第743話 不利な戦況ですが何か?
サムスギン辺境伯軍動く!
の報は、いち早く情報を入手したリューによって王宮にも伝えられる事となった。
この報告には、クレストリア王国の地図を囲んで連日会議を行っている王家や上級貴族達も、思わず声を上げる程である。
そのくらい、サムスギン辺境伯軍が動く事を期待するのは難しいと思っていたからだ。
「これで、各個撃破されて制圧されていた北東部の戦況が、少しは変わりそうですな」
大臣の一人が安堵するように漏らす。
「いや、圧倒的不利な戦況から、ようやく反撃の狼煙が上がっただけでしょう。帝国北軍は、この事を想定して北東部は無闇に制圧地区を増やさず、迎撃できる体制を整えていたのかと思われる。サムスギン辺境伯は、自領から出て敵の有利な戦場に引き出された事になりますから、これからかと」
宰相が地図を睨んだまま、楽観視できない事を告げる。
「そうじゃのう……。それに、兵力では全体的に我が方は不利な状況が続いておる。東部や南東部の戦線では、地の利でどうにか互角に渡り合ってくれているようだが……。仕方ない、王都の中央軍だけでなく各地の王国地方軍も招集するしかないか……」
国王が、苦渋の選択とばかりにそう口にした。
「お待ちください、陛下。それはいけません。各地の王国地方軍はその地を防衛する為に配属されております。その軍を招集すれば、近隣諸国が手薄な国境地帯を取る良い機会と兵を動かすかもしれませんぞ!」
大臣の一人が、国王の言葉に反応して、最悪の事態を指摘する。
「ですが、他の派閥貴族の動きが鈍いです。ならば、各地域の防衛は、兵を派遣しない地方貴族達に任せるという事にしてしまえば、地方軍を動かしても問題ないかと」
上級貴族の一人が、代案とばかりに告げた。
「なるほど、本来ならば、貴族が兵を派遣して王国地方軍が留守を任されるところを逆にしてしまうわけですか。地方貴族達の動きが悪い以上、それが良いかもしれませんぞ」
他の貴族もその意見に賛同し始める。
宰相は、難しい顔でその案について悩む姿勢を見せていたが、今は、緊急性の高い状況が続いているから、早めに決断しておかないと前線が動いた時に後手に回る可能性が高い。
いくらリューの『次元回廊』があると言っても、その対応にも限界があると宰相も考えていたからだ。
「陛下、最善の策とは言えませんが、現在の戦況を鑑みると地方貴族が当てにできない今、王国地方軍を動かすしかないかもしれません」
宰相は国王の苦肉の策に同意する姿勢を見せた。
議場の大臣や貴族達も同意する。
「……西部、北西部のルトバズキン公爵派閥、エラインダー公爵派閥は隣国の動きに備えて防衛にあたらせる事に変更する。その代わり、各王国地方軍を王都に召集し、各戦場に送り込む」
国王がそう決断すると、議場は一気に騒がしくなっていく。
各地に伝令を出さなければならず、その手紙は官吏達が急いで記し、国王の裁可を得て各地に送り届けなければいけないからだ。
それは膨大な量になるから、官吏達は慌ただしくなるのであった。
その後もリューから届けられた東部、南東部の戦況情報を分析して会議は進められる。
北東部の情報だけは、二週間程遅れるので、サムスギン辺境伯軍と合流する各地方貴族と王国地方軍に任せるしかないが、簡単な情報なら、リューの部下達が信号弾を使用していち早く届ける事はできる。しかし、それも事後報告であった。
「ふぅ……。各地の王国地方軍の招集かぁ……。地方貴族が王家の勅命に素直に従わないのは問題だけど、この戦争が終わった時、責任追及される事を理解していないのかな?」
リューはそんな単純な事を、地方貴族が理解していないとは思えなかったが、そう口にせずにはいられない。
「……ミナトミュラー男爵殿。あまり、他の貴族の批判的な言動は控えるべきかと」
リューの警護に当たっている近衛騎士団の隊長ウーサン準男爵が、注意する。
「何よ、別に批判ではなく、当然あり得る事を口にしただけじゃない」
リューとの会話で頭の中を整理するやり方に口を出したので、不快に感じたのか、リューに代わって言い返した。
「……失礼しました」
ウーサン準男爵は、警護対象に対して口を出すのは職務規定に違反していたのか素直に謝罪して押し黙る。
「まあまあ、ウーサン準男爵も悪気があったわけでなく、他人に聞かれるといけないとの配慮だと思うよ?」
リューはそう庇ってリーンの勘気を抑えるのであった。
それにしても、本当に地方貴族の動きが悪すぎるよなぁ……。戦費が嵩む事を嫌がって理由を付け、派遣する兵士の数を減らすというのはどこでもありそうだけど、全く出さないというのは、かなりの異常事態だ。戦後の事を全く考えていないとしか思えない。
リューは、今度は口に出さずに、考え込む。
貴族は王家あってこその地位であったから、緊急事態には兵を出すのは当然の義務であったからだ。
リューの指摘通り、戦後の事を考えていないのか、それともやはり、北東部、東部、南東部の派閥貴族の勢力を消耗させてから動くつもりなのか。
しかし、それは自分達の立場を危うくさせる紙一重の行為であり、クレストリア王国が衰退すれば、自分達の利益を損なう事であったから、その見定めは難しい。
それが、地方にいてその絶妙な判断ができるのだろうかと、リューは不審に思う。
それなら、少しでも兵を出して、王家の覚えをよくする方が、最上とは言わないにしても、次善の策だとは思うのだけど……。
リューは、何か痒いところに手が届かない状態に、眉をひそめるのであった。
だが、良い情報もある。
貴族に危機感を持たせる為や、帝国側の間者を騙す為に、リーンの父親リンデスの生死をわからなくしていた事だ。
こちらは、すでにランドマーク本領に到着して、留守役として領地を守っている長男タウロが、執事のセバスチャンの補佐のもと、受け入れ態勢を整えて歓迎している。
ランドマーク本領にも帝国側の間者は入っているとは思うが、エルフ達は現在魔境の森内にある領地内に留めているので、しばらくは気づかれる事はないはずだ。
なにしろ、魔境の森内の領地は、隔離された専用路で繋がっているだけだから、よそ者の侵入はすぐに気づかれるからである。
だから、早い段階での情報漏洩の心配はなさそうであった。
そして、帝国軍にダメージを与えた事もあり、南東部における戦況は悪くない。
帝国南軍の指揮官について、その名前と能力を知る事が出来たのも大きかった。
その事から、敵の狙いは、スゴエラ侯爵と父ファーザ、祖父カミーザの命らしいという事も発覚している。
これらは、こちらの間者が情報収集でわかった事であるが、敵は相当に南東部の貴族軍を警戒している事は、改めて理解できたのであった。