第738話 リンドの森の話ですが何か?
リューの祖父カミーザとリーンの父リンデスは燃え盛る森で、消火作業に周囲が追われる中、お互いの意見を出し合っていた。
「帝国の攻撃を一旦は退けられたが、ここの強力な結界を突破してきたのだから、奴らもそれなりの準備はしてきておるじゃろ。次はないぞ?」
「……カミーザの援軍がなければ、被害はもっと大きかっただろう事はわかっている。だが、森の外はすでに帝国軍によって警戒されている。我々で老人や女子供を逃がす時間を作っても肝心の逃げて頼る場所がない……」
リンデスはそう言うと苦渋の表情になる。
「なんじゃ、それならうちに来ればよいじゃろう。ランドマークは森が多い領地だから一時避難する場所としては申し分ないのではないか?」
カミーザはリンデスの悩みを一蹴するように、ランドマーク領に誘う。
「ランドマークか……。手紙では教えてもらっていたが、村人は千人近くいるのだぞ? それに、ここからランドマーク領までは遠い。その道中、老人や女子供を守りながら帝国軍の追手を巻くのは難しいだろう……」
リンデスは悲痛な面持ちでカミーザに答えた。
「なんじゃ、そんな事か? 追手はどうにでもなるからまかせい」
カミーザは自信有り気にリンデスに答える。
「そんな事? 帝国軍は我々を討つ為だけに、大軍を出して来ている。その追手を巻くのは至難の業だぞ? どうするのだ?」
リンデスは、この能天気に言う友人に、少し和みながら聞き返す。
「なあに、うちの領兵隊が普段やっている事の延長線上のことじゃ。つまり……、この南の魔境の森に逃げ込むという事じゃ。まあ、老人や女子供は徒歩だから多少大変じゃが、帝国の追手がないと思えば、その足取りも重くなる事はあるまい」
カミーザはニヤリと笑みを浮かべると、とんでもない提案をする。
「カミーザ、……わかっているのか? 魔境の森は我々エルフでも入る事を禁忌にしている土地だぞ!?」
リンデスはカミーザのとんでもない提案に、正気の沙汰ではないとばかりに、確認した。
「だからこそ、帝国軍が追ってこられないのじゃろうが。森に入ればこちらのもの。それに奴ら、魔境の森に面する場所には兵を置いておらん。まさか、そっちから逃げられるとは考えておらんのじゃろう。まあ、当然の判断じゃがのう。だが、儂やうちの領兵が援軍に来たのが奴らの運の尽きじゃ。堂々と、魔境の森に逃げ込むぞ」
「……正気か、友よ……。だが、我々の生き延びる道はそれしかないのかもしれんな……。奴らに捕らえられたら、奴隷として扱われるのが関の山だろうし、覚悟を決めるしかないか……」
リンデスは、カミーザの言葉に呆れるのであったが、生き残れる可能性を考えるとカミーザの言葉に頼るしかないので腹を括る。
「それよりも、千年樹の事はいいのか? 代々守って来た霊樹なのじゃろう?」
カミーザはそう言うと、森の中心にある一段と大きな木を見上げた。
「千年樹はその苗木を取り出せば、移動は可能だ。そういう仕組みになっている。だから、奴らが千年樹で何かしようとしても、それはただの生命を失った古木に過ぎなくなるから問題ない」
リンデスはそう言うと、後ろに控えていた息子に、その作業を行うように告げる。
その息子、リーンの兄リグは黙って頷くと千年樹の方に駆けていく。
「リグも成長したが、無口に育ったもんじゃのう」
カミーザは、当時、まだ、人族で言うところの八歳であったリーンとの出会いの時がリグとも最初であったから、その昔を思い出してその成長の変化に感慨深い指摘をする。
「リグは先の大戦で戦場を経験して無駄口が減ったな。それに、リーンが外の世界に飛び出してからは喧嘩する相手がいなくなったからそれもあるかもしれん」
リンデスはその先の大戦を共に戦ったカミーザに理由を答えた。
「そうか。リーンちゃんも今では、うちの孫の友人として元気にやっているぞ。うちに来れば、また、すぐに会えるだろうから、言葉数も増えるかもしれんな」
カミーザはそう言うと、親としての苦労を分かち合うのであった。
千年樹を苗木に移す作業は、その千年樹の世話をするエルフの森の神官達によって数時間かけた儀式が行われ、無事終了した。
リグがその苗木を神官から受け取り、リンデスのもとに戻ってくる。
「父上」
「うむ」
リンデスは頷くとリグから苗木を受け取り、マジック収納に千年樹の苗木を納める。
「皆の者も、儀式の間に移動準備が終わったようだ。カミーザ、あとはよろしく頼む」
「もちろんじゃ」
カミーザは、頷くとエルフの戦士達と共に、村に残る。
村人達は、リンデスの指示のもと、夜のうちにリンドの森を南下して魔境の森を目指す。
その道案内と護衛はランドマークの精鋭である領兵達である。
カミーザは、殿として、リンデスの息子リグ達と一緒に囮を行う準備をするのであった。
翌日、夜明け前に敵国軍は軍を整え、奇襲をかけてきた。
カミーザはその辺りは心得たもので、夜の間に土の防壁を四方に築き、その奇襲も予想していたので、準備万端で迎え撃つ。
カミーザはリンデスから火魔法の使用を許可されたから、火による爆裂魔法を容赦なく敵に対して行い、多くの兵士を戦場に散らせていくのであった。
もちろん、リグ達エルフの戦士も、風魔法や土魔法に水魔法、そして、エルフの得意分野である弓矢でこの奇襲部隊を返り討ちにしていくのであったが、それでも敵の数は多く、防壁もいつまで持つかわからない。
それに、あちらにも強力な魔法使いが複数いるようで、カミーザ同様、強力な火魔法を使用していたから、それが防壁を越えて村に降り注ぐ。
村はもちろん、エルフ達は魔境の森に移動して無人なのだが、エルフの戦士達にとっては、ずっと暮らしていた土地である。
それが火に包まれ燃えていくのを見るのは辛いものがあった。
リンデスの息子でリーンの兄リグもそれは一緒であったが、
「みんな、この光景をしっかり目に焼き付けろ! 俺達はこの行いをした帝国にいつか仕返しをしないといけない!」
普段無口なリグがそう告げると、エルフの戦士達は無言で頷く。
「辛い経験をさせたが、これが戦争じゃ。敵がこちらの思わぬ反撃に怯んでいる間に、我々もそろそろ撤退するぞ」
カミーザは、敵の魔法が飛んでくる辺りに、強力な魔法を一発撃ちこみながら、撤退を伝える。
リグとエルフの戦士達は、この頼もしい人間の命令に従い、仲間が逃げ去った南の魔境の森に向かって走り出すのであった。