第747話 想像以上ですが何か?
帝国軍は阿鼻叫喚の地獄絵図になっていた。
敵の襲撃がある事を想定して準備をしていたにも拘らずである。
それは文字通りの意味で、準備万端で魔法攻撃に対する防御の為の大型魔導具やすぐに対応する為に配置した兵も、全てが無駄でしたとばかりに、城門は本来あり得ないはずの爆発に呆気なく吹き飛び、城外に野営していた帝国本土から派遣された援軍も、あり得ない爆風になぎ倒され、次から次に戦死していく。
兵士達は完全に、その想像を遥かに超える攻撃の前に混乱状態になっていた。
それもそうだろう。
通常の魔法攻撃や上位魔法の大半も、配置されている帝国の最新技術が詰まった大型魔導具で無効化されるはずだからだ。
だから、兵士達は、城への魔法攻撃は無いと高を括っていたから、その魔導具を無効化して降り注ぐ実弾での砲撃に悲鳴を上げて逃げ惑うのであった。
「敵は思った以上に、混乱してるなぁ」
リューはシシドー部隊に魔法大砲での攻撃を徹底させていたのだが、敵からの反撃は今のところない。
一部、壊れた城門から出撃しようとしている部隊もあったが、そこに砲弾を撃ち込んで部隊とその周辺が消し飛ぶと、敵は完全に震えあがっていた。
敵にも当然、魔法を使用する部隊がおり、強力な魔法に対する防御魔法もすぐに展開した。
しかし、その防御魔法も実弾は関係ないとばかりに難なく貫通し、その実弾の内部に仕込まれている魔石を特殊加工したものが、着弾と共に、爆発して周囲一帯を吹き飛ばす事で、敵の虎の子である魔法使い部隊も薙ぎ払われる事になったのである。
「こんな魔法のような実弾による攻撃は、誰も想定していないでしょうね」
リーンが眼前で行われる砲撃に呆れてそう告げる。
「お? 城外に野営していた敵部隊の一部が、こちらに向かってくるみたい。近づかせる前に砲撃!」
リューはリーンと会話しながらも、敵の動きをつぶさに観察しており、魔法大砲を台車ごと動かしてそちらに向けさせる。
そして、リュー自身は、上位の土魔法を唱えると、確認とばかりに城と野営地を攻撃してみせた。
リューの岩の雨は、敵上空に降り注ぎ、またもや兵士達は逃げ惑う。
「……うん、どうやら敵の対魔法防御魔導具は計算通り破壊できたみたいだ。──実弾ではなく、魔法弾に切り替えて攻撃再開! 敵を薙ぎ払え!」
リューは敵の防御体系を破壊できた事を確認すると、魔法弾に切り替えさせた。
なにしろ実弾は魔法大砲の砲身に大きな負担をかけるので、そこまで連発できないからだ。
それに、何より、一発がべらぼうに高い!
リューとしては、お金に糸目をつけないと言いたいところであったが、戦争は金持ちでもすぐに破綻しかねない程、お金がかかる。
調子に乗って無駄打ちして、あとでミナトミュラー家の財政が破綻してもいけないから、効果が出たら安い方に切り替えるのであった。
城内にいた指揮官は、城下どころか援軍部隊も吹き飛ばされていく現状に、茫然としていた。
一度、敵の攻撃地点を特定して反撃するように命令を出したのだが、出撃しようと城門に殺到するとそこを良い的とばかりに砲撃で消し飛ばされ、無残な結果になったので、指揮官の命令を遂行できる者がいない。
そんな中、城外で野営していた援軍部隊は、逃げ惑う者がほとんどの中、その援軍指揮官がリュー達の攻撃元を見定め、被害を抑える為に散開させている兵士達に命令を下した。
「敵の大半は、あそこの丘から攻撃を加えているぞ! 密集するな、散らばったままで丘を駆け上がり、敵に攻撃を加えよ!」
指揮官の冷静な言葉に、一部の勇ましい兵士達は、
「「「おお!」」」
と声を上げ、丘に向かう。
その数、五百程。
ほとんどが、徒歩である。
なにしろ、大地を揺るがす爆風と轟音に驚いて軍馬は逃げてしまったからだ。
だが、やられてばかりでは帝国軍人の誇りに傷がつくとばかりに、兵士達は丘を駆け上がり、数百メートル先の敵陣を目指すのであった。
しかし、その誇りもあっという間に、消し飛ばされる事になる。
敵の魔法武器は、実弾から魔法弾にすぐに変更して、丘を駆けあがってくる自分達に対抗してきたからだ。
さらには、強力な魔法を放つ魔法使いが数人おり、その者達によって、丘の途中で勇敢な兵士達は討ち取られていく。
それでも丘の上まで登れた者達は、陣形を整え待ち構えていた敵の集団に囲まれて同様に討ち取られるのであった。
リューは結果的に、こちらの十倍近くはあった敵を、奇襲とはいえほぼ無傷で壊滅に近いダメージを与える事に成功していた。
やはり、防御魔法魔導具を掻い潜り、広範囲を薙ぎ払う実弾と、魔導具では相殺され、威力も落ちるが、広範囲を攻撃できる魔法(拡散)弾の使い分けが功を奏した感じである。
そんな中、敵の勇敢な援軍指揮官は、少数の兵を率いて馬に騎乗したまま丘を駆け上がってきた。
そして、指揮官は魔法も使えるのか、密集していたシシドー部隊にとっておきの上位の火魔法を使用する。
だがそれも、リューによって阻まれた。
リューは、とっさにその上位魔法を相殺する形で同じ火魔法をぶつけたのだ。
両者の火魔法は、眼前でぶつかり消滅する。
「なっ!? 私の上位魔法を相殺させる事が出来る術者だと!?」
この指揮官は、南東部を侵攻しているヤン・ソーゴス将軍の援軍として派遣された優秀な男で、魔法に自信を持っている事もあり、相殺させる程の魔法に驚愕した。
視線の先には、少年と綺麗なエルフの女が立っている。
どうやら、その少年が魔法を使用したのか、すでに次の、魔法を唱えていた。
指揮官はそれを見て、急ぎ新たな火魔法を唱え、リューの魔法との相殺を狙う。
そして、また、両者の魔法はぶつかり合い、相殺する形で爆発を起こして消える。
だが、先程より明らかにリューの方が、早く魔法を詠唱して使用しているのがわかるように、指揮官の近くで魔法が相殺されたから、これには舌を巻くしかない。
「まだ、子供なのに、このような魔法を使用するとは化け物か!?」
指揮官は、そう吐き捨てるように叫ぶと、これ以上は上位魔法を使用するより、下位魔法で牽制しながら馬を駆けさせて斬り込んだ方が早いと判断、リューに突撃した。
リューはそれに対応するように、マジック収納からとっておきの武器である『異世雷光』を取り出す。
指揮官は、子供も自分とやり合う気だとわかると勝利の笑みが漏れる。
剣ならば体格差を含めて大人の方が俄然有利と睨んだからだ。
魔法は才能が大きく左右するが、剣は才能と経験、日々の鍛練がものを言う。
子供に才能があったとしても、帝国軍人として十年以上腕を磨いてきた身としては、勝てない要素がないと判断した。
おもちゃにしか見えないドスを握るリューに、指揮官は馬上から手にした長剣で斬りかかる。
あんな小さい武器ならば、この一振りで勝てる!
指揮官が勝利を確信した時である。
長剣とドスが交差し、想像を超える強烈な手応えが返ってきた。
いや、それ以上だ。
長剣を握っていた右手が一瞬で痺れてしまったからである。
「そんな馬鹿な!?」
指揮官は信じられないとばかりに声を上げた。
「そんな馬鹿な子供を相手にしているんですよ?」
リューは次の瞬間、軽く跳躍して馬上の指揮官にドスを振るう。
指揮官はそれをとっさに盾で防ごうとしたが、リューは、雷を帯びた刀身でその盾の上部と指揮官の首をあっさり斬り落とすのであった。
 




