第740話 帝国軍の運命ですが何か?
帝国軍がエルフ達の足取りを追って魔境の森に入ったところから少し時間を遡る。
「準備は万全みたいじゃのう」
カミーザは、魔境の森に入って数名の待機していた領兵と合流していた。
「はい、それにエルフのみなさんは他の者達が安全に道案内をしております」
領兵の一人がそう告げると、それを聞いたリンデスの息子であるリグや他のエルフ達が安堵する。
だが、ここは魔境の森であったから、それも一瞬の事だ。
「準備とは?」
リグがカミーザの言葉に反応して、確認する。
「今、魔境の森は、大量のエルフの集団が入ってきた事で、ざわついておるわけよ。ましてやここは、ランドマーク領の付近の魔境の森と違い、儂らが間引きしていないしのう。もちろん、そこはうちの領兵達が、特別な魔物除けの匂い袋を使って誤魔化して道案内しておるから、狂暴な魔物達の群れを避けて安全にランドマーク領を目指している最中なわけだが、騒ぎだしたその狂暴な魔物達には餌をやらんといかん。魔物はエルフ達がいたここに集まってくるから、儂らがその魔物の気を引きつつ、帝国軍も誘い込まないといけないわけだ」
カミーザがニヤリと笑みを浮かべると、そう答えた。
「魔境の森の魔物を帝国軍にぶつけるのですね……?」
リグはカミーザの言葉に息を呑む。
「そういう事じゃ。狂暴な魔物達をそのまま、刺激した状態だと人里に降りてくる可能性が高いからのう。両者をぶつけてそれなりの被害を出してもらって、その間に我々は安全圏に逃げる寸法じゃ」
カミーザは作戦を口にすると、リグ達と共に魔境の森の奥に入っていく。
「カミーザ様、帝国軍を魔物とぶつけるには、帝国軍を魔境の森に誘い込む方がより確実かと思います」
領兵の一人が、魔物と帝国軍の到着時間を予想して助言する。
「そうか。──よし、儂と領兵達、あと数名のエルフは囮になってくれるか? 他の者達は、ランドマーク領を目指している者達の後を追え。今ならすぐに追いつけるはずだからのう」
カミーザはそう言うと希望者を募った。
もちろん、命の保証ができない危険な任務であるから、エルフ達は怯む。
その中、リグが挙手した。
「……俺だけで十分です。要は逃げ遅れたエルフがいる事を帝国軍に知ってもらえばいいのでしょう? それなら、俺が帝国軍を見て、森に向かって『みんな逃げろ!』とでも叫べば一発かと」
リグは仲間の被害を恐れて、自分が犠牲になる選択をする。
これには、エルフの戦士達もざわつき、リンデスの息子だけに危険な目に遭わせるわけにはいかないと次々に挙手していく。
「まあ、落ち着かんか。他の者達はリグに合わせて、森の奥で慌ただしく騒ぐ演技をしてもらおうかのう。それなら、かなり説得力が出るというものじゃろ?」
カミーザはエルフの戦士達が勇敢さを示した事に、頼もしく感じながら、そう提案する。
「「「わかりました!」」」
リグをはじめとしたエルフ達はカミーザの提案を承諾すると、各自、その準備の為に、森に伏せるのであった。
「て、帝国軍だ! みんな逃げろ!」
リグの声が魔境の森の浅いところで響き渡る。
リグの姿を見つけた帝国軍の先発隊はこの言葉で、逃げるエルフ達に追いついたようだと、理解した。
さらに、森の奥で多くの気配がざわめき、森の奥に逃げるのが広範囲の草木が動く事で、核心に変わる。
「エルフ達に追いついたぞ! 一人残らず討ち滅ぼせ!」
先発隊から報告を受けた隊長が、エルフ達の追撃に移った。
リグと傍にいた数人のエルフ達は、すぐさま森の奥に駆けていく。
それを帝国軍は追うのであったが、リグやそのほかの人影カミーザ達は追いつきそうで中々追いつけない速度で逃げていたから、帝国軍はまんまと魔境の森の奥深くに誘い込まれていった。
「奴らが前方にいるのは気配でなんとなくわかるが、逃げ足が早いな」
「他の隊も付いて来ているか!? 突っ込み過ぎて孤立しないようにしろ!」
「半円陣形で追い詰めろ! 奴ら、右側に逸れて逃げ始めたぞ!」
追いかける帝国軍は、エルフを殲滅しようと必死であったから、自分達が薄気味悪い魔境の森の奥深くに侵入している事など忘れていた。
その時である。
「ぎゃぁ!」
「な、なんだ!?」
「まも──」
帝国軍の左翼に展開しつつ、半円陣形でエルフを包み込もうと動いていた部隊から、悲鳴が上がり始めた。
すぐにそれは左翼部隊全体に伝わっていくのだが、後続の部隊はどんどん森の奥に入っていく。
そして、ようやく、左翼部隊が魔物に襲われている事が上がる悲鳴でわかると、後続部隊が左翼に援軍を出すべく、総指揮官が命令を出した。
その時であった。
今度は逃げるエルフに一番近いと思われていた右翼の部隊からも悲鳴が上がる。
今度は最初から「魔物の大軍だ!」という叫び声が上がった。
「ええい、エルフはすぐそこなのだろう!? 多少の魔物は部隊で囲んで数で圧倒せよ! エルフを逃がすな!」
総指揮官は、そう言うと、自らもエルフを追い、隊を率いて右に逸れて逃げていくエルフ達に追いつくべく、草木が密林のように生い茂る森の中、馬を急かして先に進もうとした。
その瞬間、左側の森から見た事もないくらいの黒い大蛇が、数本の木々をなぎ倒す勢いで大きな口を開き、兵士達を次から次に飲み込んで進んでくるではないか。
指揮官はその大きな木を倒す音と、兵士達の悲鳴にようやく音のする方を向いた。
すると指揮官の視界に、大きな口を広げて迫る大蛇の鋭い牙と、長い舌が迫っているのであった。
帝国軍は、迫っていた魔物の群れに左側側面を突かれる形で襲撃を受ける形となった。
そして、それに抵抗しようと、後続の部隊を援軍に投入したのが、さらなる刺激をこの魔境の森の魔物に与える事となり、凄惨な殺し合いが始まったのである。
帝国軍は、捕食される味方を救出する為に引くわけにもいかず、この魔境の森の狂暴な魔物達と戦い、多大な被害を出す事になった。
その一番の原因は、前線に向かおうとした総指揮官が狂暴な大蛇に襲われて戦死した事によるだろうか?
この為、一時、命令系統は麻痺する。そして、各部隊が自己判断で戦闘を行う事になった為、退却の時期を逸し、被害はさらに大きくなった。
結局、エルフを討ち取った者はおらず、這う這うの体で魔物から逃げ延びて魔境の森から脱出するボロボロの帝国兵達がいただけである。
だが、魔物達は別に魔境の森から出られないわけでもなく、餌である帝国兵に追いすがったので、逃げ腰になった帝国兵は魔物達が満足するまで追いかけられ、殺され尽くすのであった。
こうして、帝国軍は逃げるエルフ達を討ち滅ぼすことが出来ずに半壊して、撤退を強いられる事になった。
帝国軍の報告書には、「魔境の森に逃げ込んだエルフ達は、狂暴な魔物によって、抵抗する間もなく食われた可能性が高い」という言葉で締めくくられている。
本当は確認の為に部隊を派遣するところであったが、その隊は消息を絶った為、確認を断念、推察になるが、最も可能性が高いという事で、エルフ達は全滅したという判断に至るのであった。
その全滅した事になっているエルフ達はというと、カミーザやリグ達と合流し、ほぼ安全に魔境の森を西に向かい、ランドマーク領を目指している。
「やれやれ、紙一重じゃったわい。まさか、あれだけの危険な魔物が大挙して来るとはな。特別製の魔物除けの匂い袋を使わないと、大勢のエルフの気配はそれだけ魔物にとって刺激が強かったという事じゃのう。わははっ!」
カミーザは、リグ達と共に囮となってギリギリまで魔境の森を南下していたのだが、正面から挑むとカミーザが苦戦するクラスの魔物が沢山迫っていたのでリグ達を逃がすのに苦労したのである。
カミーザと領兵隊が逃げ遅れたリグ達をおんぶして右に逸れて魔物達を躱したのだから本当に衝突寸前だったのだ。
魔物除けの匂い袋を使用していてもギリギリだったので、かなり危険だった。
だが、カミーザは、結果よければ全てよし、というタイプの人間だったので笑って済ませるのであった。
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