第736話 仲間の心配ですが何か?
サクソン侯爵派閥の領地において、開戦後、初めての大きな戦いと言えるクレストリア王国軍&サクソン侯爵派閥軍&シバイン侯爵派閥軍対アハネス帝国本軍との『アイダン城前の戦い』は、シバイン侯爵派閥軍の裏切りにより、クレストリア王国側が圧倒的不利と思われた。
しかし、王国側が裏切りを看破し、それを利用する罠を張っての反撃で、見事に敵へ大ダメージを与える事に成功する。
シバイン侯爵派閥軍は、王国軍の反撃で軍の三割以上を損耗して自領に撤退。
帝国本軍も、思わぬ反撃の前に陣形を崩し、被害甚大の為、アイダン城攻略を一時諦め、郊外まで軍の再編の為下がる事になった。
大勝したクレストリア王国側は、危険な囮役になったコーエン男爵率いる軍が、多少被害を受けたものの、味方の罠による反撃とその後の追撃戦において大戦功を上げ、被害も小さくて済んだようだ。
その大勝の影に、少年男爵による敵の作戦看破があった事は全く知られていない。
コーエン男爵は、リューの名を王国軍の総指揮官であるエアレーゲ侯爵元帥に伝える気でいたが、それはリュー本人によって止められていたからである。
というのも、これから長い戦いになっていくと思われる中で、こちらの手札をわざわざ敵に教える必要性を感じなかったからだ。
秘密のカードは秘密で使い続ける事が出来れば出来るだけ、その効果を発揮し続ける。
親切に敵味方に喧伝してその優位性を手放す必要はないのだ。
コーエン男爵はリューにそう諭されると、自分が未熟だったと反省して納得してくれた。
リューとしても、無駄に有名になって、敵からこれ以上狙われる愚は避けたいところであったし、敵本軍の進軍速度を減退させた今、敵の他の軍、特に東南部に進軍している敵と戦っているスゴエラ侯爵派閥軍&ランドマーク伯爵派閥軍の救援に動きたい。
それだけに、いらぬ戦功で王都や東部に縛られる可能性があるから、国への貢献は『次元回廊』による運搬だけにしておきたいのであった。
とはいえ、コーエン男爵も自分の手柄にするつもりはなかったのであるが、コーエン男爵は囮部隊を率いて命を掛けて敵を罠にかけ、反撃後は部隊を反転させて敵の追撃に加わって活躍していたので、そこに敵の策を看破した功が加わってもあまり変わらないだろうとリューに押し切られた形である。
ちなみに、この戦勝報告は、リューによってすぐに行われ、王都では戦勝祝いに包まれた。
その報を伝えただけでも、リューは功績として褒美に金一封が贈られた程で、東部最前線の軍を率いるエアレーゲ侯爵元帥とサクソン侯爵も国王からの祝辞と褒美が大々的に出されたのであった。
その中でコーエン男爵はこの『アイダン城前の戦い』における戦功第一位の者として望む褒美を打診されたが、コーエン男爵はリューの事が頭にあったのだろう、「帝国軍を自国に追い返すまでは不要です」と断りをいれたらしい。
国王はその手紙を受け取って、いたく感心したらしく、コーエン男爵を東部戦線における王国軍参謀の一人に任命した。
そうする事で今後もコーエン男爵の知恵を借りる事とし、さらには危険な前線に不用意にだして戦死させない為の配慮でもある。
さらには帝国本軍に対して、コーエン男爵がいるから下手な作戦は通じないぞ、という牽制にもなるので、一石三鳥の効果とも言えた。
あとはコーエン男爵に任せておけば、戦線が大きく乱れる事もないだろうとリューは判断すると、『次元回廊』による運搬以外の時間は東南部戦線に尽力する事にするのであった。
王立学園、教室の一角──
「聞いたか? 東部で数日前、大きな戦いがあったそうだぜ。これまで敵の侵攻を止める為の籠城続きで勝ち星がなかったから、初の大勝だって王宮ではお祝い状態なんだ」
ランスが、東部戦線における『アイダン城前の戦い』の戦勝祝いが王宮であった事を伝えた。
「今朝、公式発表があったから勝ったのは知っているが、そんなに騒いでいたのか?」
シズの幼馴染であるナジンが、ランスからの王宮情報に興味を持って聞く。
「ああ、連日、芳しくない報告が続いていたから、陛下はおろか大臣クラスまで暗い顔が多かったんだ。籠城戦での我慢している中の、初勝利、それも、帝国本軍の勢いを削いでの大勝利だから、大騒ぎだったんだ」
ランスはその戦勝祝いに雑用で駆り出された身であったから、その辺りは詳しく知っていたのであった。
そして、続ける。
「あ、その時に、リューの顔を久し振りに見たぜ。その戦勝報告を伝えたのがリューだったから、褒美を貰ってたな」
ランスが今、みんなが一番知りたいであろう情報を伝えた。
「……リュー君、元気だった?」
普段大人しいシズが、食い気味にランスに問う。
「ああ。俺の姿に気づいてウインクするくらいには、余裕がありそうだったな」
「リーン達は一緒だったのか?」
ナジンが、みんなの事も心配して聞く。
現在、隅っこグループのメンバー十人中学校に来ているのは、ランスとナジン、シズ、ラーシュにイエラ・フォレスの半数だけである。
リューとリーン、スードは一緒に最前線まで行く事があるようだし、イバルはリューの部下として、ノーマンと共に国内の間者や裏切者がいないか調査をしているのだが、ランス達はそれを知らないから、どちらにせよ危険な仕事をしている可能性を想定していた。
リズ王女は王家の者として戦時下に学校に通っている場合ではないから、休んでいる。
「リーンはスードと一緒に、相変わらずリューの護衛をしていたよ。俺に手を振ってすぐに『次元回廊』で出かけて行ったけどな」
ランスは、そう言うと溜息を吐く。
「……新年が明けて、また、みんなと楽しい学園生活が普通に始まると思っていたのに……」
シズがボソッと現状について不満を漏らす。
「戦争が起きるとあっという間にそこにあった日常がなくなる。うちやシズのところだって兵を援軍に出す準備をしているところだろ? 自分達もいつ学園に通えなくなるかわからないからな」
ナジンが幼馴染を諭すように言う。
「だな。俺も親父にはいつでも戦場に行ける覚悟はしておけ、って言われたよ。ここが戦場になる可能性だってあるからな、ってさ」
ランスが肩を竦めて、今は現実味がない可能性を口にする。
「そうだな。シバイン侯爵派閥の裏切りもある。王家はその処罰も発表して綱紀粛正を図る一方で、今回の戦勝祝いは、その裏切りによる士気低下を誤魔化すものなのかもしれない。それを考えると、今後、ここが戦場にならないという保証はないなと俺は思ったよ」
ナジンもランスの言葉に同調して不安を口にした。
「私はミナトミュラー商会の従業員として、戦時下でも平時と変わらない流通を行う一助になる為に頑張るしかないです」
ラーシュが、みんなの不安な話を聞くと、所信表明のように口を開いた。
「俺は親父の助手として王家を支える事かな」
とランスが続く。
「自分は、クレストリアの貴族として、平民に模範を示す事しかできない」
とナジン。
「……私はみんなの帰る場所を守るよ」
とシズ。
「ふむ……。我はとりあえず、祀ってくれる者達を見守る事かのう。下手に動くとその者達も巻き込んで危険に晒す事になるかもしれないからのう」
とイエラ・フォレス。
「「「(イエラさんって、本当に何者なの?)」」」
ランス達は内心でツッコミを入れるのであったが、リュー達の事を心から心配する気持ちは変わらないようであった。