第745話 局地戦で暗躍していますが何か?
クレストリア王国の北東部、東部、南東部の各地では、部隊レベルでの局地戦が行われていた。
それぞれの地域の本軍同士は、それぞれ布陣して睨み合いが続いているが、その周辺地域では、相手より少しでも有利な立場を取ろうと、小部隊による戦いが行われているのだ。
その中で、帝国南軍が狙っている土地の一つにベイブリッジ伯爵領があった。
ここは、睨み合っているスゴエラ侯爵軍が布陣する地域の北にある領地で、そこを取ることが出来れば、スゴエラ侯爵派閥軍と東部の王国軍との連絡を絶てる位置にある。
だから帝国南軍としては、連携を取れなくする為に、落としておきたいところであった。
それに対して、スゴエラ侯爵派閥、ランドマーク派閥両軍としては、地の利の他に、ベイブリッジ伯爵は戦友であると同時に、ランドマーク伯爵にとっては、息子の嫁の父親方、つまり、舅であり、さらには、ランドマーク商会の商品の生産工場がある場所でもあったから、そこを敵に奪われるのは、是が非でも避けたいところである。
とはいえ、ベイブリッジ伯爵は、帝国南軍の本隊と対峙するスゴエラ侯爵軍と合流していたから、つまり留守を狙われた形であった。
ちなみに、舅の領地の危機に長男タウロは、ランドマーク本領の留守を預かる身であったから、自由に動けずにいた。
そこで、動いたのが祖父カミーザとエルフの英雄リンデスである。
ランドマーク本領にはもう、留守部隊以外に動かす兵は無かったのだが、エルフ達を保護しているところであったので、そのお礼に男達は戦場に出る約束を交わしていた。
祖父カミーザと領兵隊と、そして、リンデスはエルフである事を隠し、率いる兵全員で黒装束に身を包むと、ベイブリッジ伯爵領に急行する。
ベイブリッジ伯爵領は、次々に町や村を落とされていたが、その中、領都で最後の抵抗を続けていた留守役でベイブリッジ伯爵の長男を、祖父カミーザとリンデスが救う事になった。
エルフ部隊は、夜間に得意の弓矢と魔法による襲撃を行い、一切姿を見せないまま撤退するという戦法でベイブリッジ伯爵領攻略部隊を疲弊させ、確実に戦力を削っていく。
これにより、ベイブリッジ領都防衛側も敵の攻撃の手が弱まってくれたので息を吹き返し、カミーザ達の襲撃に合わせる形で反撃を行い、敵軍を討ち破ったのであった。
カミーザ・リンデス部隊は、ベイブリッジ側とほぼ接触する事無く、敵の偵察を避けて消える。
これも先の大戦で祖父カミーザ達が行っていた手法で、こちらの手の内を見せない為に、味方にもその存在を秘密にするというものである。
幸い今回エルフの村の住人はほぼ死んだ事になっているから、この影無き謎の敵の存在は戦況を有利に運んでいた帝国南軍の肝を冷やさせる事になっていく。
さらには、ここにリューが南のシシドー一家を中心に編成した部隊を『次元回廊』で戦地に派遣する事にした。
この事により、祖父カミーザ達のエルフ部隊とリューの部隊により、敵の後方攪乱を行い、こちらの動きについて予想を絞らせないのであった。
クレストリア王国南東部攻略を任せられている指揮官ヤン・ソーゴス将軍は帝国随一の天才将校として、頭角を現してきた若者である。
今回の侵攻作戦における帝国の隠し玉とも言うべき将軍であり、クレストリア王国を滅ぼすうえで、王都侵攻以上に重要視している南東部の制圧を一任されていた。
その天才は、若い皇帝の期待通り、南東部侵攻後は戦上手で知られるスゴエラ侯爵に何もさせない手堅い指揮で兵力差で圧し込む戦いを展開している。
そう、戦上手同士の戦いというのは、相手の隙を狙う機会がない以上、正攻法での戦いに終始する事が多いのだ。
そうなると結果的に兵力差とその練度がものを言う。
ヤン・ソーゴス将軍はそれを狙っての消耗戦を展開していたのである。
お陰で、狙い通り、スゴエラ侯爵軍は、城に籠るしかなくなった。
だから、余裕のある兵を周囲に派遣してその地域の攻略を着実に行い、相手を追い込んでいく。
だが、その作戦に綻びが出始めたのは、エルフの村攻略からである。
村を滅ぼす事はできたが、帝国側の被害が尋常ではなかったのだ。
だが、恐れていた勢力の一つを滅ぼせた事で作戦は順調に進んでいるはずであった。
しかし、局地戦の一つであるベイブリッジ領都攻略戦において、所属のわからない敵部隊によって、味方が敗北を屈し、兵士達が逃げ帰ってきたのである。
それでも、ヤン・ソーゴス将軍は、まだ、それも想定内のつもりであったのだが、他の派遣してる部隊からも所属のわからない集団により敗北を喫し、占領地から一時撤退したという報告が増えていく。
「急にどうなっている……。敵のスゴエラ侯爵軍は、我が軍の攻撃により確実に戦力を削られていて、他所に兵を割く余裕はないはずだが……。報告されている地域を地図で確認すると、未確認の敵部隊は少なくとも全部で三つ以上はあるぞ……。何が起きているのだ……?」
天才ヤン・ソーゴス将軍をもってしても、敵の動きが読めずにいた。
それはそうだろう。
祖父カミーザは、この手の戦いが得意なうえに、リューの『次元回廊』によって南東部ならどこにでも一瞬で移動できるのだから。
まあ、一日一度しか使用できない『簡易回廊』を使用しながらではあったからリューにも限界はあるのだが、出入り口も設置する事で、いくつもの謎の部隊が各地に出現しているよう誤解させる事に成功していた。
ヤン・ソーゴス将軍は、最初、リューの『次元回廊』も疑ったのだが、情報では、三つまでしか出入り口の設置はできず、もっぱら王都と東部の最前線、そして、寄り親である本領のランドマーク家にしか移動できない事は、間者の報告からも確認している。
それだけに、早い段階でリューの事は可能性から除外されていたから、なおさら混乱させられるのであった。
「ランドマーク伯爵領に送り込んでいる間者から報告です! 南部の王国地方軍が王都を経由せずに直接援軍として駆け付け、現在、スゴエラ侯爵軍に合流すべく北上する動きを見せているようです!」
伝令が緊急事態とばかりにヤン・ソーゴス将軍に知らせる。
「それでも数はこちらが上回っている。それに、こちらの第二陣ももうすぐ、到着する頃だろう。中央軍の王都への侵攻速度が予定よりかなり遅いが、それ以外は予定の範囲内だ。援軍が到着したら、改めて、近隣の小城を落としていき、スゴエラ侯爵の忍耐力を削り落としていく」
ヤン・ソーゴス将軍は、冷静にそう判断すると、その際に敵の謎の部隊を罠に嵌めるべく作戦を練るのであった。
その頃のリューはというと……。
「おじいちゃん達、ベイブリッジ伯爵の領地を全て取り戻したみたいだね」
リューは、南東部のとある山間部でリーンにそう漏らす。
そこには、シシドーとその手下達五百名も集結している。
だが、リューをいつも国王の命令として護衛に付いているウーサン準男爵と近衛騎士団の面々がいない。
「リュー、そろそろ戻らないと、今回も会議中にしては長すぎるわよ?」
リーンが大事な事を指摘する。
そう、リューとリーンは、会議という名目でウーサン準男爵達を会議室の外に追い出し、その間に、ランドマーク本領に到着したシシドー達を南東部の落城した街の内部に『簡易回廊』で移動させ、敵を一緒に掃討、わずか二時間でそれを行って、近くの山林に消えるという演出を度々しているのであった。
「それじゃあ、シシドー達は南部に戻すね」
「「「へい! よろしくお願いします!」」」
シシドー達は、ひとしきり暴れた後で満足していたのか、元気よく返事をすると、南部の王家直轄領エリザの街に一旦、帰還するのであった。
「じゃあ、僕達も戻ろうか」
リューもここのところ、近衛騎士団の護衛もあってストレスが溜まっていたが、ひと汗かいて満足したようで、笑顔でリーンに告げるのであった。
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