第752話 王宮で緊急事態ですが何か?
クレストリア王国、王宮内──
「宰相よ、何やら妙な緊張感を王宮内に感じるのだが、これは気のせいか?」
国王が、昼の食事休憩中、同じく食事を共にしている宰相に話をふる。
「妙な緊張感……、ですか? 私は武人ではありませんので、その辺りの気配はわかりかねますが……。多分、戦時中という事で、王宮内にもそういった事への緊張感が増してきているのではないでしょうか? ……ですが、念の為、近衛騎士団長にでも確認しておきましょう」
宰相は今朝からの王宮の雰囲気には違和感を感じていても、それは戦時下による緊張であろうと思っていたので、気にしてはいなかった。
しかし、国王も同じ事を感じているとわかって、王宮の総責任者である近衛騎士団長に確認する事にした。
「陛下、お呼びでしょうか?」
近衛騎士団長は、近衛騎士団本部から事務仕事を放りだしてすぐに駆け付けて、用事を確認する。
「忙しいところ呼び出してすまないな、近衛騎士団長。今朝から王宮内に妙な緊張感を感じるのだが、何かあったのか?」
国王は近衛騎士団長を労いつつ、王宮の異変を問うた。
「今朝からですか? ……そう言えば、ヤーク隊長も同じ事を報告してきておりましたな……。──ちょっと失礼します」
近衛騎士団長は、国王の問いに、部下からの報告を思い出すと、国王に断りを入れて、執務室から廊下に出る。
そして、周囲を見渡し、警備にあたっている近衛騎士の部下や雑務をこなす侍女や侍従、仕事で奔走する貴族や官吏達の動きを確認した。
「……今日は最初から本部に詰めていたから、気づかなかったが……。──おい、念の為、陛下の周囲の警備を倍に増やせ、王宮内の巡回もだ」
近衛騎士団長は何を感じたのか、傍にいた部下に、そう命令を下す。
部下は、そんな上司の反応に緊急事態を感じたのか、「はっ!」と、疑問を口にする事なく、応じて足早に王宮内の待機室に向かう。
そこへ、入れ替わるようにヤーク子爵が、隊員数名を引き連れて国王の執務室に足早にやってきた。
ちなみに、ヤーク子爵とは、近衛騎士団の隊長の一人で、リューとは何度も顔を合わせ、その実力を認めている人物の一人だ。
近衛騎士団長は、国王に知らせる為に、執務室へ戻ろうとした直後であったので、そのヤーク子爵に気づいて足を止めた。
「ヤーク隊長、どうした?」
「団長、丁度良かったです。今朝も報告しましたが、王宮内に不穏なものを感じましたので、まずは、陛下にその事を報告しようかと。団長にも人員を回してもらおうかと本部にも部下を走らせたところでした」
ヤーク子爵は近衛騎士団長に真面目な表情で答えた。
その時である。
王宮の中庭辺りから、侍女の悲鳴が響いてきた。
「何事だ!?」
ヤーク子爵は、声のする方に声を上げて向かう。
すると、中庭の方から、侍女や侍従、官吏達が慌てた様子でこちらに駆けてくる。
「その方ら、止まれ! こちらは陛下の執務室だ。規則を守られよ! 集団でこちらにくるのではない!」
ヤーク子爵は、生真面目な男であったから、逃げてくる者達が五人以上で固まり、走って移動する事を王宮内では規則違反である事を理由に、止めようとした。
だが、逃げ惑う者達は、
「剣を持った見知らぬ男達が、無差別に周囲の者に斬りつけております!」
「すでに、騎士様や官吏の方が数名斬られております!」
「助けてください!」
とヤーク子爵以下近衛騎士達に詰め寄ってくる。
「落ち着け、ここは王宮である。全員職務を思い出──」
ヤーク子爵が詰め寄る者達を宥めようとした時である。
「ぐわっ!」
「なっ!?」
「な、何を!?」
ヤーク子爵の背後の部下達から声が上がった。
ヤーク子爵は思わず、振り返ろうとした瞬間、助けを求めてきた侍女の手許に光るものが見えた気がした。
ヤーク子爵は日頃の訓練の成果とばかりに、近衛騎士鎧の継ぎ目をとっさに庇うように身をよじる。
これはもう、本能としか言いようがなかった。
その瞬間、鈍い金属音が王宮の廊下に響く。
そう、ヤーク子爵は、助けを求めてきた侍女の一人に刺されそうになったのである。
「何をする!?」
ヤーク子爵は驚いて、その侍女を突き飛ばし、距離を取った。
そして、部下の方を見ると、すでに他の助けを求めてきたはずの者達に刺されて床に倒れているではないか。
「貴様ら、何をしている!」
ヤーク子爵は、この事態が何を意味しているのか、すぐには理解できなかったが、少なくとも彼らが演技をして自分達に近づいてきた不穏分子であると判断した。
剣を抜こうとするが、彼らは刃物をもって肉薄しており、それを振り払うのがやっとである。
ヤーク子爵が、その集団を相手にしていると、他の集団が、そのそばを駆け抜けていく。
それらは、明らかに外部の者で、王宮に相応しくない武装した姿である。
どうやら誰かが、計画的に近衛騎士達を襲撃し、その間に外部の者を招き入れたようだ。
ヤーク子爵はそう判断すると、大きな声で執務室の方に声をかける。
「団長! 何者かによる襲撃です! 陛下を守って逃げてください!」
ヤーク子爵の警告の前に、襲撃の声に危険を感じた執務室の国王や宰相、近衛騎士団長は、執務室の分厚い扉に鍵をして立て籠もっていた。
ヤーク子爵は、刃物を手に、目の色を変えて肉薄する侍女や侍従、官吏達に数か所刺されながらも、距離を取ってようやく剣を抜く。
そして、数人を斬り捨てるのであったが、すぐに武装した他の集団がやってきたので、抵抗するのであったが、国王の執務室前から引き離されてしまうのであった。




