第731話 仕事中の危機ですが何か?
リューは、この日も朝一番で、地方から王都に駆け付けてきた貴族の兵を最前線である東部に送り込む為、官吏と打ち合わせを王都郊外で行っていた。
「──そういう事で、南東部への援軍は出せないのが現状です」
官吏はリューからの提案である南東部への援軍要請を断っている最中だ。
「……わかりました。あと、南部の王家直轄領の王国軍が編成が終わり次第、王都に駆け付ける事になっていますが、そのまま、東進して南東部に向かってもらった方が、移動時間の短縮にもなるし、前線が近いので助かるのですが」
リューは含みを持たせた言い方で官吏に確認する。
それは暗に、南東部の援軍として向かわせる口実であった。
現在、クレストリア王国は、王都を目指して進軍中の帝国軍本隊の迎撃を重視しており、全国からの援軍は全て王都に呼び寄せ、リューの『次元回廊』で最前線の東部に送り込む作戦をとっている。
だが、その為、南東部のスゴエラ侯爵、ランドマーク伯爵派閥連合軍は自前の兵士だけで帝国軍を迎え撃っており、その負担は大きいから、少しでもその負担を軽くし戦況を変える一手を打ちたいと考えているのであった。
南東部の戦況が有利になれば、帝国軍本隊も後方を脅かされる事になるから、進軍も鈍るはずだからだ。
そうなれば、結果的に王国側が有利になる。
リューはそう考えていたので、交渉したのであった。
「難しいでしょうな。リュー殿の報告通りであれば、元帥閣下の率いる王国軍とサクソン侯爵派閥軍と敵本隊は膠着状態になっています。それを打開する為にも、一兵でも多く東部に送り込む事が優先されますので……。それが、現在、国の方針になっております」
官吏は、リューの提案は飲めない姿勢を見せる。
まあ、これは仕方がないだろう。
上が決めた方針をリューのような男爵の意見で変えるわけがないのだ。
それが、戦局を変えるものであっても、まだ、戦場の経験もない学生身分の提案とあっては説得力に欠けるところであった。
「この辺りはやっぱり年齢と戦争経験かぁ……」
リューは集結している貴族の兵を『次元回廊』で東部に送り込む為に、テントを出て広場に移動しながらそう愚痴を漏らした。
「仕方ないわよ。この国には先の大戦を経験した歴戦の将軍達がいるのでしょう? それに王都の制圧を目指す敵本隊を迎え撃つ事の方が、当然、優先されるわよ」
リーンも複雑な思いはあるだろうが、国の優先順位を考えるとそう答えざるを得ない。
「明らかにお父さん達と対峙している帝国軍、相当な精鋭の感じがするんだよね……。あの戦上手のスゴエラ侯爵が野戦を避けて籠城戦を選択するくらいだからよっぽどの相手だと思うんだけどなぁ」
リューはまだ、愚痴を言い足りないのか、広場に到着してもリーンにそう漏らす。
そこへ広場で貴族の兵を振り分け、再編成を行っていた担当の武官が、リューに気づく。
「ミナトミュラー男爵殿、今日もお願いするぞ。──こちらが、君達を前線まで送ってくれるミナトミュラー男爵だ」
武官はそう告げると、貴族の兵士達にリューを簡単に紹介する。
リューはいつも通り、兵士達に会釈すると、早速、送り込む作業に移ろうとした。
そこへ貴族の兵を率いる隊長だろうか? 若い騎士が部下を連れて前に出る。
「君が、噂に聞く送迎男爵殿か。まだ、子供だと聞いていたが、本当なのだな。──私は、この隊を率いるユダ男爵だ。今日はよろしく頼むよ」
ユダ男爵を名乗る騎士はそう挨拶するとリューに握手を求めてくる。
リューとしては、すぐに送り届けて、ランドマーク本領の様子を確認しに行きたいところであったが、これも仕事と思い、握手を返す。
するとユダ男爵はがっちりとリューの手を握る。
「?」
リューはこの男爵が自分にライバル心を抱いて強く握り返してきたと思い、それに反応するか一瞬迷う。
その瞬間であった。
ユダ男爵の背後にいた二人の兵士が、短剣を抜いてリューに襲い掛かったのだ。
リューは右手を握られたままなので、身動きが一瞬取れない。
だが、そこにいち早く反応したのは、リーンと護衛役のスードであった。
二人はそれぞれの得物を抜くと、兵士二人を斬り捨てる。
あまりに一瞬の出来事であったが、それに合わせてユダ男爵も左手で懐に忍ばせていたナイフを抜いてリューを襲う。
だが、リューも黙ってはいない。
相手の右手を握っている手で軽く引っ張り、ユダ男爵の態勢を崩すと、その顔面に左拳を叩き込む。
ユダ男爵は顔面が鼻ごと陥没すると、血を噴き出しながらその場に倒れるのであった。
「ミナトミュラー男爵大丈夫ですか!?」
武官が慌てて駆け寄り、気を失っているユダ男爵を取り押さえる。
周囲の兵士達も急いでユダ男爵が率いていた兵士達を囲み、武装解除させるのあった。
「ふぅ……。油断していて少し、反応が遅れました。──リーン、スード君、ありがとう、助かったよ」
リューは全く焦った様子がない。
リーンとスードをそれ程信用しているから、自分の身に危険が及んでも、寸前で守ってくれるだろうと確信しての反応であった。
それにしても、まさか、この早い段階で裏切者が出るとは……。
リューは取り押さえられたユダ男爵を見下ろしながら、考える。
敵は思った以上に用意周到に動いていると思ったからだ。
このユダ男爵は、名簿通りならクレストリア王国の古い貴族の一人のはずである。
そんな人物に祖国を裏切らせたうえ、まだ、戦線に動きもないこんな早い段階で、重要人物の一人になるのであろうリューの命を狙わせたのだ。
もし、リューが敵将であったら確かに同じような事を考えるであろうが、『次元回廊』を使用できる貴重な存在だから、まずは説得するなり脅すなりして、まずは利用する事を考えると思っていた。
それだけに、早い段階での暗殺は、さすがに想像していなかったのであった。
「この男爵はどこの与力ですか?」
リューは武官に確認を取る。
「トーリッター伯爵家になっていますね。──うん? この男、最近ユダ男爵家を引き継いだばかりのようです」
武官は資料を何枚かめくって確認すると、そう答えた。
「トーリッター伯爵家って、雷蛮会のボスになってリューに返り討ち後、失踪しているライバの実家じゃない?」
リーンが思い出したように、そう指摘する。
「……トーリッター伯爵家か……。あそこは、ライバ君の失態で、実家も傾いていたはずだから、そこに付け込まれたのかなぁ……」
リューはあくまで想像だが、可能性を口にすると、兵士達に連行されるユダ男爵らを見送るのであった。