第732話 警備問題ですが何か?
クレストリア王国の戦線維持の要になっているリューの戦争序盤での暗殺未遂は、上層部でも大きな衝撃と共に、最重要事項として受け取られていた。
すでに、大臣など重要なポストにある上級貴族達からは、リューに近衛騎士団から護衛を付けるべきという意見がいくつも上がっている。
これには、王家内部からも同じような意見が上がっており、国王自身もその意見に傾きつつあった。
なにしろリューの『次元回廊』がなければ、援軍をすぐに送れず、東部が帝国に奪われる可能性が高くなるからだ。
そうなれば、帝国の西進を止める者はいなくなり、王都もすぐ戦場になるかもしれない。
貴族達は一番に自領の心配をするが、王都がダメージを受けるのも避けたいというのが誰もが一致する意見である。
国家の中枢であるこの地がダメージを受けるという事は、国全体も機能不全に陥る可能性が高いからだ。
そんな中、宰相はなぜかリューの護衛は、本人に任せるべきと断固反対の姿勢を取っている。
その一点で、国王はリューの護衛に近衛騎士団を付けるという提案に傾きかけていた流れを元に戻す事にした。
宰相の真意を聞いていないからだ。
本当ならばリューの護衛を第一に考え、国内最強戦力である近衛騎士団を付けるべきであった。
「一先ず休憩を入れよう」
国王は朝から続く緊急会議を一旦休止すると、宰相と共に、控室に移動する。
「宰相よ。なぜ、反対する? ミナトミュラー男爵の安全確保は、最重要事項であるぞ?」
「……陛下。私はこの歳になって疑い深くなったのかもしれません。ですが、どうにもこの流れは危険な気がします」
宰相は、何か引っかかる事があるのか国王の疑問にそう答えた。
「この流れ? 何がだ? 戦線の勝敗を左右する能力を持つミナトミュラー男爵の安全確保は自然な流れであろう?」
国王は、貴族達から多数上がった意見を代弁するように宰相に言う。
「元々、ミナトミュラー男爵には、王都に集結した兵を前線に送り込む作業をお願いしています。それ以外での行動は当然ながら彼に一任していますよね?」
「当然だ。『王家の騎士』の称号も与える程、信用しておる。だからこそ、護衛を付けてだな──」
「そのミナトミュラー男爵の行動を管理したい者がいるとしたらどうでしょうか?」
宰相は、失礼とは思いつつ、国王の言葉を遮るように要点を告げる。
「何? 我がそんな事をするわけがなかろう。ただ、安全確保の為に護衛を付けるといっているだけだぞ?」
国王は心外とばかりに宰相の指摘を否定した。
「ですが、陛下。近衛騎士団の護衛付きとなると、当然ながら護衛の為に行動の制限を求める事になります。それでは、ミナトミュラー男爵の良さが失われるかと……」
「とは言っても、今は戦争中である。彼の安全と国益を考えると多少の行動制限も納得してもらうしかないだろう?」
「……陛下。今回の刺客はトーリッター伯爵家の与力貴族でした。爵位を授けた陛下の臣下が裏切ったという事です。つまり、これからもその可能性があるという事ですぞ? 確証もなくこういう事を言うべきではないと思いますが、男爵の行動制限を望む者が味方にいるのではないかと危惧しております……」
「なんと!? 敵はそれ程、ミナトミュラー男爵を恐れているという事か。いや、あの能力だからそれはわかるが……。行動制限とはいえ、前線に兵士を送り込む事には制限はないぞ?」
「そうなのですが……」
宰相はまだ、根拠のない憶測を胸に秘めていたのだが、まだ、それを口にするわけにもいかず、言葉に詰まる。
「ミナトミュラー男爵の命が今は一番重要なのはわかっているだろう? ならば、国を挙げてあの者の護衛をせねばなるまい」
国王の言う事ももっともであったから、宰相はこれ以上反論ができず、休憩明けの議会では貴族達の意見が通って、リューに近衛騎士団の護衛を付ける事が決定するのであった。
「それで、この数ですか……?」
リューはマイスタの街長邸に仕事の為に赴いていたのだが、そこへ王家から派遣された近衛騎士団の数に驚いていた。
その数、五十名。
リューの傍には、腕利きの騎士が常に五名付き、その周囲や屋敷内も警戒するのだという。
厄介なのはリューが信じる従者のリーンやスードなどの側近でさえ、近衛騎士団からいちいち身体検査を受ける事になるという話だ。
正直な話、リューにとっては、最近一新された近衛騎士団にはまだ、エラインダー公爵の息がかかっている者がいると思っていたから、信用は全くできない。
できるとしたら、隊長の一人であるヤーク子爵くらいだろうか?
そのヤーク子爵は王族の護衛に付いているので、こちらに来ていない。
「……これは王命でしょうか?」
「王命です。ミナトミュラー男爵にはこの戦争の要として、これからも国の為安全に行動して頂けるよう、我々が王族同様の完璧な警備を行いますのでご安心を」
リューの護衛隊長を名乗るクサイム男爵は、そう告げると、敬礼する。
同じ男爵なので、不本意かもしれないが、王命だから従うという感じの敬礼であろうか?
リューは、そう感じながら、内心でこれからどうしたものかと頭を悩ませるのであった。
それからリューは、二十四時間、近衛騎士団の護衛の元、自由気ままな身動きが取れなくなった。
リューはそれこそ、国の為に『次元回廊』を使用する事もあるが、自分の商会や領主の仕事、寄り親であるランドマーク家の為にも使用している。
さらには、裏稼業である『竜星組』の為にも使用したいから、近衛騎士団がずっと傍にいるというのは、仕事が制限されてしまうのだ。
近衛騎士団の護衛はつまり、リューの行動監視と紙一重の厄介さであったのである。
「ミナトミュラー男爵殿。『次元回廊』を使用する際は、近衛騎士団の者も同行させてください。行った先で何かあったら、お守りする事が出来ませんから」
隊長のクサイム男爵は真面目な顔でそう言うと、リューに行動先を共有するように願い出た。
「……うーん。時間はそんなにかからないですし、わざわざ連れて行くほどの事もないと思うのですが……」
リューもさすがに行く先々に近衛騎士団を連れて行くのは息が詰まるのでそう断りを入れる。
「ですが、そこのリーン殿は必ず連れて行かれていますよね?」
クサイム隊長は、エルフの女性一人が優先されて護衛の自分達が蔑ろにされる事に不満のようだ。
「どこでもあなた達が付いてくると、リューの息が詰まるのよ。それに、私はリューの従者兼護衛なの! 昨日今日来た人と同列に扱われたくないわ」
リーンは、リューの半身的な存在であるから当然の主張であった。
しかし、近衛騎士団にしたら国王から命を掛けて守るように命令を受けている護衛対象であるからその言い分もわかる。
ただし、リューは探られると困る事がいっぱいある身であったから、近衛騎士団の主張は素直に受け入れられるものではない。
「クサイム隊長、そちらの主張もわかりますが、僕は領主や商会の会長などいろんな肩書と仕事があります。それらは赤の他人に知られると困る仕事内容も多数含まれますので、いくら王命を受けた近衛騎士団であっても、そこまで連れて行く事はできません」
「ですが、こちらも王命を受けております。我々のいないところで何かあると、困るのです」
クサイム男爵も王命を受けた立場として全く引く気はないようだ。
そして、『次元回廊』の行き先には何としても同行するという頑なな意思を示すのであった。