第728話 それぞれの役割ですが何か?
王都の街中では、隣国のアハネス帝国がクレストリア王国の国境を侵犯して進軍中であるという情報はまだ流れていない。
国境から王都までは馬を飛ばしても通常三週間はかかる距離であったから、まだ、国境侵犯から数日では届きようがないのだ。
だが、王宮ではすでにリューの『次元回廊』によりその情報は届き、援軍を出す為の編成が行われはじめている。
それに、東部でもこういう時の対策として、王家直轄領に駐屯している軍が、近隣の貴族と協力して迎撃するか、城に立て籠って救援の早馬を出しているはずだ。
東部ではシバイン侯爵、サクソン侯爵両派閥もこの緊急時に兵を集めて、迎え撃っているはずである。
両者はそれこそ、仲が悪く、軽い軍事衝突も行っていたが、共通の敵が現れたので協力しているだろうと、王家は予想していた。
「陛下、すぐにでも各地の貴族領に王命をだし、兵を招集する必要があります。特に三公のうち、オチメラルダ公爵家は仕方がないとしても、エラインダー公爵、ルトバズキン公爵は五大貴族派閥の領袖です。国の一大事ですから、援軍を出させるのは当然でしょう。この二つが出せば、残りの大きな派閥貴族も素直に兵を出すかと思われます」
王宮の秘密会議上で、国防大臣が国王にそう助言した。
「そうだな……。スゴエラ侯爵の派閥は、すでに帝国軍との戦闘に入ったと、先程(ミナトミュラー男爵から)報告があった。他の状況はまだわからないが、各地域の派閥にも援軍を出すように王命を出そう」
国王は、エラインダー公爵とルトバズキン公爵の名をスルーして各貴族の援軍を頼る事にした。
この日の為に準備を重ねてきたであろう帝国軍を王国軍単独で迎え撃つ事は難しいからだ。
各公爵家は五大貴族派閥の一角でもあるから、その勢力下の兵は多いので、かなりの数を期待できる。だから、援軍は当然求めるのだが、この二公爵はどちらも癖が強いので国王は苦手としている。
エラインダー公爵は、言わずもがなであったし、王宮でその名がほとんど上がる事がないルトバズキン公爵は、国境が常に不穏な西部の大派閥を率いてはいるが、自領に籠って久しく、王都にはサムスギン辺境伯以上に近寄らない。
だから、本人が現在どうしているのかも、年に一回届く報告書で公爵自身が生存している事を確認できる事以外、連絡はないのだ。
この緊急時だから、王命を出して援軍を出させたいところではあるのだが、その期待ができない為、他の貴族に頼る方が早いのであった。
王宮で各貴族派閥を中心に援軍を要請している間に、リューはランドマーク本家と王宮、そして、マイスタの街を往復していた。
すでに、帝国軍の侵攻から五日が経ち、その間、リューは新学期早々学校を休学している。
リーンは当然だが、部下であるイバルとスードも同様で、ラーシュは事情を知らず普通に学校に通っており、ノーマンはエマ王女の護衛役から外れる事になった。
リューは、マイスタの街で緊急事態宣言の下、志願兵募集を始めている。
帝国軍が侵攻してきている事実はまだ、王家が伏せているので、事情を知らないマイスタの領民達はこれには驚くのであったが、忠誠を誓っているリューの名前で募集が行われているので、何かを察した者達は進んで街長邸に集まりつつあった。
「すでに、タンクが率いる領兵隊二百を先遣隊として送り込み、お父さんの指揮下に入ってもらっているけど、僕も残りを率いて向かわないといけない。イバル君とノーマン君はここに残って、警備隊と共に志願兵の訓練や街の防衛を執事のマーセナル達と共に行ってください」
リューは街長邸の広間で、そう指示を出す。
「それはわかったが、リュー自身が兵を率いていくのは、立場的にどうなんだ?」
イバルがリューの判断について、疑問を口にした。
「何よ、リューの指示に文句でもあるの!?」
リーンが、イバルに噛みつく。
「いや、そうじゃないさ。ただ、リューは貴重な『次元回廊』持ちだ。この帝国侵攻の情報だって、リューがいなければ三週間後にようやく王都に届いたものだろう? ならば国王陛下はこれからも最前線の情報を一刻も早く欲しいだろうから、近いうちにその役目を申しつけられると思うんだよな。まあ、ランドマーク家の与力だから本家が承諾しない限りそれを聞く必要はないんだけどな?」
イバルは、リューがその要請をされる前に一刻も早く本家の為に前線に向かおうとしているように見えたのだ。
「……若様。少し、頭を冷やされた方が良いと思います。本家が危機なのはわかりますが、若様の役目はもっとあると思います」
ノーマンもイバルに同調してそう指摘する。
「……みんなありがとう。確かに、本家が危険に晒される可能性を考えて、ちょっと焦っていたよ。──僕にしかできない事を、優先してやらないといけないね……。前線の情報の伝達や兵士や装備品、糧食の輸送が僕の任務になると思う。本家にもその事を伝えてくるよ」
リューはそう言うと、『次元回廊』を使ってランドマーク本領に即座に向かうのであった。
「……リューが冷静さを欠いているところを初めて見たな。──リーン、お前もリューと一緒になって熱くなってくれるなよ。リューの半身なんだからさ」
イバルはリーンも冷静になるように助言する。
「……ふぅ。──そうね。リューが熱くなったら私が止めないといけなかったわ……。みんなごめんなさい。もう、大丈夫よ」
リーンはイバルとノーマンに頭を下げる。
「これで大丈夫そうならいいさ。俺とノーマンが、リューの代理として本隊を率いて戦場に向かう。それでいいな?」
イバルがとんでもない事を言い出した。
確かに、ミナトミュラー家の直属の部下という立場なら、イバルとノーマンは確かに適任という事になる。
「馬鹿を言うもんじゃないぞ。その役目は俺だ」
そこへ広間の扉を開いてランスキーが入って来た。
「ランスキーの旦那……。でも、旦那は直属の部隊を率いている身じゃないですか。それこそ、駄目でしょう」
イバルがランスキーは適任ではないだろうと、指摘する。
「下が育ってきているからな。今の地位はそいつに任せる。イバル、留守を頼むぞ」
ランスキーはそう言うと、イバルにそう命令を下す。
「ちょっと、待ってください! さすがにそれは──」
「まだ、未成年のお前にそんな責任背負わせて戦場に送り込ませたら、俺のメンツにかかわるってんだよ! 黙って言う事を聞け。──若もきっと賛成するさ」
ランスキーは先輩として、上司として、イバルにそう強く言う。
そして、続けた。
「ノーマンもルチーナの下で学んでいる最中だろう。お前らは若の次代の部下としてこれからなんだ。死に急ぐな」
「ランスキーさん……」
ノーマンも言葉に詰まる。
そこに、リューが戻って来た。
「お父さんと話し合って、僕は後衛での役割を行う事になったよ。それで、僕の代わりに本隊を率いてもらう人なんだけど……」
リューが悩んでいる様子で、そう言葉を濁す。
「それなら、若。俺が行く事で今、話し合いが済んだところですよ。俺の代理はイバルに任せたいのですがいいですかい?」
ランスキーが笑みを浮かべて、そう申し出る。
「ランスキー……。──そうだね、ミナトミュラー家全体をまとめているランスキーが僕の代理としては一番相応しいか……。わかった、お願いするね」
「へい! お任せください! ミナトミュラー家の力を敵に見せつけてやりますよ! わははっ!」
ランスキーは元気よくそう答えると、その二日後、本隊の領兵三百名を率い、リューの『次元回廊』で前線へと向かうのであった。




