第737話 祖父達の戦いですが何か?
各地域で戦が激しさを増している頃、リューの祖父カミーザは、魔境の森で鍛えた領兵隊の一部を率いてリーンの故郷でもあるリンドの森に向かっていた。
村長であるリンデスは先の大戦で活躍したエルフの英雄であり、祖父カミーザとは昵懇の仲である。
祖父カミーザとリーンの父リンデスは、大戦以前、リンドの森のエルフ村を襲撃した帝国の刺客を祖父カミーザと共に撃退した事からその関係性が生まれ(書籍一巻書下ろしSS参照)、大戦に突入した時は保守的で戦いに参加する事を拒否していたエルフ達を祖父カミーザが説得して一緒に帝国軍の後背を断つ戦いを展開、王都まで迫られ危機に瀕していたクレストリア王国をこれにより助けたのが、英雄リンデスであった。
スゴエラ辺境伯(現侯爵)の配下で兵士の一人であった祖父カミーザは、王国に対する戦功は全てリンデスに譲る事で、国内でのエルフの地位向上に貢献した。
だから、リンドの森のエルフ村では、祖父カミーザが真の英雄とされている。
祖父カミーザ自身はスゴエラ辺境伯(現侯爵)から、その戦功を評価されると、魔境の森に境を接する領地を与えられ、ランドマーク騎士爵に取り立てられた。
その後、貴族同士の付き合いが面倒だからと、スゴエラ辺境伯(現侯爵)に申し出て、息子であるファーザに爵位を譲ったのは有名な話である。
そういった関係性があり、祖父カミーザを含めたランドマーク家は、エルフの間では知る人ぞ知る英雄一家であった。
その祖父カミーザの下に先行させていた部下が戻って来た。
「大変です! リンドの森が燃えています! 外部からは森全体に張った結界の為、目視での確認はできませんが、すでに帝国軍が結界内に侵入、抗戦している模様。自分は結界内に入ってそれを確認したので戻ってきました!」
部下は慌てた様子で、そう報告した。
「……帝国はやはり、先の大戦で戦局をひっくり返したリンドの森の村を、黙って見過ごさんかったか……。──全員、救援に向かうぞ。それと、油断するな。英雄リンデスの命を狙う敵じゃ、腕利きが揃っているはずじゃからのう」
祖父カミーザは領兵達に警告すると、リンドの森に急行するのであった。
部下の報告通り、結界の外からは、森が燃えているかどうかは確認できなかったが、周辺には帝国軍の隊が包囲するように展開している。
祖父カミーザと領兵達は、少数精鋭であったから、その包囲を難なく通過すると、結界内に入っていく。
リンドの森に張られた結界は、普通の人では通過どころか見破る事も出来ないくらい精巧なものである。
祖父カミーザが初めて訪れた時は、妻のケイ、息子のファーザ、友人の娘であったセシルの四人でその結界を強引に破って侵入したのであったが(書籍一巻参照)、すでに、その一部は帝国軍によって破られ、容易に入ることが出来た。
「以前よりも強力な結界が張られておったはずなのに、破られたのか。帝国もそれくらい本気という事じゃな……」
祖父カミーザはそう漏らすと、領兵達を率いて村に向かう。
すでに、結界内はリンドの森が炎に包まれ赤々と燃え染まり、各場所で戦闘が繰り広げられている。
祖父カミーザは、領兵達にランドマーク家の名を使ってエルフ達の援護を行い、まとまらせて守りやすく導くように命令した。
「「「はっ!」」」
領兵達は無駄な言葉は一切なく、森に散っていく。
祖父カミーザは数名の領兵と共に森の奥を目指して駆けていくのであった。
リンデスの森の村付近では帝国軍の大部隊とエルフとの間に、激しい戦いが繰り広げられていた。
帝国軍は多くの精鋭魔法使いを使って、村を直接攻撃していたり、帝国兵も抵抗するエルフに対し、白兵戦に持ち込んで数の力で圧倒する戦いを展開している。
エルフは基本、弓矢や魔法が得意な種族であり、白兵戦に持ち込まれると分が悪いところであったが、それでも、先の大戦で学んだのか、白兵戦でも中々互角に渡り合って抵抗していた。
「魔弓が来るぞ!」
帝国兵の物見が、エルフの村の奥を見て、そう叫ぶ。
その言葉と共に、目に見える程の風の渦に包まれた一本の矢が、帝国軍を襲う。
帝国兵は急いで散開し、被害を避けようとするが、逃げ切れず矢の威力に巻き込まれた者達が、鎌鼬に斬り刻まれていく。
どうやら、リンドの森の村の家宝である魔弓を村長リンデスが使用しているようだ。
祖父カミーザはそれで、まだ、旧友が無事でいるようだと安堵する。
そして、走って向かいながら、大火力の火魔法を数発帝国軍に向かって放つ。
火魔法は、隊列を組む帝国軍の後方から飛んでいくと、大爆発と共に帝国兵を吹き飛ばし、陣形を滅茶苦茶にする。
魔法使いの集団もしっかり狙っており、まさか、後方から大魔法を食らうとは思っていない敵魔法使い部隊は、障壁魔法を使う暇もなく消し飛ぶのであった。
突如現れたカミーザ達に、帝国軍は想像以上の打撃を受ける事になり、村の包囲を解いて一旦、撤退する命令を出す事になる。
それほど、カミーザとその領兵隊の攻撃は激しいものだったのだ。
カミーザも、逃げる帝国兵達に容赦なく魔法をどんどん繰り出して、吹き飛ばしていたから、帝国兵はその激しさに命からがら逃げ延びる為に、必死で走るのであった。
こうして、村の危機を一時的に救った形でカミーザは、帝国軍を結界の外に追いやる事に成功し、旧友であるエルフの英雄リンデスと再会する。
「久しぶりだな、戦友よ。お陰で助かった。──だが、この森が火魔法厳禁だと知っていて、容赦なく使用するところは相変わらずだな」
リーンの父親でもあるリンデスが、カミーザの顔を見るなり苦笑してそう告げる。
「そうだったかのう? まあ、今は非常事態だ、大目に見てくれ。わははっ!」
カミーザはとぼけると、豪快に笑うのであった。
「おじいちゃんからの連絡は、まだ、ないのか……」
リューはランドマーク本領に、『次元回廊』で訪れると、この日も東南部戦線の報告を城館前で受け取り、漏らす。
「カミーザおじさんは魔境の森に領兵を連れて入ると、伝令も使わないからすぐに連絡取れなくなるものね」
リーンは苦笑するとリューの心配に対してそう答える。
「でも、リーンも心配じゃない? 帝国にとっては、リンドの森の村を邪魔だと感じているはずだから」
「パパ達は以前に比べたら、森の防衛や帝国への対策を十分練っているから、大丈夫だと思うわ。それに、カミーザおじさんが領兵隊を率いているのでしょ? もしもの事があっても問題ないわよ」
リーンはどちらの家族の事も信頼しているから、動じる様子はない。
「確かに……。それに、リンドの森のエルフ村って強力な結界を張って、外部の人間が入れないんだっけ? それなら安心か!」
リューもリーンに心配をさせないように、前向きな返答する。
「そういう事よ。リンドの森はこれまでもこれからも千年樹を中心に栄え続けるのだから」
リューの気遣いを理解しつつ、リーンも笑顔で応じるのであった。