第735話 看破しましたが何か?
リューはコーエン男爵から告げられた作戦について、失敗を予想してみせた。
「……それはなぜですか?」
コーエン男爵は難しい表情になると、怒るでもなくそう聞き返す。
元々、コーエン男爵自身も引っ掛かるところはあったのだ。
「サクソン侯爵とシバイン侯爵の仲の悪さは、王都でも有名な話です。そして、帝国もそれに付け込むように普段から国境付近で派手に軍を動かす行為を行っていました。それが常態化して現在の宣戦布告無しの侵攻に繋がっているわけですが、シバイン侯爵はその状況下でサクソン侯爵を助ける義理がありません。さらにはそれに便乗して帝国は三軍でもって国境を侵したのですが、そのうちの一軍はシバイン侯爵派閥の領地にも向けられています。シバイン侯爵派閥がその中で帝国軍と抗戦した報告はほとんどなく、その状況で自領を帝国軍の支配に任せて犬猿の仲であるサクソン侯爵の為に南下する理由はただ一つ、援軍ではなく長年の因縁にけりを付ける為だと思います」
「! ……しかし、いくらサクソン侯爵様が憎いとは言っても、祖国を裏切ってまでやる事なのか?」
コーエン男爵は頭ではその可能性も考えていたのだが、どうしても祖国を裏切るという行為だけは理解できないでいた。
「確かにクレストリア王家を裏切るという事は、現在の領地を失う事を意味します。しかし、この戦に勝つ事で現在の領地の安堵と、もしかしたらサクソン侯爵の領地を保障されるとしたらどうでしょうか? それに裏切者の汚名も国が滅びれば関係ありません。勝者の歴史から見れば、裏切者も戦勝の立役者になるだけです。シバイン侯爵は帝国側が勝つという絶対的な自信があるからこそ、裏切るのだと思います」
「絶対的な自信!?」
「ええ、それほどの自信が何を意味するのかは分かりませんが、帝国が勝利する事を疑っていないからこそ、今回の大胆な行動に出ているのだと思います。僕が思うに、明日、シバイン侯爵軍は、帝国軍本隊の後背を攻めるフリをしてそのまま、挟撃を信じて城から打って出た王国・サクソン侯爵連合軍に襲い掛かるつもりだと思います」
リューはそう指摘すると、机の上に東部一帯の地図を広げて見せた。
「……その根拠はありますか?」
コーエン男爵はシバイン侯爵の裏切りに既視感を感じながら、リューに問う。
その既視感とは、裏稼業である『蒼亀組』が『黒虎一家』に裏切られた時の事である。
「いえ、全ては状況証拠のみです。例えば、シバイン侯爵軍の南下しての進軍ルートですが、帝国の北東部侵攻軍の偵察部隊に発見されてもおかしくない、いや、発見されていないとおかしいくらいです。帝国の三軍はお互い連絡を取り合っているはずなので、その線上にある街道や地形には、連絡員や偵察部隊が行きかっているはず、そこを南下してこちらに向かっていれば、帝国軍に捕捉されているはずなんですよ」
リューはそう言うと、地図を指差して説明してみせた。
これには、コーエン男爵も言葉に詰まる。
全くのその指摘通りなのだ。
今までシバイン侯爵が自領を放棄して、因縁のあるサクソン侯爵軍を助ける為に軍を南下させているという美談に、王国軍もサクソン侯爵派閥軍も感動と共に信じて挟撃作戦に乗り気でいた。
だが、コーエン男爵は同じ経験を裏社会でも経験している。
その時もリューの助言で難を逃れていたのだから、また、同じ事を繰り返している事に反論ができなくなるのであった。
「……ミナトミュラー男爵、我々はどうすればいいのだろうか? ──もし、男爵の言う通りなら、我が軍が挟撃の作戦を信じて城からまんまと打って出たら、野戦で帝国・シバイン軍に数の力で圧倒されて押し潰されるだろう。だが、違った場合、シバイン侯爵決死の軍は帝国軍に単独突撃して破れる事になりかねない。そうなったら、作戦に乗らなかった我が軍は一生の恥を晒す事になる……」
コーエン男爵は、非常に難しい判断が求められる岐路に立たされて考え込み、リューにすがる。
「簡単な事です。打って出る姿勢を取りつつ、迎え撃つ態勢を取っておけばいいのですよ」
リューは何ともないとばかりに無茶な答えを告げた。
「それはどういう……」
コーエン男爵は、首を傾けてリューの言葉の真意を考える。
「足の速い部隊を前衛に出して、打って出る姿勢を取ります。残りは全員、城壁から魔法や弓矢、投石などの飛び道具を準備して、襲い掛かってくる敵軍を迎撃するのみです」
「そうなると、その足の速い部隊が、城外に取り残される事にならないか?」
リューの戦術に当然の疑問をコーエン男爵は口にした。
「足の速い部隊は、城壁に沿って逃げてもらい、それを追う敵を城から攻撃するのです。まあ、敵に対する餌ですね。敵は打って出たこちらの軍と白兵戦に持ち込み、あわよくば、撤退するこちらの軍を追って、城内に入り込むのが目的だと思います。なので足の速い部隊は城内に逃げ込むと見せかけて城壁に沿って南に逃げてもらいます。そうする事で敵の追手の狙いを逸らす事が出来るかと」
「……なんと! ……男爵、『蒼亀組』の時にも世話になったが、まさか、戦場でも助けてもらう事になりそうだ。──私は戻ってサクソン侯爵と王国軍を率いるエアレーゲ侯爵元帥を説得するとしよう」
コーエン男爵はそう言うと、リューに感謝の言葉を述べて、前線へ戻っていくのであった。
「コーエン男爵は与力の立場でしょ? 寄り親であるサクソン侯爵はどうにかするとして、王国元帥のエアレーゲ侯爵まで説得できるのかしら?」
リーンは鋭い指摘をする。
確かに、サクソン侯爵を説得できたとして、総指揮権を持つ元帥が聞く耳を持つのか気になるところだ。
「コーエン男爵はそれこそ、命を掛けて説得してくれると思うよ。彼はそういう男だと思う」
リューはリーンに心配する相手ではない事を伝える。
「そうね、リューの言う通りだわ」
リーンはリューの言葉を聞いて、心配するだけ無駄だと思い直すのであった。
リューの信頼に応えるように、コーエン男爵は寄り親であるサクソン侯爵を前もって説得すると、次は作戦会議において、サクソン侯爵と共に王国元帥エアレーゲ侯爵を説得する事になる。
それは、囮となる足の速い部隊の指揮という危険な役目をコーエン男爵自身が引き受ける形で、である。
コーエン男爵は、リューの戦術に従い、部隊を率いて囮となって戦場を駆けまわり、帝国軍と裏切ったシバイン侯爵軍に大打撃を与える一助となった。
さらに王国軍は、城壁から打撃を与えるだけでなく、退却する敵をさらに追撃する事でさらなる大打撃を与える事に成功したのである。
これは、リューもあえて助言しなかった。
というのも相手に有能な将がいれば、反撃の機会を与える事であったからだ。
だから、危険な賭けであったのだが、これがハマった事により、帝国軍は城の包囲を解いて、後方に一旦下がる事になり、その進撃も完全に止まる事になったのである。
こうして、クレストリア王国とアハネス帝国の戦いは、帝国有利の短期決戦から長期化しそうな流れに移っていくのであった。
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