第751話 知らない動きですが何か?
この数日、イバルは王都やその周辺、また、エラインダー公爵関連の情報を中心に集めていた。
戦争中に緊急の問題が起きるとしたら、その辺りだろうと予想していたからだ。
実際、きな臭い情報は、その辺りの動きが多く、情報収集専門のサン・ダーロからもエラインダー公爵の周辺で動きがありそうだと報告が上がっている。
この戦時下において、敵は帝国だが、その帝国にシバイン侯爵派閥は寝返ったし、その動揺によって、他の貴族達も戦況次第では寝返る可能性がある。
それに、何を考えているのかわからないエラインダー公爵がどう動くかによって、この戦況もどう転ぶかわからない。
だからこそ、イバルはランスキーの代理として傘下の者達にその警戒を十分させていた。
「エラインダー公爵の領地では兵が続々と動員されている……か」
イバルはサン・ダーロの報告を聞いて、眉をひそめる。
普通に考えたら、前線への援軍を準備していると考えるのが妥当だが、もし、万が一にもその軍が王都を攻めたら、拮抗しているこの戦いは一気に帝国側に流れるだろう。
日和見を決め込んでいる周辺貴族も王都の状況次第では、大貴族であるエラインダー公爵の味方に付く者が現れるだろう。
そんな心配はないと思いたいが、元父親について、イバルでさえその行動は予想できないでいたから、警戒は怠れないのであった。
悩みが尽きないイバルの下へ、
「イバルの兄貴、傘下の孤児院のガキ共から気になる情報が……」
という部下からの報告があった。
「孤児院の子供達から?」
正直、子供の情報を聞いて、頭の中を混乱させたくないというのが、正直な気持ちであったが、部下が気になるというのなら、話は違ってくる。
それに孤児院の子供達には自立させる為に、教育の他にも簡単な仕事をさせているから、ミナトミュラー家の為に働いているという自覚を持ち始めていた。
だから、それを知っている部下も聞き流せないと考えたのだろう。
「へい、実は、ガキ共が数人、近いうちに何か起きるかもしれないという話をしている大人を複数見かけているそうです」
「何かとは、なんだ?」
「それはわからないそうです。ただ、ガキ共同士で情報を共有していたら、そういう大人が何人も王都内にいたようで、偶然ではないかもしれないという結論になり、うちに報告する事にしたそうです」
部下も子供達の熱意に圧されて、イバルに報告したようだ。
「……すみません。実は自分も報告が……。それ系の話だと、実は夜の店の方で、現在一番人気のリリア・ムーマからも似たような報告が上がっています」
傍にいた部下の一人が、迷った様子で二人の会話に入ってきた。
ちなみにリリア・ムーマとは、元『屍黒』のボス・ブラックの妻役で影のボスであった魔族の淫魔と人のハーフで、現在はリューの庇護下にあり、夜のお店で一番人気を誇るホステスになっている。
「リリアさんから?」
イバルはリリアを、リューが大好きなただの一番人気ホステスとは思っていない。
元『屍黒』のブラックと共に、あの巨大組織を短期間ながら運営していた能力は伊達でないからだ。
その能力を買っているので、その言葉には耳を傾けざるを得ない。
「へい、そのリリア・ムーマからの報告では、お客が酒に酔った勢いで、近いうちに騒ぎが起きる可能性があるから、気をつけた方がいいと警告されたそうです。最初は、戦争中だから何が起きても不思議ではないので、話半分に聞き流していたようですが、同じような事を言う客が数人いたらしく、口説き文句にしては物騒なので、念の為、若の耳に入れておいてくれと頼まれました」
「……その情報の出所はわかるか?」
イバルはこちらの情報の外で、何か起きているのかもしれないと、感じ始めていた。
孤児院の子供達と酔った客の言葉という情報源としては、信用に欠けるところがあるが、複数集まればそこには何か根拠となるものがあると考えた方がよさそうだと、勘でそう感じたのである。
「いえ、それが……。──ガキ共の話では、その大人達は、最近、全く見かけないそうです」
「リリア・ムーマの方も同じようなものですね。その客はここのところ顔を出していないようです。名前と仕事先を聞き出していたので、こちらでも裏を取ろうと調べてみましたが、実在しない人物達でした」
「……何か起きる、か……。だが、その情報もこちらを揺さぶる為の嘘である可能性もあるが……。しかし、そうも言っていられないな……。──リューには俺から報告しておく」
イバルは部下達にそう応じると、報告の為、一路マイスタの街長邸に向かうのであった。
「──以上が部下からの不確定な情報だ」
イバルは、執務室でリューに一部始終を伝えた。
「……何か起きる、かぁ。この戦時下だから、さすがに情報が多すぎてその全てを処理できない状況だから予想が難しいなぁ……。今のところ考えられるのは、エラインダー公爵が軍を編成している最中だから、そっち絡みとは思うのだけど……。でも、エラインダー公爵がこのタイミングで裏切るとしたら、……この国は終わるよ?」
リューはイバルの報告を聞くと、真面目な表情で物騒な事を告げる。
「だよな……。俺もそう思う。だが、俺の元父親は慎重で完璧主義な人物なんだよな……。だから、何かやるとしても徹底した下準備を行う人だから、子供やホステスに情報を掴まれるような下手は打たない気がするんだよな」
イバルは、もう、関係ない相手である事を「元」で強調すると、そのうえで知っている限りの情報で分析を行った。
「……これまで、王都では地下通路の建設阻止や裏社会での動きをうちで潰して来ているわけだけど、もし、それらがエラインダー公爵の下準備の一環だったとしたら、怖いなぁ……」
リューはこれまでの未解決の出来事がいくつも頭を過って、寒気がする。
それらを大まかに結びつけると、王都を攻略する為の準備だったかもしれないと予想できたからだ。
「元息子の俺でもよくわからない人だからな。一応、サン・ダーロが逐一、報告はしてくれているけど、エラインダー公爵が軍の準備を始めた事で、周囲の貴族達も活発化し始めている。表向きは、ようやく派遣資金も集まり、招集できる見込みが出来たという言い訳をしてる貴族ばかりだが、内心はどう思っているかわからないな」
イバルは肩をすくめて答える。
「王家もその辺りは警戒しているみたいだけどね。地方から集めた王国地方軍の一部は前線に送らず、王都の守備に回しているから」
その辺りは、リューも前線に兵を直接送っている本人であるから、誰よりも兵の動きには詳しい。
「国王陛下もその辺りは、しっかりしているな。近衛騎士団も度々の問題の結果、人数が大分減ったが、一新されて諜報部も安堵しているのだろう? 部下の報告ではそう聞いているぞ」
「まあね。近衛騎士団諜報部は、一番、責任を感じていたからね。最近は情報漏洩が無くなったと喜んでいたよ」
イバルの言葉に、リューは、笑顔で応じる。
なにしろ、近衛騎士団諜報部には、『屍』の全体像を知るうえでは、その情報収集能力でかなりお世話になっていた。
それだけに、近衛騎士団内のごたごた解決は、喜ばしい事であったのである。
「でも、それは最近の事でしょ? その間に何か動いていたとしたら、やっぱり、エラインダー公爵が一番怪しくない? 近衛騎士団からの情報はもう必要ないくらいに陰謀が進んでいるとか」
黙って話を聞いていたリーンが、話に入ってくるとそう指摘した。
「怖いこと言うなぁ……。でも、うちがずっと間者を送り込んで徹底監視しているからね。下手な動きをしたら、勘のいいサン・ダーロ辺りが何か嗅ぎつけると思うよ」
リューは、その辺りは部下の事を信用しているから、そう漏らす。
「だが、リュー。国内全体の貴族の動きまでは、うちも全ては把握できていないから気をつけておいてくれ。エラインダー公爵ばかり気にしすぎて、何か見落としている可能性も捨てきれないからな」
イバルはそう念を押すと、執務室を出ていく。
外で待機している近衛騎士に軽く会釈すると、イバルは仕事に戻るのであった。