動かしていたのであった。
それに、オウヘ王子という正統な王族が、表向きには不満のある現国王体制に引導を渡すという主張のもとに、このクーデターを行っており、出鱈目な情報を基に不満を持った者や踊らされている者が、沢山従っている。
『王国裏会議』は、アハネス帝国の侵攻さえも、現国王が、挑発を繰り返した結果などという嘘を密かに広めていたのだ。
これらの情報になぜ、リュー達が気付かなかったのかというと、この一連の情報は、帝国側によるものと、考えていたからである。
それも一部正しいのだが、『王国裏会議』はそれにも便乗していたのだ。
ただの偶然の一致であったが、全ては便乗によるクーデターであった。
その為、秘密結社などという前時代的で裏社会とも関係性が薄いノーマークな組織があるとは、リュー達も思っていなかったのである。
それに、秘密結社というものは、常に暗躍しているというものでもなく、平和であれば誰も動かないのが普通なのだ。
今回、帝国の侵攻という一大事において、オウヘ王子の王位継承権問題、『王国裏会議』の国家や地方メンバーに対する影響力の低下、『支援者』に対するパフォーマンスなど、いろんなタイミングが重なって今回の事が起きたと言っていいだろう。
すでに、息のかかった地方貴族達も兵を派遣する名目で、王都を目指して進軍中であったから、王都の完全制圧は、間違いない。
『王国裏会議』は表向き、オウヘ第二王子のクーデターを支援して表に名前が出る事はないが、会員メンバーにはこれ以上ないアピールができるし、こちらの息のかかったオウヘ王子が現国王を退位させて玉座に付けば、また、『王国裏会議』は影でこの国に強い影響力を持つ事になる。
そうなれば、また、『王国裏会議』の存在は安泰であった。
そして、その『王国裏会議』の息のかかったオウヘ第二王子は、王族しか知らない隠し通路を通って避難を試みていた現国王と宰相を私兵に待ち伏せさせて、まんまと捕縛していたのであった。
「オウヘよ。これはどういう事だ」
国王は、隠し通路内で拘束されながらも、威厳をもって私兵を指示しているオウヘ王子を問い詰めた。
「王冠を正しい者の頭上に降ろす事にしただけですよ、父上。ジミーダ兄上はすでに拘束しております。父上の言動次第では、非業の死を遂げる事になってしまいますので、お気をつけ下さい」
オウヘ第二王子は、全く悲しくないが、悲しいという演技をしながら、非情な事を父親に通告する。
「馬鹿者! 血肉を分けた兄弟を殺すつもりか!? 馬鹿な事はするな、そんな事をすれば、国民はお前を許さないぞ!」
国王は自分の命も危うい状況であったが、親として愚かな息子を叱責した。
「ならば、父上、私に王位を譲って、その座から今すぐ退位してください。そうすれば、ジミーダ兄上やその他の弟妹達は、死なずに済みましょう」
オウヘ王子は、残忍な笑みを浮かべて、危険な行為を匂わせる。
「今、この国が帝国の侵攻を受けている時に、このような事を行い、この国が守れるのか?」
自分に酔いしれているオウヘ王子には何を言っても無駄だろうと思いつつ、国王はこの愚息にこの国の未来を問うた。
「父上と違い、貴族達は素直に私に従いますよ。彼らの弱みを私は握っていますから。それでも従わなければ、国賊として扱えばいいだけです。はははっ!」
オウヘ王子は権力を得る事にしか興味がなく、彼にとってその権力は絶対的なものであったから、それに従わない者はいないと思っているようだ。
貴族にとって王家というのは、自分の地位を認め、守ってくれるからこそ、貴族も王家の為に力を尽くすのだ。
それを脅して動かそうとすれば、当然反発は避けられない。
その時は従っても、王家に対する不信感から、他国に寝返る者も現れるだろう。
信用と信頼があってこその主従関係なのである。
生まれた時から権力を持っていたオウヘ王子にはそれが理解できていないのであった。
王都でクーデターが起きている頃、リューは丁度ランドマーク本家の城館前にいた。
日課である南東部戦線の情報を、留守役の長男タウロから受け取っている最中である。
傍にはいつも通り、リーンにスード、そして、近衛騎士でリューの護衛隊長であるウーサン準男爵以下五名がいた。
「じゃあ、お兄ちゃん、また来るよ。──ウーサン準男爵、『次元回廊』を使うのでお先に王宮に送ります」
リューは長男タウロに挨拶すると、ウーサン準男爵に手を差し出す。
「はい、お願いします」
ウーサン準男爵も慣れたもので、すぐにリューの手を取って、『次元回廊』で王宮に戻っていく。
近衛騎士を最初に全員送ってから、リューは半身を『次元回廊』に突っ込んで、あちらの出入り口をチラッと確認した。
すると、ウーサン準男爵をはじめとした、近衛騎士達が剣を抜いたではないか。
「え!?」
とリューは思わず、『次元回廊』から顔だけ出して驚く。
周囲を見渡す暇もなく、
「ミナトミュラー男爵、こちらに来てはなりません!」
というウーサン準男爵の声と剣戟の音が王宮の室内に響く。
その次の瞬間、空間から顔だけが出ているリューに対して、王宮側にいる見慣れぬ姿の兵士の剣が付き出されたので、リューは慌てて顔を引っ込め、ランドマーク側に戻るのであった。