第744話 部下達も頑張っていますが何か?
イバルは、リューの側近の一人として、現在、戦場にでているランスキーに代わってミナトミュラー家の直属部隊を率いて王都内で動いているであろう帝国軍の間者を炙り出している最中であった。
本来、直属の部隊は各地の情報収集が目的であったが、戦争勃発以後は各戦線の情報伝達を行いつつ、マルコに任せている竜星組、ルチーナに任せている総務隊と協力して動いている。
「リューは『次元回廊』で王国軍の輸送仕事に従事しています。戦時下の王国法により、あちらを優先しないといけないので、こちらは任せるとの事です」
イバルは、リューから指令をマルコやルチーナ、ノストラに伝えた。
「うちは、商会だから、王国法に則って動き、戦時下でも仕入れ数や品質を落とさないよう商売に励むだけだが、マルコのとこはどうなんだ? 戦争が進めば、嗜好品の規制とかも進んでくるだろう? 戦争は始まったばかりだが、すでに商品の値上げをするところもあるくらいだからな」
ノストラが商売人として、値動きを気にして同僚に問う。
「値上がりしそうな嗜好品はすでに押さえているさ。あとは夜の店や賭博などの娯楽はすでに自粛を求められてはいるが、それを裏でやるのが『竜星組』の仕事だからな。それよりも、帝国の間者の炙り出しだ。奴ら相当前から準備していたのか、身分証も正式なものを携帯していた。あれでは、尻尾を掴むのも大変だ」
『竜星組』組長代理であるマルコが、最近ようやく捕縛した帝国軍の間者について情報を告げる。
「それで、拷問はしたのかい? あとは芋づる式に引っ張ればいいさね」
総務隊を率いるルチーナが部下のノーマンを後ろに控えさせてそう提案した。
「それはとっくにやっているさ。だが、奴ら、五人一組で動いているらしく、そのチーム内では連絡を密にしているようだ。だから拷問で仲間の居場所を吐かせた時には、すでに他の連中には逃げられた後だった。情報共有もチーム毎に制限されているようで、うちが捕らえた奴のチームは、王都周辺の街や村の調査が専門だったようだ。つまり、王都包囲戦を想定しての情報収集だな。そして、チームのリーダーしか他所の仲間の情報を持っていないから、下っ端を捕らえても大した情報は得られなかった」
マルコはすでに引き出せる情報は全て引き出し終えた後らしく、そう報告する。
「という事は、捕らえた奴はもう?」
イバルはマルコの報告を聞いて、おおよその想像がついたとばかりに聞く。
「死んではいないぞ? だから、王国軍に引き渡してもいいが、すでに壊れてしまっているからな。逆にその事を責められかねない。いらぬ揉め事はごめんだからな。仕方ないのでうちで処分する予定だ」
マルコは、ため息混じりにそう答える。
それが、使えなくしてしまった事についての溜息なのか、それとも処分が面倒だからなのかはわからない。
とりあえず、ボスであるリューに届ける情報が少しは引き出せたので、その安堵のため息かも知れなかった。
「……わかりました。リューには、俺から伝えておきます。──ルチーナさん、部下には五人一組で動く《《まっさらな》》身分証持ちをマークするように伝えてください」
イバルは、意味ありげにお願いする。
「……なるほどね。間者は目立たない為に、真っ当な生活を送っている奴が多いだろうから、必要以上に綺麗な身分証を所持している可能性が高いという事ね?」
ルチーナは、イバルの言葉からそう察した。
「それも、ここ数年で所持した者が多いはずです」
イバルは、さらに付け足す。
「うちの新規の取引相手もちょっと調べておくか……。確か、東部方面出身の身分証持ちがいたからな」
ノストラもイバルの言葉に心当たりがあるとばかりに、告げる。
「怪しい奴は、うちに報告してくれ。あとはうちでやるから」
マルコは、詳しい内容を言わない。
これはリューに対してでもあるが、それは情報だけが伝えるのに必要なものであって、それ以外の報告は蛇足だからだ。
上に立つ者は、無駄な情報まで知る必要はない。
それこそ、拷問内容など聞いても、「だから何?」なのだ。
「お願いします。それでは、リューにこの情報を伝えますね」
イバルはランスキーの代理とはいえ、幹部達の中では最年少だからマルコ達には気を遣っている。
それに、マルコ達もリューの周囲に近衛騎士団の護衛が付いている事から、近づけないので不機嫌なのだ。
もちろん、マルコ達幹部は、ショタコンなどではないが、ボスであるリューをみんな慕っており、部下として報告ついでに会う事は当然あるのであった。
それが、近衛騎士団の護衛のせいで制限されていたから、不満が溜まっているのである。
現在、リューと会える幹部は、商会会長代理のノストラくらいであったが、そのノストラさえも会うのを控えている状況だ。
どうにも近衛騎士団の護衛の視線が気に食わないから、必要以上に会わないようにしているのである。
その中で、ミナトミュラー家の側近という立場で同年代のイバルは、常に会っても不自然ではない事から、みんなの報告は、彼が代わりに行っているのであった。
「──という事らしい」
イバルが、リューに幹部達の情報を丁寧に一言一句違えないように、時間をかけて伝えた。
リューは現在、王都郊外にある王国軍の訓練場近くに滞在している。
各地から派遣されてくる兵が一時集結する場所に指定されているからだ。
そこでリューは、連日兵士を『次元回廊』で派遣する作業を行っているので、最近では、その訓練場内にある一軒家の一つを休憩所代わりに借りているのである。
その一室をリーンの防音魔法を使用して、イバルが報告を行っている最中であった。
「敵は準備万端で情報収集を行っているわけかぁ。王都攻略まで計算しているという事は、帝国軍の西侵は、この国を亡ぼすまで行うつもりという事だね」
リューは帝国の王都周辺の情報収集をそのように解釈した。
帝国軍の侵攻がどこまで本気なのかというのは、実際のところ、こちら側の者にとっては誰もわからない事であったが、間者の動きだけでリューはあちらの皇帝の狙いを見抜いてしまったのである。
「……言われてみれば、リューの言う通りかもしれない……。──王都周辺の警戒はより一層、うちでやる事にするよ」
イバルは、この友人であり、同級生であり、上司であるリューの洞察力にいろんな意味で感心すると、そう判断した。
「うん、よろしくね。それにしても、イバル君だけでなくノーマン君も、ちゃんと休めてるの? なんなら、仕事を休んで学校に通ってくれてもいいからね?」
リューは、友人達が自分と同じように休学し、部下として働いてくれる事をすまないと思う反面、それ以上に感謝していた。
だから、不満が少しでもあれば、学園に戻ってもらうつもりでいる。
「そんなつもりはないさ。それにノーマンもこの王都を故郷と定め、妹と住んでいるんだぞ? そこを守る為にも勉強どころではないと思っているだろうな。──リュー、お前こそ無理をするなよ? お前は俺達の要なんだ。その要が過労で倒れたらどうしようもないぞ?」
イバルは、一番忙しく動いているリューの気遣いに内心感謝しつつ、だからこそ、自分達がその負担を減らす為にも頑張ろうと誓っていたから、こちらも心配するのであった。
「リューの事は私に任せなさい! スードも護衛としているから大丈夫よ」
リーンがお互いの心配を打ち消すように告げる。
これには、リューもイバルも目を合わせて思わず笑顔を見せるのであった。




