第729話 やれる事ですが何か?
隣国アハネス帝国の侵攻から一週間が経過した。
通常であれば、まだ、帝国侵攻の報は王都まで届かないのだが、クレストリア王家は、緊急の軍事訓練として召集していた軍を前に、帝国が一週間前に侵攻してきた事を伝え、クレストリア王国は宣戦布告も無しに侵攻してきたアハネス帝国を、卑怯な国家と非難すると同時に、その帝国の侵攻に対しそれを撃滅する誓いを宣言する。
ちなみにアハネス帝国の大使は、逃亡を図ったようであったが、王国郊外の東の小さい街で拘束され、事情を聞いている最中である。
どうやら、帝国から捨て駒にされたらしく、大した情報を得られていない。
帝国軍を率いる将軍の多くは、最近、指名された若い無名の人物が多いらしかったので、大使は何も知っておらず、国境侵犯した軍についても、リューが逐次王宮に伝えている情報ともほとんど合わない事から、古い情報しか知らないようであった。
そんなわけで、捕縛した帝国大使は王都の牢獄で丁重に扱いはするが、今後、戦意高揚の為に処刑される可能性は高いだろう。
なにしろ事前の宣戦布告もせずに侵攻してくる相手であるから、最初から協定を守る必要が無いからだ。
そして、王都では自国が予想だにしない戦争状態に突入した事に大騒ぎであった。
当然、商人達は商売に影響するので、仕入れから販売について色々と画策しようとする者はいたし、民衆は物価の高騰を恐れてその前に、買い溜めしようとする者もいる。
だが、王家はリューからの速い報告と助言によって、その対策を行ってからの、戦争突入発表であったので、動揺は走ったものの、意外に王都は大きな問題は今のところ起きていない。
「ミナトミュラー男爵のお陰で、この急な展開にも余裕を持って対処できているな」
国王は王国軍の精鋭を前にして、隣に控える宰相にそう漏らす。
「ですが、戦争は生き物です。これから何が起きるかわかりませぬ。なにしろ、帝国が勝機も無しに侵攻してくるわけがないのですから、国内には裏切り者や間者の類がいる可能性は非常に高いかと」
宰相は先の大戦で侵攻を失敗した帝国が、学習して対策を取っているであろう事も指摘した。
今は、王国軍の指揮権を与えられているエアレーゲ侯爵元帥が、整列する軍の前で演説を行っている。
「やはり、そう思うか……? 先の大戦では一致団結して侵攻に対抗したが、それでも、旗色が悪くなると裏切る者が現れた。今回も帝国は、前もって寝返らせる為に策を講じているだろう。それに、あそこは新たな皇帝になってから日が浅い。それでも勝機があると考えているという事だからな」
国王は懸念している事を宰相に漏らす。
「その為にも、ミナトミュラー男爵の力は、必ず必要になってくるかと思います」
宰相はリューの名を出して応じた。
具体的な事は言わないが、すでに、リューは『次元回廊』の活用法について、助言をしていたのだ。
それが、東部の前線になってくるであろうサクソン侯爵領に出入り口を作る事である。
今頃、サクソン侯爵は、帝国の本軍を迎え撃つべく各街に籠城させつつ、軍を整えている最中のはずであるから、そこへ援軍を即座に送れるのはかなり大きい。
当然、寄り親であるランドマーク本領のある南東部にも軍が送れるので、そちらも選択肢として考えられるが、今は帝国軍本隊の侵攻の勢いを止め、地の利を活かして反撃するのが肝要だろう。
帝国軍も敵国内での糧道確保は大変なはずであるから、短期決戦を望んでいるはずである。
とはいえ、長期化も計算して帝国軍は軍を三つに分け、そのうち二つの軍は本軍が後背を断たれないように、地固めをしながら両翼と後背を警戒する動きを見せていた。
本軍はその為、背後や周辺の軍を気にする事なく真っ直ぐ王都を目指して進軍しているらしい。
これも、リューからの報告でわかっている事なので、国王としては非常に助かっている。
それはつまり、本軍の勢いを早めに削ぐ事であった。
その為には援軍をいち早く前線に投入する事であり、それがこちらにはリューの存在のお陰で可能なのである。
「頼もしい事だな」
国王は、少し離れたところで控えているリューの姿をチラリと見てそう宰相につぶやくのであった。
「ふぅ……。サクソン侯爵領に王国軍を送り届ける任務完了……」
リューは、朝から始めていた『次元回廊』による軍と食糧の輸送をその日の夕方過ぎにようやく完了していた。
とは言っても、これからも全国の貴族の兵が王都に集まってくる予定になっている。
それらも前線に送り届けなくてはいけないから、リューの仕事は始まったばかりと言っていいだろう。
その為、学園はリューとリーン、イバルとノーマン、スードは休学となっている。
それ以外の生徒は普段通り、王立学園に通学して勉強しているのだから、少し不思議な感覚であったが、リューはランドマーク家の与力として寄り親の危機に駆け付ける義務があるから仕方がないところであった。
「……この戦争どのくらい続くと思う?」
リューが、官吏達に労われながら、一番信頼してるリーンに聞いてみた。
「どうかしら? 正直、今のところは奇襲に近い侵攻をしてきた帝国が圧倒的に有利だから、今回、前線に送り込んだ王国軍の奮闘次第でその勢いを削ぎ、そこから長期化するかもしれないとは思うけど……」
リーンは、リューと共に、前線の情報を知っている一人であったから、楽観的な事は言えないのであった。
「確かに、今は帝国がかなり有利だよね。スゴエラ侯爵軍も東南部侵攻軍を相手にするだけでも苦戦しているようだし、お父さんも同様だから……。さすがに、大軍勢同士の戦は小細工が利かないから難しいんだよなぁ」
リューも初めての戦争に、困惑していた。
リューはただの男爵だから指揮権もなく、大軍を動かせない。
出来る事と言えば、『次元回廊』による輸送と情報を一刻も早く王家に伝える役目くらいである。
それも、前線のスゴエラ侯爵やランドマーク本家、ランスキー達が収集したものを王家に伝えるので、その情報も数日前のものなのだ。
もちろん、それでも、この世界ではとんでもない早さの伝達方法になるのだが、戦争は生き物である。
現場の判断が一番大事になるので、リューも容易に口は出せないのであった。
だから、リューは王都にいながらやれる事をやるしかない。
『次元回廊』による輸送と情報伝達、そして、王都における組織を利用した間者の炙り出しである。
幸い王都はこの数年で一番今が治安はいいので、間者も下手な事はできない状態にあるはずだ。
もし、何かあるとしたら、戦況が動いて王都が混乱した時だろう。
その時に、対応できるように、リューは警戒するのであった。