第739話 帝国軍ですが何か?
早朝の奇襲作戦も完全に読まれて大打撃を受け、虎の子である魔法使い部隊も被害を受けた帝国軍は一旦兵を退くと改めて編成し直して、正攻法でリンドの森を攻略する作戦に変更する話し合いがもたれていた。
「先の大戦で苦戦を強いられただけあって、リンドの森の英雄リンデスの村は、攻略が難しいですな」
「いや、敵の援軍が来なければ、多少の被害は出しても村を落とせていたと思いますぞ」
「敵の援軍が現れたとはいえ、数の上で圧倒的な我らとしては、午後からは手堅く攻めて、確実に敵を減らせばよい事かと」
「私もそう思います。敵援軍は少数という報告も上がっております。皇帝陛下から預かった陛下直属魔導士団に被害が出ましたが、このまま、攻め続ければ敵もすぐに疲弊して力尽きるかと」
士官達は、総指揮官と思われる者の前で、意見を出しあっていた。
「みんなの意見はわかった。昼から攻勢を強めて、村が落ちるまで攻め続ける事とする。その為に隊を再編して、交互に出陣できるようにしておけ」
「「「はっ!」」」
総指揮官がそう決定すると、帝国士官達は敬礼するのであった。
午後になって、帝国軍は改めてリンドの森の結界内に軍を進めると、燃え続ける村と千年樹を見て、ようやくおかしなことに気づく。
それは、エルフ達が村と千年樹の消火の為に、疲労困憊状態になっていると思っていたのだが、どうやら、消火活動を行っていないようである事にだ。
帝国軍の方針として、圧倒的な軍事力で攻めつつも、被害を抑える為、千年樹や村を火魔法で焼き、その消火活動に力を使わせる事で敵の力を削ぐ、という理由があったのである。
「? もしや、敵もこちらの意図を理解して消火活動は諦めたのか? いや、だが、そうなると何の為に村を守るのだ? ……まさか? ──偵察隊! 敵の攻撃が届くところまで進んで、反応を確認せよ!」
総指揮官は、エルフ側の様子に不穏なものを感じて偵察隊にその挙動の確認を命令する。
だが、偵察隊にしたら、命がけの命令である。さすがに少し、動揺した。
「早くせよ! 命令だ!」
総指揮官が、再度、強い言葉で命令すると、そこは帝国軍人である。
「はっ!」
と応じると、攻撃が届く手前の範囲まで隊で進み、そこからその隊の二人だけが、さらに奥まで進んだ。
二人はカミーザが築いた防壁に近づくが、攻撃がない。
これが午前の戦闘であったら、ここでエルフの神業とも言える弓矢で、二人は即座に射抜かれているところだ。
「「……」」
二人は恐る恐る防壁まで、近づいて行く。
「は、反撃ありません!」
偵察隊の二人は、防壁まで到着すると、隊長に手を振ってそう答えた。
それを偵察隊から、総指揮官に伝える。
「しまった……! ──村は一部隊に任せる! 他の部隊は周辺を捜索せよ! エルフ達は、村を放棄して逃亡を図った恐れがあるぞ! まだ、遠くには行っていないはずだ、探せ!」
総指揮官は、作戦上一番ありえないと考えていた事だが、エルフが全てを放棄して逃げ出すという予想外な行動にすぐに気づいて、命令を下した。
これには、隊を率いる士官達も想定外の事であったから、困惑する。
そしてすぐ、村の包囲を解くと、慌てて周辺の捜査に移るのであった。
カミーザとエルフ達は、午前の間に森を南下し続けている。
すでに、結界の外に出ているが、魔境の森までは、まだ、少し距離がある。
帝国軍とはすでに一時間以上の開きがあったから、すぐに気づかれたとしても、追いつかれるのは、魔境の森に入るか入らないかくらいになりそうだ。
リンデスの息子、リグとその部下のエルフ達は、カミーザの事を信用はしているが、魔境の森については、半信半疑であった。
村のみんなは、すでに魔境の森に入っているはずだが、もしかしたら、そこで全滅している可能性だってある。
それ程、魔境の森は入ってはいけない場所として、恐れられているのだ。
人族の間だけでなく、エルフの間でも魔境の森は四大絶地の一つとして、語られている。
四大絶地とは、迷宮、暗黒大陸、北の大氷原、そして魔境の森の事であるが、森での生活を生業とするエルフでさえ入れない魔境の森こそ、一番危険な土地だと考えていたから、恐れる気持ちは他の種族の比ではない。
そこに、逃げ込むのは自殺行為であったから、カミーザに諭された今も、その意識は変わらないのであった。
「多数の足跡を確認! 奴ら南に、逃げているようです!」
リンドの森周辺を探していた部隊の一つが、スキルで浮き上がらせた足跡を確認して総指揮官に伝える。
「奴ら、イチかバチか魔境の森に逃げ込むつもりか! だが、奴らは我らの獲物だ。死体も残らない魔境の森に手柄を与えるわけにもいかん。追撃せよ!」
帝国軍は、こうして足跡から、カミーザ達の後を追うのであった。
数時間後──
「逃げるエルフ達を発見!」
森の中を騎馬で進む総指揮官に、伝令がそう伝える。
「よし、追いついたか! ──エルフ達を一網打尽にせよ! 宿敵リンデスの首は必ず取れ! 生かす必要はない! 皇帝陛下に必ず、その首を献上するのだ!」
総指揮官はそう告げると、数千の帝国兵は隊列を乱す事無く森深くに突入していく。
この辺りは、油断も隙も無いというところだろうか?
だが、帝国軍は、いつの間にか様変わりしていく森の景色に気づかないでいた。
先程までは、森林浴に相応しい緑豊かな自然溢れる木々に覆われた木漏れ日のある光景であったが、徐々に草木が生い茂り、木漏れ日もその覆い尽くすような毒々しい木々によって光を断たれる場所も少しずつ増えていく。
総指揮官は一番後列を進んでいたので、その光景に気づくのも最後であったが、その間に、進軍する部隊からは連絡がこない。
きっと、エルフの追撃に精を出しているのだろうと、楽観的に考えていたのであったが、時折、前方から悲鳴が上がる。
その声に、総指揮官は意外に近いところでエルフが討たれているな、と思っていた時であった。
伝令が青ざめた表情で、総指揮官の部隊のもとに徒歩で駆けてきた。
「伝令! エルフを追っていた最前列の部隊が全滅した模様です!」
「模様? 模様とはなんだ! ただの伝聞ではなく、はっきりした情報はないのか!?」
総指揮官は、伝令の不確かな報告に呆れて叱責する。
「も、申し訳ありません! 最前列の部隊の伝令がそう伝えた後、絶命したのでそうとしか伝えられませんでした!」
伝令は、震える声でそう弁明した。
「……後続の部隊に確実に確認させよ。エルフ達には追いついたのだろう? ならば、戦果を前に不確かな報告で進軍は止められぬからな」
総指揮官はそう告げると、死地に他の部隊も投入する判断を下すのであった。