第741話 帝国軍と祖父達の余談ですが何か?
クレストリア王国南東部の攻略を命じられている指揮官、ヤン・ソーゴス将軍は、エルフの村攻略軍が甚大な被害を被ったという報告を聞いて、眉をひそめていた。
本当ならば、エルフの村を攻略させた後、自軍と合流させて、スゴエラ侯爵・ランドマーク軍をその圧倒的な兵力差で圧し潰す予定であったからだ。
このヤン・ソーゴス将軍は、帝国随一の若き天才として知られ、今回の隠し玉と言える人物である。
クレストリア王国侵攻を成功させる為には、スゴエラ侯爵、ランドマーク伯爵両名の首を取る事が必須になると考えた皇帝が、それをできる軍人として彼を選び、指揮官を任せたのである。
そのヤン・ソーゴス将軍は出鼻を挫かれ、作戦を変更させられた事に溜息を吐く。
「……それで、エルフの村の住人は千人程だったはず。私が指揮官に与えた兵数はその数倍。なぜそこまでの被害を受けたのだ?」
ヤン・ソーゴス将軍は激高する事無く、冷静に理由を問う。
「実は──」
伝令は、当初、ソーゴス将軍から与えられた作戦通りに攻め、順調に進んでいたところ、敵に援軍が来た事、その援軍によってエルフ達が魔境の森に逃げ込み、それを追った討伐軍が、膨大な量の魔物達に襲われ、被害を受けた事を簡潔に伝えた。
「……魔境の森か。あそこは、四大絶地と呼ばれる未知の危険な領域。そんなところにエルフが逃げ込んだと?」
「……はい」
「それで、そのエルフ達はどうなったのだ?」
「……多分、我々同様、魔物に襲われて骨一つ残らない状態かと……」
伝令は推測で現場での報告をした。
実際、エルフがどうなったか確認しようと隊を送り込んでも、全滅して戻ってこなかったから確認のしようがないのだ。
その事を含めて伝令は正直に全てを伝える。
「……敵の援軍の正体は?」
「わかりません……。ただし、かなりの精鋭ではあったので、スゴエラ侯爵、もしくはランドマーク伯爵傘下の兵士ではないかと……」
「……わかった。伝令ご苦労、お前は陣営でゆっくり休め。──残存兵は一度休ませてから、編成し直し、他の隊に組み込んでおけ」
「はっ!」
伝令はボロボロの体であったから、ヤン・ソーゴス将軍は労うと、部下に他の残存兵の扱いを任せるのであった。
「……普通に考えたら、『エルフと謎の援軍兵力は、魔境の森に無謀に逃げ込んで全滅』となるところだが、その謎の援軍がランドマーク絡みであれば、そうもいかないかもしれない……」
ヤン・ソーゴス将軍は、帝国諜報部がかき集めた南東部の情報は全て頭に入っている。
その情報通りなら、ランドマーク伯爵は魔境の森を開拓して領地を広げているらしいから、多少は魔境の森に詳しいはずだ。
はずだ、というのも、帝国諜報員でも魔境の森のランドマーク領には近づけなかったから、その領域に関しては全く情報を集められていないからである。
諜報員曰く、
「魔境の森に入ったら最後、腕利きの者が誰一人戻ってこない」
と口を揃えて言う事から、これ以上酷使して、調べさせるわけにもいかなかったのだ。
この数年、帝国は自国の諜報部に関してかなり力を入れており、国内の優秀な者が集められている部署であるから、そのエリート集団である諜報部に不可能な事をランドマーク伯爵側が出来るとは思えない。
だが、万が一の事もある。ヤン・ソーゴス将軍は、エルフの英雄リンデスと少数のエルフが生きている可能性も若干あると想定して、作戦を練り直す事にするのであった。
いくら、帝国随一の若き天才と呼ばれているヤン・ソーゴス将軍も、自分が知らない情報があっては、それ以上の作戦を考える事はできない。
多少、想定して策を練る事はできるが、何事も限界があるのだ。
ましてや、四大絶地の魔境の森で年中過ごしている初老の男と領兵達、さらにはそこで鍛え直されている与力男爵の部下達がいるなど帝国軍の誰が想像できるだろうか?
そんな化け物めいた者達がいるなど、いくら天才でも想定外の事であり、常識的に理解出来ようはずがない。
ヤン・ソーゴス将軍は、そういう意味では、英雄リンデスと少数のエルフの生存の可能性を考えられただけ、想像力豊かと言っていい方であった。
その天才の想定外にある初老の男と領兵隊、それが護衛しているエルフの一団はというと……。
「あと数日で、ランドマーク領近くの魔境の森に到着じゃ」
リューの祖父カミーザが、エルフの英雄リンデスに、そう伝えた。
一行は当然ながら、魔境の森の深いところにおり、特殊な魔物除けの匂い袋では避けられない弱い魔物を退治しながら進んでいる。
すでに、何日も野宿を強いられている為、女子供、老人のみならず、男のエルフ達も精神的に追い詰められている者は多い。
カミーザや領兵達がいるお陰で、今のところ何も被害が出ていなくても、慣れない環境だから、一度、被害が出るとドミノ式に混乱状態になる事も考えられるのだが、そこまでには何とか至っていないのであった。
「カミーザ感謝する。ここまで、被害を最小限に抑えられたのは、文字通り、君らのお陰だ。──それにしてもリグは完全にお主を慕って離れないな」
リンデスが、カミーザに感謝を述べると、自分の息子がカミーザからいろんなものを吸収しようと付いて回っているので苦笑する。
「リーンちゃんもそうだったが、外の世界には学ぶことが多いから、いろんなものが珍しいのじゃろ。ランドマーク領に到着したら、もっと珍しいものがあると思うぞ? わははっ!」
カミーザは、外の世界に対して学習意欲がある珍しいタイプのリグについてそう答えるのであった。
「そういうものか? 私は王都にも行ったが、リンドの森の方が余程良いと感じたものだがな……」
娘のリーンや息子のリグの好奇心が、普通のエルフよりも強い事に首を傾げる。
いや、リグは元々、典型的なエルフであったのだが、先の大戦でもカミーザの影響を受けて、人に対する考え方を変えた一人ではあった。
これまでは、その事を表に出さずにいたのだが、今回の件で完全にそれを隠さなくなってきた感じである。
「人それぞれじゃろ。まあ、若い時に刺激を受けると、好奇心が膨らむものなのかもしれん。リーンちゃんのようにな。わははっ!」
カミーザは戦友であるリンデスの親心がわかるので、笑って背中を叩くのであった。
「リーン、この報告書の内容では、リンドの森のみんなが魔境の森からこちらに向かっているって!」
リューは、ランドマーク本領の城館で受け取った報告書を読んで、リーンに伝える。
「魔境の森を? という事は、リンドの森を放棄したのね……。やっぱり、帝国は見逃してくれなかったみたいだわ」
リーンは最悪の予想もしていたのか、驚いた様子はなく、冷静にリューの知らせに考え込む。
「……うん。村の象徴である千年樹は苗を回収して放棄したみたい。でも、みんな無事みたいだから再起は可能だよ」
「ええ。場合によってはここでお世話になるという選択肢もあるわね」
リューの情報にリーンは、少し安堵した様子を見せて、前向きな言葉を告げる。
「もし、そうなったら、ランドマーク家はまた、発展しそうだ」
リューは、リーンを励ますように笑顔で応じるのであった。